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商業出版社のオープン・アクセス戦略

石井 奈都(いしい なつ)
シュプリンガー・ジャパン株式会社 オープン・アクセス・マネージャー

● はじめに

オープン・アクセス(OA)の一般的な定義は、「学術論文が、理想的にはその出版直後からウェブ上で無料でアクセスできること」とされている1

OA を実現する方法はふたつある。グリーン OA とゴールド OA である。前者は、著者が自身の HP や所属する学術・研究機関のリポジトリなどで論文のアクセプト原稿を公開するという方法、後者は査読つき OA ジャーナルで論文を出版するという方法である。

2011年9月現在、米国国立衛生研究所(NIH)や英国ウェルカム・トラストなど世界で180以上の学術・研究機関および研究費助成機関が、グリーンまたはゴールドで論文を OA 化することを著者に義務付けており、米国ハーバード大学やドイツのマックス・プランク研究所などは、所属する研究者が OA ジャーナルで論文を出版する際に必要な費用を支援している。学術雑誌の価格高騰問題も相まって、OA を支援しようとする動きはここ10年ほどの間に世界各国に急速に広がっている。また、Nature Publishing Group2 やCell Press3 が OA ジャーナルの創刊を今年相次いで発表するなど、ビジネス・モデルとしての OA もいまや確立しつつある。一方、現時点では OA 義務化方針やゴールド OA への資金的援助を明確に打ち出している日本の学術・研究機関、研究費助成機関はまだなく、日本発の OA ジャーナルの数もあまり多いとはいえない。

こうした中で、Springer は2011年3月より日本においても OA ビジネスへの本格的な取り組みを開始した。本稿では、ゴールド OA(以下、単に OA とする)を担う商業出版社のひとつとして、OA をとりまく現状や今後のビジネス展開などについて論じる。

● Springer における3つの OA

Springer では、(1)従来の購読型ジャーナルにおける論文単位での OA オプション(Open Choice)、(2)生物医学分野の OA ジャーナルを出版する BioMed Central(BMC)、そして(3)生物医学分野以外の OA ジャーナルを出版する SpringerOpen、の計3つの OA プログラムを提供している。

(1)は、著者が自分の論文の出版形式を従来の購読型と OA の2つから選択できることから「ハイブリッド型」と呼ばれている。(2)の BMC は2000年に設立された査読つき OA ジャーナル専門の出版社で、2008年に Springer グループの傘下に入った。2011年11月現在223タイトルの OA ジャーナルを出版、OA 専門の出版社としては世界最大規模である。(3)の SpringerOpen は2010年の立ち上げ以降、数学、物理、計算科学などの分野で55タイトルを出版している(2011年11月現在)。(1)~(3)いずれの場合にも、アクセプトされた場合には Article Processing Charge(APC)の支払いが必要となる。

BMC は Springer グループの中で現在も独立したセクションとして機能しており、Springer における OA ビジネスの中核をなしている。このため、以下ではおもに BMC を中心に出版状況等について述べることとする。

● OA 出版の現状

図1: BMC ジャーナルへの投稿・出版数の推移(世界全体)


図2: BMC ジャーナルへの投稿・出版数の推移(日本)


図3: 論文発行数成長率およびゴールド OA 論文数成長率の予測


表1: 日本からの投稿が多い BMC ジャーナル Top 10(2010)

最近のある調査によると、2008年に出版された学術論文のうち約8.5%がゴールド OA によって入手可能となっている4 。図1、2は、過去5年間の世界全体および日本からの BMC ジャーナルへの投稿数と実際の出版数の推移を示している。OA 論文の数が順調に増加していることがうかがえる。つまり、学術論文全体に占める OA 論文の割合は今後も確実に増加するといえるだろう。Springer では、OA・非 OA を合わせた論文の年間発行数の成長率は3.5%、OA 論文数の成長率は年間約20%になると予測している(図3)。また、OA ジャーナルのタイトル数の増加も顕著である。世界中で発行されている OA 学術誌の情報を集めた Directory of Open Access Journals(DOAJ)5 によると、2011年11月現在で7,300タイトルを超えている。2011年7月の時点では6,500タイトル強だったことを考えると、成長率は目覚ましいものがある。

