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BEYOND DISCOVERY
日経サイエンス
ビタミンDの謎を解く
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1. イントロダクション
2. 誤った同定
3. 病気の原因を追う
4. 「タンパク質や塩分とも違う物質」
5. くる病に迫る
6. 動物,植物,あるいはミネラル?
7. ビタミンDとカルシウム調整との関係
8. 働きはカルシウム調節だけではない
9. クレジット
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BEYOND DISCOVERY
THE PATH FROM RESEARCH TO HUMAN BENEFIT
■くる病に迫る
 このころまでに,くる病に再び焦点を当てた研究がいくつかなされていた。この病気はスコットランドや欧州北部では依然として深刻な問題だった。日照の効果はほぼ忘れ去られていたが,少数の研究者が再び着目した。英国の研究者パーム(T. A. Palm)は1892年,くる病の地域分布と日照量に関係があることを見いだした。1913年にウィスコンシン大学のスティーンボック(H. Steenbock)とハート(E. B. Hart)はより直接的な関係を発見した。乳しぼり用のヤギを屋内で育てると骨のカルシウムをかなり失ってしまうが,屋外で育てると問題は起きないのだ。6年後の1919年,ドイツの研究者フルトシンスキー(K. Huldschinsky)は極めて革新的な実験を行い,人工的に作り出した紫外線を使ってくる病の子どもたちを治療した。その2年後,コロンビア大学の研究者ヘス(Alfred F. Hess)とアンガー(L. F. Unger)は,くる病の子どもに日光浴をさせるだけで病気が治ることを示した。
 
 一方,栄養学の面では英国の医師メランビー(Sir Edward Mellanby)が,何らかの栄養不足によってくる病が起きるとの考え方に基づいて研究を続けていた。彼は1918年にスコットランドの主食である粥を調べることにし,イヌにオートミールだけを餌として与えた。偶然にも彼は実験の期間中ずっとイヌを屋内で飼育したので,イヌはくる病を引き起こした。さらにタラ肝油を与えると病気は治った。当時はタラ肝油の中にビタミンAが見つかって間もないころで,ビタミンAがくる病の治療につながったとメランビーが考えたのも無理はなかった。
 
image ウィスコンシン大学からボルチモアのジョンズ・ホプキンズ大学に移っていたマッカラムはメランビーの実験を知って,その研究をさらに進めることにした。マッカラムはビタミンAを分離した研究を通じて,食物によっては複数の補助栄養素を含んでいる場合があることを知っていた。彼はメランビーの発見をさらに詳しく追跡する精巧な実験を考え,タラ肝油に何か別の成分があるかどうか,あるとすれば何かを探った。彼はまず肝油を加熱して空気に触れさせ,ビタミンAを壊した。予想通り,こうして処理した肝油では夜盲症に対する治療効果は失われた。しかし意外なことに,くる病には効果があった。未知の必須栄養素がかかわっているのは明らかだ。マッカラムは一連の実験結果を1922年に発表し,ビタミンをアルファベット順に命名するやり方に従って新栄養素に名前をつけた。ビタミンBとCが命名されたばかりだったので,新たな魔法成分は「ビタミンD」と名づけられた。
 
 こうして1920年代初めには,くる病に2つの治療法が見つかったように思えた。肝油と光療法(日光浴や紫外線浴)の2つだ。にもかかわらず,くる病は依然として手に負えなかった。医師たちは日光浴が若年層の骨の形成に不可欠だと気づいてはいたが,工業都市の街頭は煙っていて相変わらず日光不足だった。また,人々の食習慣を変えて肝油を定期的に服用させるのも容易なことではなかった。
 
 その後,栄養学研究と光療法に関する知見が一連の実験によって結びつき,ビタミンDの謎を解く重要なカギを提供するとともに,くる病の一般的な治療法への道が開かれた。本格的な栄養学研究の流れとしては,ロンドンで研究していたゴールドブラット(Harry Goldblatt)とソームズ(Katherine Soames)が,日光浴をさせたラットの肝臓を別のラットに餌として与えると成長が促進されるのに,日光浴をしなかったラットの肝臓を餌にした場合はそうならないことを発見した。1920年代初めに,2つのチームがこの研究を発展させた。スティーンボック(H. Steenbock)とブラック(A. Black)のチームと,ヘス(Alfred Hess)とウェインストック(Mildred Weinstock)のチームの2つで,フルトシンスキーの主導もあって,ラットの餌に紫外線を照射した場合の効果を詳しく調べた。
 
 この2つの研究チームはそれぞれ独自に,ラットの皮膚切片や植物油,卵黄,牛乳,レタスなどに紫外線を当て,これらをラットに餌として与える実験を行い,くる病に対して肝油のビタミンDが果たしたのと同じ効果を持つ物質が紫外線照射によって生じていることを発見した。紫外線を当てた食物や皮膚を餌としたラットはくる病になりにくく,照射しない餌を与えたラットはくる病になりやすかった。ありふれた食品に紫外線を照射するだけで多くの子どもをくる病から救えるとみて,スティーンボックは1924年に食品への紫外線照射手法について特許を取り,将来の特許収益のすべてをウィスコンシン大学の研究支援に寄付することにした。
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原文はNASのBeyond Discoveryでご覧になれます。
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