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コラム column

2023年8月29日

労働法競争法契約

「概説フリーランス新法」

弁護士  小山紘一 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

1.はじめに

2023年4月28日に「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(いわゆる「フリーランス新法」)が成立し、同年5月12日に公布された1

フリーランス新法の施行日は、公布の日から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日とされているが2、本コラムの執筆時点では施行日は未定である。

フリーランス新法は、その名のとおり新しく制定された法律であるが(既存の法律の改正によるものではない)、下請代金支払遅延等防止法(いわゆる「下請法」)と類似の規定が多い。

そのため、フリーランス新法の理解においては、下請法との比較がポイントとなる。

フリーランス新法は、特定受託事業者に関する「義務規定」と「禁止規定」そして「就業環境の整備規定」の3つの柱からなる法律である。

他方、下請法は、親事業者に関する「義務規定」と「禁止規定」の2つの柱からなる法律である。下請法には就業環境の整備規定はなく、この規定はフリーランス新法に特有のものとなっている。

フリーランス新法の義務規定と禁止規定は、下請法の義務規定と禁止規定とは、重なっている部分が多く、これらをまとめると以下の表のようになる。

表:フリーランス新法と下請法の規定の比較

規定の内容 フリーランス新法 下請法
義務規定 発注書面の交付義務

(3条)

(3条)
取引記録の作成・保存義務 ×
(5条)
支払期日の設定義務
(4条)

(2条の2)
遅延利息の支払義務 ×
(4条の2)
禁止規定 受領拒否の禁止

(5条1項1号)

(4条1項1号)
支払遅延の禁止
(4条5項)

(4条1項2号)
代金減額の禁止
(5条1項2号)

(4条1項3号)
返品の禁止
(5条1項3号)

(4条1項4号)
買いたたきの禁止
(5条1項4号)

(4条1項5号)
購入・利用強制の禁止
(5条1項5号)

(4条1項6号)
報復措置の禁止
(6条3項)

(4条1項7号)
有償支給材の早期決済の禁止 ×
(4条2項1号)
割引困難手形の交付の禁止 ×
(4条2項2号)
利益提供要請の禁止
(5条2項1号)

(4条2項3号)
不当な給付内容の変更・やり直しの禁止
(5条2項2号)

(4条2項4号)
就業環境
 の
整備規定
募集情報の的確な表示

(12条)
×
妊娠・出産・育児・介護に対する配慮

(13条)
×
ハラスメント行為に関する体制整備

(14条)
×
中途解約等の予告

(16条)
×

上記の共通点と相違点を押さえることが、フリーランス新法を理解する近道であろう。

本コラムは、フリーランス新法について、①必要性、②沿革、③概説を論じていくが、とりいそぎ法律の内容について知りたいという方は、「2.フリーランス新法の必要性」、「3.フリーランス新法の沿革」を飛ばして、「4.フリーランス新法の概要」からお読みいただくことをお勧めする。

2.フリーランス新法の必要性

フリーランスとは、一般的に、「特定の組織に属さずに収入を得る者」又は「特定の組織に属さず(時間や場所にとらわれず)自由に仕事をする者」を指す呼称である。

「フリー(自由)・ランス(槍)」が語源であるとされ、特定の君主に仕えず戦役ごとにどの君主にも従って自らの腕一つで戦う傭兵というのが本来的な意味とされるが、それが転じて、①特定の会社・組織に所属せず、②個人の技能を生かして、③契約単位で様々なプロジェクトを渡り歩いて働く者という意味で用いられている。

なお、フリーランス新法では、「どのような者がフリーランスに該当するかについて共通理解が十分でないこと」、「今後も様々な形態のフリーランスの登場が想定されること」、「特定の類型の事業者に係る取引の適正化を柱とする新法では「特定受託事業者」と示した方が政策的なメッセージがより明確になること」等の観点から、フリーランスについては定義されなかった。

フリーランスの法的位置付けとして重要なことは、特定の会社・組織と労働契約を締結していないということである。そのため、原則として、働き手を守るための充実した規定がある各種労働関係法令が適用されない。

