卵巣がん新薬、異例のスピード承認 アストラゼネカ
がんの中でも特に予後が悪い卵巣がんに登場した新薬が話題を呼んでいる。英アストラゼネカが開発し、4月に国内で発売された「リムパーザ」だ。副作用が少なく患者には朗報となる。今回、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)は日本人の試験データがないにもかかわらず、対象患者を広げて承認した。今後の新薬開発においてもモデルケースとして注目される。
卵巣がんは、40歳代で罹患(りかん)率が急上昇し、50歳代でピークを迎える。日本で毎年9千人以上の患者が発生しており5年生存率は58%。乳がん91%、子宮体がん81%など他の婦人科系がんと比べると低い。
これまで治療薬は、プラチナ系やタキサン系と呼ばれる従来型抗がん剤が中心で、正常細胞にもダメージを与えるため患者の負担が大きかった。リムパーザは、正常細胞にはダメージを与えずがん細胞のみを死滅させる分子標的薬で、副作用が少ない。「PARP(パープ)」という体内の酵素の働きを妨げるためPARP阻害薬と呼ばれている。
PARPはDNA修復酵素の1つで、これが働かないとがん細胞はDNAが切断されたまま修復されず死ぬ。一方、正常細胞はBRCA(ブラッカ)などの遺伝子が働いてDNAがきちんと修復され死なずに済む。
PARP阻害薬は乳がんや前立腺がんなどにも効くとされ、市場拡大が見込まれるため企業間の競争が激しい。14年のリムパーザ承認以降、米国では16年に米クロービスの「ルブラカ」、17年に米テサロの「ゼジュラ」も登場している。
昨年7月、米製薬大手メルクは一時金16億ドル(約1800億円)をアストラゼネカに支払い、リムパーザをがん免疫薬キイトルーダと併用する共同開発の契約を結んだ。武田薬品工業もテサロと提携し、ゼジュラの国内展開を表明した。
リムパーザの承認には、PMDAが異例の対応をした。日本人のデータがないにもかかわらず、米国の最新データを基に適応患者を広げて承認したのだ。
リムパーザは当初、BRCA遺伝子に変異があり機能しない患者向けに開発。だが開発が進むうちにBRCA変異がない患者にも効くことが海外の試験で分かり、米国では変異の有無にかかわらず投与可能になった。
一方、日本人でそのようなデータはまだない。この場合、PMDAは通常なら日本人での追加試験を要求するが、試験を実施すれば2~3年余計にかかってしまう。投与できるはずの患者を待たせることになる。そこで今回は海外のデータを踏まえ、米国と同様、BRCA変異の有無にかかわらず投与できるよう承認した。
当然、BRCA変異のある患者に限定するよりも対象患者は増える。製薬企業関係者は「従来より踏み込んだ判断で異例のこと」と驚く。がん遺伝子研究の進歩は早く、今後も同様の事例が出てくる可能性は高い。
4月の薬価制度改革で薬価抑制が顕著となり、製薬企業の開発意欲が減退した。一方で政府は新薬の審査スキームを簡略化し開発を促す方針を表明している。PMDAの判断はその方針に従った一例と言えそうだ。
BRCA遺伝子変異は遺伝するがん因子。米女優のアンジェリーナ・ジョリー氏が遺伝子検査で陽性となり、がんになる前に乳房と卵巣を切除したことでも知られる。
(企業報道部 野村和博)
[日経産業新聞 2018年5月15日付]
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