● OA ジャーナルの質について

こうした中でよく問われるのは、「著者支払い型の OA ジャーナルは、APC さえ払えばどんな論文でも掲載してくれるのではないか」という OA ジャーナルの質に関する疑問である。BMC では厳格な査読を行っており、全ジャーナルの平均的なリジェクト率は約50%となっている(図1)。また BMC は Committee on Publication Ethics (COPE)6 の会員であると同時に Open Access Scholarly Publishers Association(OASPA)7 の会員でもある。OASPA は OA 出版社の利益を代表し支援するための会員制の協会で、Oxford University Press や American Physical Society なども参加している。会員になるためには厳しい参加基準をクリアしなければならないため、個々のジャーナルの質を見極める際にはその出版社が OASPA の会員であるか否かを確認することが、ある程度有効と考えられる。

ちなみに BMC ジャーナルにおける日本の平均的なリジェクト率は約40%となっており(図2)、日本の研究論文の質が国際的に見て比較的高いことがわかる。表1に、2010年に日本からの投稿数が多かった BMC ジャーナル上位10タイトルを示す。BMC ジャーナル全体への2010年の投稿数は約35,000強であったが、世界的にみても投稿数の多い、またインパクト・ファクターも高いジャーナルに日本から投稿されている。

● APC の価格について

次によく問われるのは、「APC の価格ははたして適正なのか」という点である。前述の「ハイブリッド型」( ● Springerにおける3つの OA)を採用している出版社の多くは、APC の金額を約$3,000に設定している。この額は、1本の論文を印刷版および電子版で出版する際にかかる費用にもとづいている1 といわれ、いわば既存の購読モデルを維持することを前提に設定された価格であるといえる。一方 BMC では、OA とオンライン出版に特化したシステム構築とビジネス運営を行い、著者・編集者に対してよりよいサービスを提供するための費用にもとづいて APC を設定している。このため他社よりも比較的低い価格設定を実現している(2011年の BMC の APC 標準額は約$1,700となっている)。

● APC は誰が負担するべきか

では APC は一体誰が負担すべきなのだろうか。一般に、学術・研究機関、図書館、研究費助成機関、著者自身などが候補としてあげられる。理想的には研究費助成機関が主体となるべきと考えられるが、ドイツのマックス・プランク研究所8 やカナダのカルガリー大学9 などのように学術・研究機関の図書館が主体となっているケースも多い。 では日本では著者はどうやって APC を支払っているのだろうか。2009年~2011年に約4万人の世界中の研究者(過去5年間に少なくとも1本の査読つき論文を出版した人)を対象に行われた調査(Study of Open Access Publishing(SOAP)10 )によると、OA ジャーナルで論文を出版したことのある日本人著者の約45%が、「APC 支払いに係る費用が研究費に含まれている」と回答しており、他方「学術・研究機関が支払った」と回答した著者は約30%であった。驚くべきことに、APC 支払いのための資金調達が「簡単だった」と回答した著者の割合は日本では50%と、国別ではもっとも多いという結果になった。

しかしながら、APC のための資金確保が困難な著者が日本にも多くいると考えられる。日本人著者の大部分が APC を自身の限られた研究費から支払っていることや、米国 NIH や英国ウェルカム・トラストなど OA 義務化方針を打ち出す研究費助成機関が増えている中、日本の研究費助成機関も OA 支援に向けて議論を進める必要があると考える(なお BMC では、アフリカなどの低所得国のほか経済的な理由で APC 支払いのための資金調達が困難な著者には、APC 免除などの制度を設けている)。

● 日本での今後のビジネス展開

ここで日本での OA 出版の状況をまとめると、まず BMC をはじめとした OA ジャーナルへの投稿は年々増えており、しかも投稿される論文の質が比較的高い。また、日本人著者の半数近くが自身の研究費から APC を支払っており、彼らの半数以上は APC 支払いのための資金調達を簡単であると感じている。これらの状況からわかるのは、日本における OA ビジネス市場は今後ますます拡大する可能性を秘めているということである。

