「書店超える」夢見て45年 子どもの本専門店「クレヨンハウス」

2020年12月7日 07時06分

来店した母娘に話し掛けるクレヨンハウス主宰の落合恵子さん(中央)=いずれも港区北青山で

 移り変わりの激しい東京の中でも、あっという間に店舗が入れ替わる流行の先端の街、表参道。ここで生まれた子どもの本の専門店「クレヨンハウス」(港区北青山)がオープンから四十五年目を迎えた。「無謀」と言われた挑戦を繰り返し、親から子、孫へとファンを広げてきた。
 「開店当時の表参道は文教地区で、ケヤキ並木がうっそうとしているのに明かりは少なく、遅く帰るときには怖いくらい寂しい街だった」と主宰者の落合恵子さん(75)は笑いながら振り返る。一九七六年十二月五日、今はなき同潤会青山アパートに向き合うビルの中二階、二十坪に満たない売り場が始まりだった。
 落合さんは当時三十一歳。文化放送のアナウンサーである傍ら、雑誌に連載したエッセー「スプーン一杯の幸せ」シリーズがベストセラーになり、その印税をつぎ込んだ。母一人、子一人の貧しい家庭に育ち「お金の使い方を知らなかった」。女性の就職口がなかった時代、たまたま放送局に就職できて本が売れた幸運を多くの人に還元したい気持ちもうずいた。本は幼いころ、苦しい暮らしの中で母が与えてくれた友だちだった。
 だが、十年もしないうちに表参道はブランドの店がひしめくおしゃれな街に開発され、地価が高騰。ビルは地上げに遭い、店は追い出される羽目に。通りから一筋奥に建築中のビルを見つけ、八六年五月、全館を借りて移転したのが現在の店だ。一階に子どもの本、二階に木製のおもちゃ、三階に女性の本やオーガニック(有機栽培)の生活雑貨を扱い、地下一階に有機野菜の八百屋とオーガニックレストランがある。

クレヨンハウスの1階玄関。左手のアキニレの木はシンボルツリー

 「利幅の薄い書店を都心に店を借りてやるのは無謀。長続きはしない」と言われた状況を好転させたのが、仕入れルートの改革だった。取次と呼ばれる問屋に高額の保証金を払い、売れ筋の本を見計らって配送してもらい、売れ残ったら返品するという既存の方法を見直し、出版社などと直接交渉し、自ら選書し買い取るという流通組織「子どもの文化普及協会」を立ち上げて三十六年。今は千軒を超す絵本専門店や玩具店、雑貨店など、小規模でも本を売りたいという異業種にも道を開いた。
 書店とともにオープンしたレストランの食材をオーガニックに切り替えたときも、「八百屋にしか卸さない」と言われ、「だったら八百屋もやるしかない」と「無謀な決断」をしてスタッフをあぜんとさせた。当時、経営は安泰とは言えなかったが、落合さんが講演などで稼いで支えてきた。
 「書店でありつつ書店を超える瞬間を夢見てきた」という落合さん。店はさまざまなメッセージの受発信基地にもなっている。絵本や子育て雑誌の出版に加え、作家と読者を結ぶ「子どもの本の学校」は三十年でのべ三百人以上の絵本作家らを招いた。福島原発の事故直後に始めた「原発とエネルギーを学ぶ朝の教室」は多彩な講演者を迎えてこれまで百十六回開催。店が政治的な意見を表明するのを懸念する声も聞くが「おかしいことをおかしいと言えなかったら、何のための言葉か」「七代先の子どもたちのことを考えたい」と反論する。
 「母に連れられ小学生のころから店に来ている」という女性(55)は「楽しいことが詰まった場所だけど、問題意識もはっきりさせてくれる。落合さんのまなざしはすごい」とたたえた。

116回目の「朝の教室」にはSNSで社会的な発言を続ける俳優・古舘寛治さん(右)が登場

 文・矢島智子/写真・佐藤哲紀、矢島智子
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