他方、下請法の適用はあり得るが、対象となる取引が4類型に限られており、かつ、資本金要件もあるため(資本金1000万円以下の事業者は義務規定や禁止規定を守らなくてはならない「親事業者」とはならない)、守られる働き手は限定的である。

以上のような事情により、フリーランス、特に「下請法の4類型以外の取引を行うフリーランス」と「資本金1000万円以下の事業者と取引を行うフリーランス」については、ほとんど法的保護がない状態であった。そのために「業務の内容・範囲についての齟齬」、「募集時の条件と契約時の条件の相違」、「報酬の不払い」、「支払いの遅延」、「成果物の受領拒否や返品」といったトラブルをはじめ、さまざまな問題が生じているにもかかわらず、効果的な対策を打てずにいた。

これらの問題に対しては、理論上、優越的地位の濫用であるとして独占禁止法による排除措置命令や課徴金納付命令が可能であるが、
①独占禁止法は競争秩序の維持という公益保護を目的としており、個々のフリーランス保護のために機能するか定かではないこと(事実、フリーランス保護のために優越的地位の濫用の規定が適用された事例は皆無である)、
②独占禁止法の執行に当たっては、「強者側の市場における地位が高いこと」、「取引上優越した地位を利用した行為であること」、「正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えるものであること」等の要素を個別に認定する必要があり相応の時間がかかるが、問題解決に時間がかかればフリーランスが回復不可能な状態に陥る可能性もあり、また、462万人いるとされるフリーランスについて個別対応することは公正取引委員会の組織体制上も現実的ではないこと、
③優越的地位の認定においては、強者側の市場における地位が高いことが判断要素となるところ、フリーランスに発注する事業者には小規模事業者も少なくなく、この要素を満たさない場合も多いと考えられること等から、
実効的な保護のあり方としては現実的ではないと判断された。

また、下請法の資本金要件の緩和・撤廃という方向性も検討されたが、
①規制の目的が、組織である発注事業者側との取引関係において、個人であるフリーランスが構造的に弱い立場に置かれやすい特性を踏まえ、取引上の課題に対応するための措置を講ずることによって、特定受託事業者に係る取引の適正化を図る点にあるところ、構造的な力関係に着目し優劣を擬制する点では親事業者と下請事業者との関係を規律する下請法に類似するが、資本金の多寡のみではフリーランスに係る取引保護の対象範囲としては狭いこと、
②今般生じている問題は、フリーランスに何らかの業務を委託する場合に共通して生じているものであり、下請取引以外の取引を規律の対象とする必要があること(現行の下請法の対象となり得る取引はその半数にも満たないこと)等から、
そのような方向でのフリーランス保護は採用されなかった。

上記のような検討等を経て最終的に決定されたのが、新法の制定であった。

3.フリーランス新法の沿革

フリーランス新法の成立は、2019年12月に全世代型社会保障検討会議が発表した「全世代型社会保障検討会議 中間報告」3において、「フリーランスなど、雇用によらない働き方の保護の在り方」という項目が設けられ、そこに「フリーランスと呼ばれる働き方は多様であり、労働政策上の保護や競争法による規律について様々な議論がある。このような議論があることも踏まえ、内閣官房において、関係省庁と連携し、一元的に実態を把握・整理した上で、最終報告に向けて検討していくこととする。」という記載が盛り込まれたことに端を発するといってよいと思われる。

このような記載が盛り込まれたのは、第25回参議院選挙の直後の与党自民党で、競争政策調査会、税制調査会、人生100年時代戦略本部等といった各種会議において、フリーランス保護の必要性が声高に主張されるようになったことが大きな要因であるが、以下では政府における主な経緯を紹介したい。

