民じゃないと言うけれど

「いわゆる移民の受け入れには当たらない」
ーーとは言うものの、認められれば日本にいる期間の上限がなくなり、家族もOKというケースも。
今回、政府が打ち出した新たな政策は、外国人労働者の受け入れ方針を、大きく転換するものだ。来年4月からの受け入れ拡大を目指し、出入国管理法などの改正案の骨子が関係閣僚会議で示された。
それでなくとも、すでに「外国人依存」とも言うべき状況が生まれている日本。2つの新たな在留資格、果たしてどんなもので、日本はどこへ行くのか。
(外国人問題取材班)

彼らが「担い手」

ホアンさん。
4年前にベトナムから訪れ、いま、さいたま市の会社で働いている。

だが、その立場は、あくまで技能を学ぶことが目的で来日した「技能実習生」だ。
3年間の技能実習を終えたあと、国が設けた特例で延長雇用されている。いまの制度では来年5月に在留の期限を迎え、帰国しなければならない。
「もうちょっと残りたい。日本語だけじゃなくて仕事も全部勉強したい」

「技能実習生」は事実上、重要な労働力となっている実態がある。
ホアンさんが勤めるのは、さいたま市にあるコンクリート圧送会社。そこで、現場のサブリーダーとして、周りの作業員にコンクリートを流し込む量やタイミングなどを指示する役割を担っている。

この会社では、200人余りの従業員のうち、21人がベトナムからの技能実習生だ。
副支店長の小島秀二郎さんは人手不足の状況は深刻だと語る。

「若い、高校卒業したばかりの人たちがうちの会社に入って育っていく状況は全然ない。技能実習生はうちにとってはなくてはならない担い手です」

いまの制度はこうなっている

いま日本で「働いている」外国人は、6種類に分けられる。

① 日系人
② 日本人・日系人などの家族
③ 留学生
④ 技能実習生
⑤ 研究者や経営者などの専門分野で働く人
⑥ 特別永住者

実はこの中で、「働くことだけを目的」に日本にやってきているのは、制度上は⑤だけなのだ。事実上、重要な労働力になっている人であっても、制度上は、あくまで技能の習得が目的だ。

外国人労働者の受け入れの拡大に向け、政府は今回、「政策の転換」ともいえる施策を打ち出した。

新制度では「在留期間の上限なし」も

出入国管理法などの改正で、新たな在留資格を2つ設けるという。その改正案の骨子は次の通りだ。

新たな資格は「特定技能」。「1号」と「2号」と2種類ある。

「1号」は、特定の分野で「相当程度の知識または経験」を持ち、日本語の試験で、日常会話程度が話せると認められた外国人に与えられる。在留期間は最長5年で、技能実習生ならば最長期間の5年と合わせて10年いられることになる。

「2号」は、1号を上回る「熟練した技能」が必要で、さらに難しい技能試験に合格しなければならない。しかし、認められると在留期間の上限がなくなるうえ、家族も日本に呼べるようになる。ただし、この特定技能で在留するには、定期的に審査を受ける必要がある。

受け入れの対象は、「農業」「漁業」「介護」「建設」「ビル清掃」など14の分野が検討されていて、年内をめどに決めたいとしている。

また、外国人材を受け入れる企業には、日本語教育を含めた生活支援や、日本人と同等以上の賃金の水準を確保するよう実質、義務づけるとしている。不法滞在を防ぐ対策の一環としては、難民認定制度の悪用などをする人が多い国からは、新たな労働者を受け入れない方針だ。

農業、漁業 もはや「外国人依存」の状況も

背景にあるのは、深刻な人材不足だ。
受け入れ対象の一つとして検討されている農業。主な従事者のうち65歳以上の占める割合が65%に上っていて、高齢化や後継者不足が課題になっている。

例えば、全国2位の農業産出額を誇る「首都圏の台所」茨城県。その現場を見ると、いまや20代~30代の3人に1人ほどが外国人だ。

また、漁業では2015年までの10年で就業者の数が約30%減少している。

かきの生産で知られる広島県内の漁業従事者を調べてみると、20〜30代ではほぼ2人に1人が外国人になっていた。 特に2010年から2015年にかけては、外国人の人数が4倍に急増することで若手の漁業者全体の人数も増加に転じている。5年間で一気に”依存”が進んだことが見てとれる。

吉川農林水産大臣は12日、農林漁業分野での外国人材の受け入れ拡大を積極的に検討していることを明らかにした。さらに、食料品製造業、外食産業についても受け入れを検討しているとしていて、「必要な分野において、外国人の人材を円滑に受け入れることができるように、検討を進めていきたい」と述べている。

事実上の「移民政策」では

今回の積極的な外国人労働者の受け入れ、「事実上の移民政策だ」という指摘が出ている。また、「日本人の雇用の機会が奪われるのではないか」「治安が悪化すのではないか」という声もある。

これに対し、菅官房長官は10月12日の記者会見で、次のように述べている。
「『特定技能1号』は、一定の専門性、技能を有する外国人材を、在留期限の上限を設け、家族の帯同は持たないとの前提のもとで受け入れるものであり、いわゆる移民の受け入れには当たらない」

「また『特定技能2号』は、『熟練した技能』を要件としていて、現行制度においても家族の帯同や長期間の滞在を認めている。今までと同じことだ」

山下法務大臣も、「人材が確保されたと認められる場合には、新たな受け入れは行わない上、雇用契約が更新されない限りは、在留期間の更新は許可されず、いわゆる『移民』とは明確に異なるものだ」と述べている。

また、山下大臣は「日本にインバウンドで来られる方が2800万人、日本に住まれている方が260万人おられるが、それで治安が悪くなったかと。日本がより良くなる制度なんだということを、丁寧に説明していきたい」として、懸念にはあたらないと話している。

