アップル地図、改善もグーグルマップへ「遠い道のり」
アップルは12日までに、誤表示が多いなどとして批判されていた同社の地図アプリのうち、日本国内の地図を改善した。業界関係者によると、今回の改善は位置のズレを補正するなどデータの不整合の修正がポイントとみられる。ただ、改善後も最適な検索結果が表示されないケースもあり、地図アプリで高い人気を持つ「グーグルマップ」からユーザーを取りもどすには時間がかかりそうだ。
アップルは2012年9月、自社製の地図アプリを搭載したOS(基本ソフト)「iOS6」の配布を始めた。しかし直後から、青梅線に「パチンコガンダム駅」、羽田空港内に大王製紙が表示されるといった様々な誤りを指摘する声がインターネット上にあふれた。
海外でも同年12月、オーストラリア南東部で、アップル地図のナビゲーションに従って車を運転していた人が遭難する事故が相次ぎ発生。ユーザーの間で「グーグルの地図アプリを使いたい」という声が高まり、同月13日に米グーグルはアップルのアプリ配信サイト「アップストア」で地図アプリの提供を始めた。
アップルマップの不具合の原因は当初、同社が採用した地図データの誤りによるものではないかとの臆測が流れた。アップルは同社の地図アプリ上で、地図データの提供元を公開している。その記載によると、国内のデジタル地図会社のインクリメントP(川崎市)のほか、ユーザー同士が地図を作っていく世界的なプロジェクト「オープンストリートマップ(OSM)」、オランダのカーナビゲーションシステムメーカーのトムトムなどのデータが使われているようだ。
従来、iOSに搭載されていたのは米グーグル製のグーグルマップアプリだったため、iOSユーザーはグーグルマップの品質に慣れていた。だが、当初のアップルマップがそのレベルに到達していないことは明らかだった。グーグルが採用している国内地図データ最大手ゼンリンのデータがアップルマップで使われていなかったため、「ゼンリンと比較して品質の劣る地図データを使ったことが原因ではないか」との声も出た。
当時、デジタル地図の関係者に取材すると、誤表示の原因は地図データ自体の誤りではなく、アップルの開発技術と地図業界関係者とのコミュニケーション不足との指摘があった。特に技術面では、緯度・経度を表示する際の基準を無視したデータ結合や、商業施設と駅のカテゴリー混同などがみられ、「デジタル地図の知識を持ったエンジニアが担当していない可能性もあるほどの初歩的なミス」とされた。さらにOSMの地図データについては2年以上も前に取得したものを更新せず、そのまま利用している痕跡もあったという。
アップル広報によると、今回は地図上の場所表示の修正に加え、道路の色や建物のアイコンなどの表示の変更、車の運転時のナビゲーション機能の向上など7項目を改善したという。
今回の改善で、品質はどの程度向上したのだろうか。日本におけるOSMの活動を支援するオープンストリートマップ・ファウンデーション・ジャパン(OSMFJ)副理事長の古橋大地氏は「現在のアップルの日本国内地図にOSMのデータは使われていないようにみえる」と推測。修正により「少なくとも地図として機能するようになった」と評価する。
リリース時のアップルマップに散見されたのが測地系の変換ミスだった。測地系とは、場所を経度・経度で表す際の前提条件のこと。日本では02年まで緯経度を日本独自の基準(日本測地系)で表示してきたが、全地球測位システム(GPS)などに対応した国際基準(世界測地系)と約450メートルのずれがあった。国土地理院は02年4月1日から「世界測地系」に移行することを決めたが、国内の地図データにはかつての日本測地系をもとに作られているものもある。
異なる測地系のデータを結合する場合は経緯度を変換する処理が必要だが、修正前のアップルの地図はこの処理を怠り、旧日本測地系の経緯度のまま、正しい位置から450メートルほどずれて表示される駅などが散見された。駅の読み仮名である「とうだいまえ」と漢字表記「東大前」など重複データの名寄せの失敗、駅と商業施設といったカテゴリーの混同といったデータ不整合も多発。「使用に耐えうるレベルではない」として批判を招いていた。