表:フリーランス新法の沿革

年月 主な経緯
2019年12月
政府「全世代型社会保障検討会議 中間報告」発表
フリーランスなど、雇用によらない働き方の保護の在り方について最終報告に向けて検討していく旨を記載
2020年5月
内閣官房 日本経済再生総合事務局
「フリーランス実態調査結果」を発表
2020年7月
政府「成長戦略実行計画」閣議決定
政府として一体的に、フリーランスの保護ルールの整備(「実効性のあるガイドラインの策定」「立法的対応の検討」等)を行う旨を記載
2020年11月
公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省
フリーランス・トラブル110番を設置
2021年3月
内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省
「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」を策定
2021年6月
国会「産業競争力強化法等の一部を改正する等の法律」成立
下請中小企業振興法の一部改正により対象取引類型を拡大(ジムでのレッスンの委託を受けているフリーランスのインストラクター等も対象に)
2021年6月
政府「成長戦略実行計画」閣議決定
事業者とフリーランスの取引について、書面での契約のルール化など、法制面の措置を検討する旨を記載
2021年11月
政府「緊急提言~未来を切り拓く「新しい資本主義」とその起動に向けて~」発表
事業者がフリーランスと契約する際の、契約の明確化や禁止行為の明定など、フリーランス保護のための新法を早期に国会に提出する旨を記載
2022年6月
政府「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行御計画」閣議決定
フリーランスの取引適正化のための法制度について検討し、早期に国会に提出する旨を記載
2022年7月
文化庁「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン(検討のまとめ)」発表
事業者等と芸術家等を含めたフリーランスとの取引について多面的に記載
2023年1月
文化庁
令和4年度文化庁委託事業「芸術家等実務研修会」に関して各ジャンルの契約実務ガイドブック等を発表
※ 劇場・音楽堂編及び舞台芸術制作者・プロデューサー編は、執筆者「骨董通り法律事務所」(福井健策、寺内康介、田島佑規、原口恵)
2023年2月
政府「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律案」閣議決定
国会提出
2023年4月
国会「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」成立
フリーランスに係る事業者間取引(BtoB取引)について適正化のためのルールを新法として整備
2023年5月
天皇「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(令和5年法律第25号)公布
施行日は、公布の日から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日

上記の表のうち、以下のものは、フリーランスの方、フリーランスと取引をする方、文化芸術分野に関わりのある方等に、是非ともご覧いただきたい。

内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省
「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」4

文化庁
「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン(検討のまとめ)」5

文化庁
令和4年度文化庁委託事業「芸術家等実務研修会」契約実務ガイドブック等 6
※ 劇場・音楽堂編及び舞台芸術制作者・プロデューサー編は、執筆者「骨董通り法律事務所」(福井健策、寺内康介、田島佑規、原口恵)

4.フリーランス新法の概説

4-1.フリーランス新法を一言で表すと
フリーランス新法は、一言で表せば、「特定受託事業者」と「(特定)業務委託事業者」との間の「業務委託」取引について、「(特定)業務委託事業者」が守るべき義務規定、禁止規定、就業環境の整備規定を定めた法律である。

4-2.特定受託事業者
フリーランス新法での「特定受託事業者」とは、「業務委託の相手方である事業者であって従業員を使用しないもの」とされている(2条1項)。これには、事業者間取引(BtoB取引)で業務委託を受けている「フリーランス」(同項1号)、事業者間取引(BtoB取引)で業務委託を受けている「個人で事業を行う者が1人で法人成りした法人」(同項2号)が該当する。

上記のような定義から、業務委託以外の取引(既製品の売買等)の相手方となる事業者は、本法の保護の対象外である。

また、従業員(労働者)を一人でも雇用している者も、本法の保護の対象外である。

「従業員を使用しないもの」とされているのは、一人でも従業員を使用する者は、従業員と二人以上で業務を分業することが可能であり、組織としての実態を備えるものであるということができ、組織としての発注事業者と個人としての特定受託事業者との間の交渉力や情報収集力の格差に着目して規律を設ける新法の対象とするのは妥当でないからとされている。

なお、「従業員を使用しないもの」か否かの判断は、雇用保険法における「雇用される労働者(被保険者)」がいるか否かによるとするのが政府の立場である。これは、組織としての実態を備えると言うためにはある程度継続的な雇用関係が必要であり、一定期間にわたり使用されている労働者である「雇用される労働者(被保険者)」の有無で判断するのが妥当であること、雇用保険適用事業場に該当するか否かを確認すれば、当該相手方に被保険者が存在するか否か、ひいては従業員を使用しないか否かを判断することができること等の理由による。