「日本側にも覚悟がいる」

外国人の労働問題に詳しい指宿昭一弁護士、まずは制度を評価できるとしたものの、手放しでは喜べないと指摘する。

「外国人労働者をきちんとした制度で正面から受け入れるという第一歩を踏み出せたのはよかった。場合によっては永住にもなれる。そういう道を開いたという意味でここはすごく画期的なことではないか。外国人労働者にとっても選択の余地が広がるうえ、働き続けてほしいと考える企業にとってもよいことだ」

「この制度が本当に機能するかどうかはこれからのことなので手放しで喜ぶわけにはいかない。
文化や言葉の違いがあるから、そういうところをフォローしていかないときちんとした受け入れにならない。教育とか社会保障とか、さまざまな面について手当てをしなければならないが、これは簡単なことじゃない。日本側に覚悟がいるし、予算が必要になる。その予算をどこから出すのか、未解決な問題がたくさんある。『日本の企業や社会を一緒に支えていってもらう仲間を作る』という考え方で覚悟を持って取り組むべきで、国が対策を取るとともに、企業にも負担してもらわなければならない」

現場ではすでに…

その懸念される状況、現場ではすでに見られている。

東京・杉並区にあるネパール人学校。ネパール国外では、ここが世界で唯一つだという。

在留外国人統計によると、実はここ数年で急激に増えているのは、ネパール人だ。10年前は1万人余りだったのが、ことし6月末現在では8万5321人と、10年で8倍に。冒頭のホアンさんのようなベトナム人も急増してはいるが、10年間の増加率で見ると、ネパール人の方が高くなっている。最も多いのは東京で、2万6000人余りと全体の33%を占める。次いで千葉、福岡、神奈川と、大都市やその周辺に多くなっている。

この学校ではネパール本国と同じカリキュラムで、幼稚園児から高校生にまで対応。5年前の設立当初は生徒は10人ほどだったが、わずか5年で200人余りにまで急増した。遠くは埼玉県所沢市から片道1時間以上かけて通っている子どももいるほか、この学校に子どもを通わせるため北海道や福岡県から引っ越してきた家族も。教室が手狭になったので、この夏、今の場所でマンションを丸ごと購入して新たな校舎としたという。

在留資格のデータを見てみると、日本に滞在するネパール人の27%にあたる約2万人が「家族滞在」。つまり、就労などの目的で日本に滞在し、その後、配偶者や子どもを呼び寄せようというネパール人が増えているのだ。

新たな在留資格がスタートすれば、外国人にともなって日本に在住する家族はさらに増えると見られる。

この学校の理事長でネパール人のシュレスタ・ブパール・マンさんによれば、アメリカやイギリスなどには「ネパール人学校」をわざわざつくる必要はないが、日本にはどうしても必要な事情があるという。
「日本語は難しい。ネパールの子どもたちは英語を学んでいるので、アメリカなどの英語圏ならば、授業についていくことができます。でも、日本の学校になじむのは大変なのです」

「日本の小学校や中学校に通う際、最近は日本語講師がいるなど支援してくれる学校も増えてきていますが、それでも日本語が壁となって授業についていけない、友達ができないとドロップアウトしてしまう子がいます。また、日本で生まれたり幼いうちに来日した場合、子どもは保育園などに通ううちにすぐに日本語を身につけますが、今度はネパールのことばや文化が伝わらない。より深刻なケースでは、親が日本語が苦手で親子のコミュニケーションが難しくなってしまうということもあるのです」

外国人向けの私立学校の運営には国や自治体からの金銭的な補助はない。このため、学費は公立の学校に通うよりは高くなる。この学校の場合、毎月の学費は4万円ほど。中には学費を払うのが大変だと一度学校を辞めたものの、日本の学校になじめず、また戻ってくる子どももいるという。

こうした状況について、外国人受け入れに関する政策に詳しい明治大学国際日本学部の佐藤郡衛特任教授は「日本は、すでに外国人を実質的な移民として受け入れているが、外国人の家族を含めて受け入れる理念がないのが問題だ」と指摘する。

「永住者や日系3世などの定住者の中には、日本生まれ日本育ちの子どもたちも出てきている。一方で、外国人の子どものための体系だった教育体制が整っていないため、授業についていけずに日本社会から取り残されるケースもある。日本として家族を含めた受け入れの方針を明確に示すべきだ」

悪質ブローカーの排除も

このほかにも、従来からの問題を断ち切るために重要なことがあると、先の指宿弁護士は指摘する。

「今回の改正案の骨子では、企業に代わって外国人労働者の生活や言葉の支援を行う『登録支援機関』が設けられることになっているが、これまで技能実習生に対して人権侵害をしてきたような悪質なブローカーが入ってくると、大変なことになる。外国人労働者が国を出る時にブローカーに対して不当に高いお金を払わなければならなくなるような事態も避けなければならず、本気で規制をしていかないとよい制度にはならない」

「選んでくれる国」になるために

野党側も、外国人労働者が増えた場合の課題などの整理を進めている。
立憲民主党は、日本語教育も含めて、生活に必要なサポートや、外国人が暮らす自治体に対する国の支援のあり方などを議論していて、近く、党の考え方をまとめる方針だ。枝野代表は、「具体的な制度設計が問われるので、臨時国会だけで結論を出せるのか。慎重に議論する必要がある」と述べる。

また、国民民主党も、外国人労働者の権利を保護するため、日本人と同等の賃金を確保する対策などの検討を始めた。

さまざまな課題がある中で、どうやって日本を「外国人が選んでくれる国」にするのか。

大転換となる新たな制度は、来年4月にスタートする予定だ。