令和の囲碁界牽引する許家元新十段 攻めの棋風、休日はアウトドア派

囲碁の「大和ハウス杯 第59期十段戦五番勝負」(産経新聞社主催)を3勝2敗で制した許家元(きょ・かげん)十段(23)にとって、七大タイトル獲得は平成30年の碁聖以来、2つめの栄冠だった。対局相手の芝野虎丸王座(21)、一力遼(いちりき・りょう)天元(23)=碁聖=と並んで〝令和三人衆〟として囲碁界を牽引する存在だ。

「台湾で囲碁を教えてもらった先生からも連絡がきて、『お母さんと電話で話したら涙声だったよ』って。僕との会話では、そんな素振りもなかったのに」。許十段はタイトル奪取を決めた4月28日の対局後、祝福の電話やメールが殺到した状況を振り返った。

囲碁を始めたのは、台北市に住んでいた4歳のころ。3つ上の兄が通う囲碁教室へ、アマ有段者の父に連れられていった。ルールも知らないのに他の子供に出題された詰め碁問題に正答、素質を見込まれ通うように。深夜までインターネット対局するくらいのめりこんだ。

台湾出身で十段4連覇の実績がある王立誠九段を介し高林拓二七段を紹介され、小学校卒業とともに来日。言葉が通じずつらかったが、プロを目指し単身乗り込んだ日本から逃げ出すわけにはいかなかった。幸い、中学校の教室には週に1度、通訳が派遣され授業を解説してくれた。師匠のもとに集まったプロ志望生も、囲碁用語だけでなくさまざまな日本語を教えてくれた。「初めに覚えたのは『ありがとう』と『いただきます』。『ごちそうさま』は台湾では使わなかったので新鮮でした」

恩師、父の死

同時期(22年10月)に日本棋院の院生になった芝野王座に先んじて、25年に15歳で入段した。しかし直後に、父を肝臓がんで亡くす。まだ58歳だった。令和元年、碁聖の防衛戦の最中には、師匠の高林七段も亡くす。病院嫌いで、転移した大腸がんのため余命わずかとなったとき、自宅に集まった門下生は「人間性も磨いて、立派な棋士になりなさい」と告げられた。

今回の五番勝負は、午前中2時間半のうちに50~60手も進むスピード進行だった。人工知能(AI)搭載ソフトを駆使し、序盤に出現しそうな手順は互いに研究済み。各3時間の考慮時間を、展開が難しくなる中・終盤以降に残しておこうとの考えは大半の棋士が頭に入れるが、つい消費しがち。日ごろの勉強成果を発表するように呼吸があった進行に、許十段は「打っていて楽しかった」と語る。

休日は行動派

地方を列車で旅したり、山に登ったりするのが好きな行動派だが、新型コロナウイルス感染症が拡大するなかでは、自宅で動画配信を鑑賞するのがせいぜい。料理する機会も増えカレーやチャーハンなどをよく作った。ただ「具材の量とか調理時間をメモするわけではないので、味はいつもバラバラ」と囲碁でみせる緻密さはないよう。

一方、囲碁に取り組む姿勢は、生真面目そのもの。

「勝ったその日はうれしくて浮かれていましたけど翌日、冷静になったら〝別に棋力が上がったわけじゃないんだ〟と思い、すぐ勉強を始めました」

第一人者である井山三冠を追う許十段ら令和三人衆。十段や天元の七大タイトル獲得がある結城聡九段は「許さんも芝野さんも、今の局面を鋭く、先の展開を深いところまで読めることが持ち味。攻めるのが好きな棋風も共通しているので、今回の五番勝負のように激しい戦いになる」と見立てる。

許十段は6月7日、東京都内で行われる就位式に臨み、さらなる飛躍を誓う。(伊藤洋一)

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