雇用保険適用事業場に該当するか否かは、厚生労働省の「労働保険適用事業場検索」で確認することができるが、以下のような場合でも法の規律対象になる点に注意が必要である。
○ 労働者を1名以上雇用しているにも関わらず労災保険に関する保険関係成立手続を行っていない事業場は検索結果に表示されない(保険関係成立手続を行わなかったことに対する罰則がないこともあり一定数存在すると思われる)
○ 保険関係成立手続が検索結果に反映されるまで時間がかかるため、労災保険に関する保険関係成立手続を行っているにも関わらず検索結果に表示されない場合がある(毎月末時点にシステムに登録されている情報を翌月第1開庁日に更新するため)
○ 検索項目として入力した「事業主名」が、事業場からの届出に基づきシステムに登録された名称と異なる場合、検索結果が表示されない場合がある
○ 法人番号で検索する場合、法人番号の届出がない事業場については、保険関係成立手続を行っている事業場であっても検索結果が表示されない場合がある

4-3.業務委託
フリーランス新法での「業務委託」とは、「事業者がその事業のために他の事業者に物品の製造、情報成果物の作成又は役務の提供を委託すること」とされている(2条3項)

下請法と異なり下請関係にない当事者間の取引も広く対象としているが、その趣旨は、業種・職種が多岐にわたる特定受託事業者について、業種横断的に「広く薄く」規律する点にある。

また、本法における「業務委託」は、「事業者が…委託すること」とされているため、事業者以外の主体(消費者)から特定受託事業者に対して行われる業務の委託は、対象外である。

本法での「物品の製造」とは、原材料たる物品に一定の工作を加えることによって、新たな物品を作り出すことであり、原材料たる物品に一定の工作を加えることによって、一定の価値を付加すること(加工)を含むとされる。

本法での「情報成果物の作成」とは、下請法2条6項に規定する「情報成果物」を作成することであるが、具体的には、プログラムや影像・音響、デザインを作成することである。エンタテインメント業界では、ゲームソフトや放送番組の脚本、BGM、原画や動画、キャラクターデザイン等の制作を発注することが、「情報成果物の作成…を委託すること」に該当する。

本法での「役務の提供」とは、他人のために行う労務又は便益という事実行為又は法律行為の提供である。一般に役務取引とは、①下請法の役務提供委託に該当するもの(下請事業者が親事業者の取引先に対して役務を提供するもの)、②下請法の役務提供委託には該当しない自家利用役務といわれるもの(下請事業者が親事業者に対して役務を提供するもの)の2つの類型が存在するところ、新法の「役務の提供を委託すること」はこれら2つの役務取引のいずれをも対象に含む。エンタテインメント業界では、映画や舞台への出演、ライブでの演奏、企画・プロデュース・監督・演出等を発注することが、「役務の提供を委託すること」に該当する。

4-4.特定業務委託事業者
フリーランス新法は、まず、「業務委託事業者」について、「特定受託事業者に業務委託をする事業者」と定義している(2条5項)。

そして、そのうち、「個人であって、従業員を使用するもの」及び「法人であって、二以上の役員があり、又は従業員を使用するもの」を「特定業務委託事業者」とし、法律による規制対象者としている(2条6項)。

このような規定となっているのは、新法の趣旨が、組織としての発注事業者と個人としての特定受託事業者との間の交渉力や情報収集力の格差に着目して規律を設ける点にあることから、組織としての発注事業者を示すものとし
て、「従業員を使用する」という文言を用い
たものと説明されている。

4-5.特定業務委託事業者が守るべき「義務規定」、「禁止規定」、「就業環境の整備規定」 フリーランス新法は、特定業務委託事業者が守るべきものとして、2つの「義務規定」、9つの「禁止規定」、4つの「就業環境の整備規定」を置いている(義務規定のうち発注書面の交付義務は、特定業務委託事業者に限らず、すべての「業務委託事業者」に課されている点には注意が必要である)。それぞれの具体的な内容は、以下のとおりである。