こうした中で OA 出版を担う商業出版社のひとつとして取るべき戦略は、まず何よりも著者へのプロモーションであると我々は考えている。つまり、OA で出版することのメリット(ビジビリティやアクセシビリティの向上)をより多くの著者に知ってもらい、OA ジャーナルへの日本からの投稿をさらに増やしていきたい。これと並んで重要なのは学協会との連携である。つまり、日本の学協会との連携によって日本発の OA ジャーナルを増やし、日本のジャーナルの発信力を高めるということである。これは SPARC Japan のミッションとも一致すると考えられる。2011年3月以降、学協会からの「オープン・アクセスで学会誌を出版したい」という問い合わせも徐々に増えてきている。今後も関係者の方々と連携しながら議論を進めたい。さらに、前述したように研究費助成機関への働きかけを行い、OA 出版への支援を呼びかけていくことも我々の重要な任務であると考えている。

● おわりに

ジャーナル出版をとりまく環境は、ここ10年ほどの間に劇的に変化している。BMC のような OA 専門の出版社が200タイトル以上のジャーナルを擁するまでに成長するとは、10年前には誰も想像しなかったかもしれない。そしていま、OA 出版自体も新たな局面を迎えつつある。その代表的な例は、PLoS ONE11 や Nature Com­mu­nications12 など、いわゆる「OA Mega Journal13 」の誕生である。OA Mega Journal の特徴は、あらゆる分野の研究を対象とし、科学的に妥当な論文であればすべて掲載するという編集方針をとっていること、PLoS Biology や Nature 姉妹誌など、各出版社のフラッグシップ・ジャーナルでリジェクトされた論文をカスケード・システムによって受け入れることなどである。 Springer も2011年12月に SpringerPlus14 を創刊予定であり、直接投稿のほか Springer の他誌でリジェクトされた論文のカスケード・システムを採用する。

こうした OA Mega Journal の誕生は、科学技術の進歩などに伴って増え続ける論文を受け入れるための新たなモデルが、市場で求められているということに他ならないだろう。実際、カスケード・システムは論文の査読にかかる時間と費用だけでなく、アクセプトされるまでに複数の雑誌に何度もフォーマットを変えて投稿しなければならない著者の手間を削減できるという点で、査読者にとっても著者にとってもメリットが大きいシステムであるといえる。

商業出版社は、既存のジャーナルの質を維持するだけでなく、ジャーナル出版をとりまく環境の変化や多様なニーズに対応し、求められる新たなサービスやモデルを提供し続けなければならない。しかし、これを実現することはもはや出版社単独では不可能だろう。たとえば、グリーン OA の担い手である大学図書館関係者との連携は特に不可欠であると考えられる。ジャーナルや書籍の電子化などにともなって図書館に求められる役割も変化しつつある中で、グリーンとゴールドの垣根を越えた連携が今後は求められるようになるだろう。筆者自身、図書館関係者の方々と議論させていただく機会がこれまで何度もあったが、OA への関心の高さに大変刺激を受けた。

著者、学術・研究機関、研究費助成機関などあらゆる関係者との連携を図ることこそが、未来において商業出版社として生き残る道なのではないだろうか。

 


参考文献
1. www.stm-assoc.org/2009_04_01_Overview_of_STM_Publishing_Value_to_Research_Japanese.pdf(参照2011-11-22)
2. http://www.nature.com/press_releases/scientificreports.html(参照2011-11-17)
3. http://www.eurekalert.org/pub_releases/2011-08/cp-acr080111.php(参照2011-11-17)
4. Laakso, M; Welling, P; Bukvova, H; Nyman, L; Björk, B-C; Hedlund, T. The Development of Open Access Journal Publishing from 1993 to 2009. PLoS   ONE. vol. 6, no. 6, 2011, e20961. doi:10.1371/journal.pone.0020961
5. http://www.doaj.org/(参照2011-11-17)
6. http://publicationethics.org/(参照2011-11-17)
7. http://www.oaspa.org/(参照2011-11-17)
8. http://www.biomedcentral.com/download/info/MaxPlanckSociety.pdf(参照2011-11-17)
9. http://www.biomedcentral.com/download/info/CalgaryCaseStudyFinal.pdf(参照2011-11-17)
10. http://project-soap.eu/(参照2011-11-17)
11. http://www.plosone.org/home.action(参照2011-11-17)
12. http://www.nature.com/ncomms/index.html(参照2011-11-17)
13. http://www.slideshare.net/PBinfield/ssp-presentation4(参照2011-11-17)
14. http://www.springerplus.com/(参照2011-11-17)