インターネット地図配信サービスのマピオン(東京・港)で設計やサービスディレクションなどを担当し、現在、位置情報サービスGEOHEXの代表をつとめる笹田忠靖氏は「測地系の変換ミスや名寄せの失敗などのデータの不整合は、ほぼ改善されたようだ」との見解を示した。
記者が自分のiPhone5を使って調べたところ、確かに東京・大手町の日経本社ビル付近では、一見して分かる明らかな誤りは解消されたようにみえる。だが位置情報を活用した業務アプリを提供するオークニー(横浜市)の森亮社長は「本来このレベルになってからリリースされるべきだった」と指摘する。
試しに東京駅を検索してみた。すると実際の駅のほかに、店名に「東京駅」を含む商業施設など計11カ所が地図上に表示されることがある。グーグルマップでは表示は1カ所だけだ。
音声の発音を改善するなど、アップルが力を入れているナビゲーション機能はどうか。やはり自分のiPhone5を使い、大手町の日経本社ビルから東京駅へ、移動手段を「車」に設定してルート検索を試してみた。グーグルマップでは距離1.1キロメートル、所要時間4分の経路が表示された。一方、アップルマップでは距離2キロメートル、所要時間8分とほぼ2倍の道のりだった。
なぜなのか。よく見ると、「東京駅」と検索したにも関わらず、到着地点に設定されていたのは店名に「東京駅」を含む商業施設。検索時に店名の一部を拾ってしまったらしい。
さらに日経本社ビルから東京駅へ、移動手段を「電車」に切り替えて「検索」を押すと、グーグルマップでは丸ノ内線大手町駅を経由し7分、運賃(160円)まで表示された。アップルの地図アプリでは「検索」を押すと突然「経路App」の一覧画面に移動。「乗換案内」など、別のアプリケーションの利用を勧められてしまい、使い勝手が著しく低下する。
3D表示も今回改善された。リリース時、真四角に表示されていた東京タワーは実物に即した表示になった。また、少なくとも大手町近辺に関しては、アップルマップでは大多数のビルが3Dで表示される。一方、グーグルマップでは一部の大きなビルのみ。この点についてはアップルマップの方が優れているようにも思えるが、笹田氏は「全ての建物を3Dにする意味が果たしてあるのか」と疑問を呈する。「表示スピードが若干遅くなり、アプリとしてのパフォーマンスが下がっている。iPhoneのハードとしての性能は最高峰なのに、うまくチューニングできていない」(笹田氏)と指摘する。
地図アプリを含む電子地図ビジネスは、15年には10兆円規模の市場に成長するとの予測がある。スマートフォン(=スマホ)ユーザーにとって、今や地図アプリは欠かせないもの。ユーザーが生み出す位置情報はマーケティングなどに活用すれば莫大な利益を生む可能性を秘めている。アップルが品質の低い自社製地図を強引にリリースした背景には、自社製マップの機能をアプリ開発者に組み込んでもらい「新OSとセットで囲い込みたいという意図がみえた」(情報通信総合研究所の小川敦研究員)。
しかし、一連の地図騒動により、アップルはライバルに塩を送る格好になってしまった。実際、アップルがアプリ改善に手間取っている間にリリースされたグーグルマップは公開後数時間でコンテンツ配信サービス「アップストア」の無料アプリ部門のランキングトップを獲得した。
グーグルマップは着々と進化を続けている。同社のOS「アンドロイド」向けアプリでは、すでに空港などの内部の構造や店舗が表示される「インドアマップ」に対応ずみだ。iOS向けは未対応だが、グーグルの牧田信弘プロダクトマネージャーは「デバイスやOSに依存するのではなく、全てのグーグルマップユーザーに最高の体験を提供したい」と意気込む。「終電の時間や周辺の商業施設、天気などより豊かな情報を盛り込み、地図を基本とした究極のユーティリティーツールを目指す」(牧田氏)。
やっとデジタル地図として一歩を踏み出したアップルマップ。だが、先を走るグーグルへの道のりはまだ遠い。
(電子報道部 富谷瑠美)
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