4-5-1.義務規定

フリーランス新法が定めている「義務規定」は以下の2つである。

 ① 発注書面の交付義務(3条)
業務委託をした場合、直ちに、法定事項が記載された発注書面を交付する義務
この義務は、特定業務委託事業者に限らず、すべての「業務委託事業者」に課されている

 ② 支払期日の設定義務(4条)
報酬の支払期日を給付の受領後60日以内に設定する義務

他方、下請法では、上記の2つの「義務規定」に加え、取引記録の作成・保存義務(下請法5条)及び遅延利息の支払義務(下請法4条の2)が定められている。

取引記録の作成・保存義務とは、取引内容を記載した書面を作成して2年間保存しなければならないとの定めである。フリーランス新法では、特定業務委託事業者について資本金要件がなく小規模な事業者が規制対象者に含まれているため、過度な負担となる規律はできる限り避けるべきであり、かつ、発注書面の交付義務が定められており、当該書面保存しておくことを周知啓発することによって、政府機関の調査を容易ならしめるという効果を一定程度実現することが可能であるという理由で、取引記録の作成・保存義務は定められなかった。

遅延利息の支払義務とは、支払が遅延した場合に公正取引委員会規則で定める率(現在は年14.6%)の遅延利息を支払わせなければならないとの定めである。フリーランス新法では、特定業務委託事業者について資本金要件がなく小規模な事業者が規制対象者に含まれており、かつ、高額な遅延利息(年14.6%)を積極的に課す立法事実に乏しいとの理由で、遅延利息の支払義務は定められなかった。

4-5-2.禁止規定

フリーランス新法が定めている「禁止規定」は以下の9つである。

 ① 受領拒否の禁止(5条1項1号)
相手に責めに帰すべき事由がないのに給付の受領を拒むことの禁止

 ② 支払遅延の禁止(4条5項)
報酬をその支払い期日の経過後なお支払わないことの禁止

 ③ 代金減額の禁止(5条1項2号)
責めに帰すべき事由がないのに報酬額を減ずることの禁止

 ④ 返品の禁止(5条1項3号)
責めに帰すべき理由がないのに給付の受領後にその給付に係る物を引き取らせることの禁止(物品のみ)

 ⑤ 買いたたきの禁止(5条1項4号)
同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる価格に比し著しく引く報酬の額を不当に定めることの禁止

 ⑥ 購入・利用強制の禁止(5条1項5号)
自己の指定する物を強制して購入させ、又は役務を強制して利用させることの禁止(正当な理由がある場合を除く)

 ⑦ 報復措置の禁止(6条3項)
下請法違反を申出たことを理由として、取引の数量削減、取引の停止その他の不利益な取扱いをすることの禁止

 ⑧ 利益提供要請の禁止(5条2項1号)
自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させることの禁止

 ⑨ 不当な給付内容の禁止・やり直しの禁止(5条2項2号)
責めに帰すべき理由がないのに給付内容を変更させ、又はやり直させることの禁止

他方、下請法では、上記の9つの「禁止規定」に加え、有償支給材の早期決済の禁止(4条2項1号)、割引困難手形の交付の禁止(4条2項2号)が定められている。

有償支給材の早期決済の禁止とは、給付に必要な部品・原材料等を購入させた上で、下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに、当該部品・原材料等の費用を支払期日前に控除してはならないとの定めである。フリーランス新法では、特定受託事業者に対する業務委託において原材料等を有償で支給して製造を行わせるといった取引は少なく、問題事例も規律を設ける必要性を肯定するほどには確認されていないとの理由で、有償支給材の早期決済の禁止は定められなかった。

割引困難手形の交付の禁止とは、一般金融機関では割引が困難な手形で代金を支払ってはならないとの定めである。フリーランス新法では、特定受託事業者に対する業務委託における支払手段として手形を利用している実態はほとんど無く、問題事例も規律を設ける必要性を肯定するほどには確認されていないとの理由で、割引困難手形の交付の禁止は定められなかった。

