暁の円買い攻勢、アップルショックの余波
「円のフラッシュ・クラッシュ(瞬時の急落)」が欧米市場でも注目されている。
NY市場が大引け後、アジア市場が開くまでの1時間ほどは、かねて流動性が薄く、超短期の投機筋の標的になってきた。
今回は、2日のNY市場引け後に発表された米アップルの業績下方修正を材料に、東京市場が休場という状況で、円が狙われた。
クリスマス休暇前の1ドル=113円台から瞬間的には104円台と、昨年1年間のレンジを数日で達成してしまった。瞬間的にせよ、104円は事実として記録に残り、104円が円のレンジの上限となってしまった。日本市場の視点では、とばっちり、というほかない。
例年、商い薄になる年末年始のアジア早朝時間帯。そこに今年は特に異常な価格変動がなぜ起きたのか。やはり、この1年、人工知能(AI)によるプログラム高速度取引が急速に市場内で拡散した故であろう。コンピューターにクリスマスも正月もない。
そもそも「惨状」ともいえる2019年相場の幕開けだ。
きっかけはアップルの業績下方修正であったが、今回の市場異変の本質は深い。
今回の「アップルショック」の本質は、「米中貿易戦争の実体経済への影響」が喫緊の話題になっているときに米国最大級企業の最高経営責任者(CEO)が中国経済を業績下方修正の理由として明示したことだ。既に、スマホ「iPhone」販売台数の公表中止や、商品の成熟化、収益におけるサービス部門への依存傾向など、アップル関連の問題点は織り込まれている。
かねて2019年の世界景気後退説は唱えられていた。頼みの米国経済も指標悪化が目立つ。ミシガン大学消費者信頼感指数、特に、将来(6か月後)の雇用状況についての明確な懸念は重い。米サプライマネジメント協会(ISM)製造業景況感指数が事前予測の57に対して54となったことも重い。アメリカ・ファーストはアメリカ・オンリー(米国だけ好調)とはならない。「米国を除く世界」と米国との景況感乖離(かいり、デカップリング)が語られたが、現状は米国経済も世界の潮流に収れんしつつある。米中共倒れのリスクも現実味を増す。
しかるに、パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長は、金融政策対応を明示していない。量的緩和(QE)に代わるQT、すなわち量的引き締め政策を「オート・パイロット(自動操縦)」と語り、イエレン前議長が立案した計画通り、市場からの過剰流動性の回収を進める方針のようだ。困ったときのFRB頼みという依存症から抜けきれない市場は、ドルの点滴を外される患者のごとき不安感を強める。パウエル議長は市場との対話に失敗した、との評価が目立つ。
トランプ米大統領は市場異変について「先月は株価がやや故障気味であったが、米中関係が好転すれば、良くなる。今の株価はバリューがある」と買い推奨のごとく言ってのけた。自らまいた種ゆえ、大統領自ら始末をつけてほしい。これが市場の本音だろう。
ハイイールド(高利回り)市場が実質的に機能不全の兆候を見せ始めたこともクレジット・リスクとして気になる。社債など民間部門債務膨張に関しては、イエレン氏も警告を発している。しかも、原油価格急落が、シェール関連投資などのハイイールド債の債務不履行(デフォルト)の懸念を高めている。信用収縮が懸念され始めた矢先に、ムニューシン米財務長官が、リーマン・ショック時の対応を連想させる「経済防衛会議」をクリスマス休暇直前に招集した。国務長官、司法長官、大統領首席補佐官と相次いで更迭され「次は財務長官か」と噂され、保身のために結果的に余計な行動に走ったとの「保身説」さえ流れる。
このような時期の「政府機関一部閉鎖」も心象が極めて悪い。
トランプ大統領の側近が某著名ヘッジファンドに株価安定のためのアドバイスを乞うた、との報道もあったが、簡単なこと。「あなたには黙っていてほしい」。これが市場の本音だろう。
マーケットの惨状を打開できるのは、ただ一人。パウエル議長しかあるまい。
ホワイトハウスがトランプ・パウエル両氏の「プライベート・ミーティング」を画策中との報道もあった。市場は、期待半分、怖さ半分といったところだ。
本日は、歴代FRB議長とパウエル現議長との「パネル・ディスカッション」が予定されている。前任者たちが市場に放流した流動性を回収するという「損な役割」を引き受けたパウエル氏が、どのように語るか、注目される。
要は、FRB議長が市場に寄り添う意思を明確に示すことだ。利上げ当面様子見、さらには一時停止、さらに、FRB資産圧縮停止などが期待される。既に、米国10年債利回りは昨年の3.2%台から下げ続け、2.6%を割り込んでいる。
市場の構造が激変した。市場は追いつけない。少なくも、3月の米中通商交渉の期限と米連邦公開市場委員会(FOMC)までは、異常な振れ幅(ボラティリティー)が続きそうだ。
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
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