4-5-3.就業環境の整備規定

フリーランス新法が定めている「就業環境の整備規定」は以下の4つである。

 ① 募集情報の的確な表示(12条)
広告等で就業に関する募集情報を提供するときは、虚偽の表示又は誤解を生じさせる表示をしてはならず、また、正確かつ最新の内容に保つことを義務付ける規定

 ② 妊娠・出産・育児・介護に対する配慮(13条)
特定業務委託事業者に対し、継続的な業務委託に係る契約の締結過程や就業条件の設定・履行過程において特定受託事業者の妊娠・出産・育児・介護について必要な配慮を行うことを義務付けるとともに、継続的業務委託以外の業務委託において、上記と同様の配慮を行うように努めることを義務付ける規定

 ③ ハラスメント行為に関する体制整備(14条)
業務委託の際に行われる特定受託業務従事者へのいわゆるハラスメント行為について、特定委業務託事業者に対し、特定受託業務従事者からの相談に対応するための体制整備その他これらの問題の発生の防止及び改善のために必要な措置を講じることを義務付ける規定

 ④ 中途解約等の予告(16条)
特定業務委託事業者が、継続的業務委託に係る契約について、契約期間の中途で解除する場合又は更新しないこととする場合には、30日前までに事前予告を行うとともに、当該予告に際し、特定受託事業者からの求めがあった場合に特定業務委託者は契約の終了理由を開示することを義務付ける規定

募集情報の的確な表示(12条)をしなければならない「広告等」とは、「新聞、雑誌その他の刊行物に掲載する広告、文書の掲出又は頒布その他厚生労働省令で定める方法」とされているが、具体的に例示されている方法のほか、インターネットを利用した広告による方法や電子メールの送信等による方法を含むものと考えられている。

また、募集情報の的確な表示(12条)の対象は、「業務の内容その他の就業に関する事項として政令で定める事項」とされているが、「業務の内容」以外のものとしては、「報酬」、「就業の場所・時間」等が想定されている。このうち、「報酬」については、特定受託事業者による給付の対価全般(取引条件)を表示するだけでなく、経費等(交通費、消耗品費等)や実質的に特定受託事業者の就業の対償となる金銭(就業の条件)をもできるだけ区分して表示を求める趣旨とのことである。また、「業務の内容」としては、成果の仕様・役務の質(取引条件)を表示するというよりも、業務上特定受託事業者に求められる事項(作業内容、必要な技術・資格等)を表示することが求められている。

妊娠・出産・育児・介護に対する配慮(13条)は、「政令で定める期間以上の期間行う(業務委託)」が対象とされているが、「1年以上の期間行う(業務委託)」を対象とすることが想定されている。その理由としては、契約期間が1年以上となる場合は、「特定の発注事業者との関係で取引依存度が高まる傾向が見られ、このような依存関係がある場合に育児介護等と仕事の両立のための調整を申し出ることが難しい関係性に至っていると考えられること」、他方で、「継続的な関係が形成されることにより、場さえ整えば、特定受託事業者の希望に応じた育児介護等と両立可能な就業条件の設定や、そのための説明・交渉等を行うことを期待できる程度に当事者間の関係性・信頼関係が醸成されていると考えられること」があげられている。

ハラスメント行為に関する体制整備(14条)は、業務委託に係る業務の遂行中に少なくない割合で発生している、「仕事の依頼で性的関係を迫られ、これに対して苦言を呈すと携わっていたプロジェクトから外されたり、風評を流されたりする等のセクシュアルハラスメント」、「妊娠・結婚の予定があるのなら業務委託はしない旨の圧力を受けたり、妊娠の事実を告げると突如業務委託を打ち切られる等のマタニティハラスメント」、「業務でミスをした際の暴言・暴力の他、嫌がらせ目的で難しい業務を指定される等のパワーハラスメント」等の問題が、現行の労働法におけるハラスメント対策による保護の対象外となっていることに鑑み、設けられたものである。

中途解約等の予告(16条)の対象は、「継続的業務委託に係る契約の解除」とされているが、「継続的業務委託」とは、「1年以上の期間行う業務委託」が想定されている(13条参照)。

4-6.「義務規定」、「禁止規定」、「就業環境の整備規定」に違反した場合
フリーランス新法では、「義務規定」、「禁止規定」、「就業環境の整備規定」の違反に対する直罰規定は設けられておらず、これらの規定を遵守させる手段としては、勧告、公表及び命令によることとされている。

これは、本法が、特定受託事業者に係る取引について、業種横断的に緩やかな規律を設けることとしていることを踏まえ、義務違反に直罰を科すのではなく、業務委託事業者の自主的な改善を促す観点から、強制力のある命令(行政処分)を行う前に、必ず勧告(行政指導)を行うこととした上で、命令の発動を、勧告に従わず、正当な理由がなくて勧告に係る措置をとらなかった場合に限定する趣旨である。

下請法では、義務規定の違反(発注書面の交付義務の違反と取引記録の作成・保存義務の違反)に対して直罰規定が設けてられている一方(下請法10条1号、2号)、禁止規定の違反に対しては勧告・公表に止まり、命令に係る規定や罰則は置かれていない。

フリーランス新法で勧告の対象となるのは、業務委託事業者による3条に違反する行為及び特定業務委託事業者による4条5項、5条1項及び2項、6条3項に違反する行為(8条)並びに12条、14条、16条又は17条3項において準用する6条3項の規定に違反する行為(18条)である。

そして、勧告(14条に係るものを除く)を受けた者が、正当な理由がなく、当該勧告に係る措置をとらなかったときは、当該勧告に係る措置をとるべきことの命令がなされ(9条1項、19条1項)、命令がなされた場合にはその旨が公表される(9条2項、19条2項)。

勧告に係る措置をとるべきことの命令にも違反した場合は、罰則(50万円以下の罰金)が科される(24条1号)。この違反については、行為者だけでなく、法人等も併せて罰せられる両罰規定が定められている(25条)。

なお、14条に係る勧告を受けた者が、正当な理由がなく、当該勧告に係る措置をとらなかったときは、その旨が公表される(19条3項)。

4―7.フリーランス新法と下請法の適用関係
フリーランス新法と下請法の適用関係については、①フリーランス新法のみが適用される場合、②フリーランス新法と下請法の両方が適用される場合、③下請法のみが適用される場合があるが、それぞれを表にまとめると以下のようになる。

表:フリーランス新法と下請法の適用関係

フリーランス新法のみが適用 フリーランス新法 下請法両方が適用 下請法のみが適用
発注者:全ての事業者 受注者:フリーランス
 ※従業員がいない者
対象取引:業務委託取引
発注者:資本金1000万円超の事業者
 ※法人
受注者:フリーランス
 ※従業員がいない者
対象取引:4類型取引
発注者:親事業者(資本金要件あり)
 ※法人
受注者:下請事業者(資本金要件あり)
 ※従業員がいる者
対象取引:4類型取引(以下①~④取引)
 ①製造委託
 ②修理委託
 ③情報成果物作成委託
 ④役務提供委託
ポイントは以下も適用対象に含まれる点
発注者:資本金1000万円以下の事業者
受注者:フリーランス
 ※従業員がいない者
対象取引:4類型取引
フリーランス新法には、下請法の適用がある場合についての適用除外規定が設けられておらず、フリーランス新法と下請法の両方が適用される場合が存在する ポイントは親事業者が資本金1000万円以下の場合には下請法の適用がない点

上記の表のうち「②フリーランス新法と下請法の両方が適用される場合」については、どのような処理がなされるのかが問題となる。

この点に関しては、フリーランス新法と下請法では、いずれも取引適正化という目的は同じであり、双方に違反する事業者の行為について、一方の法律に基づく指導・勧告によって行政目的が達成されれば、他方の法律との関係でも目的が達成されることになるため、重ねて指導・勧告の権限を行使する前提を欠くことになるとのことで、新法に適用除外規定を設けるという考えは採用されなかった。

もっとも、下請法では、発注書面の交付義務の違反に直罰規定があり(下請法10条1号)、支払遅延に関して遅延利息が課されるため(下請法4条の2)、下請法を適用する方が違反に対する措置が厳しいほか、保護対象であるフリーランスの利益にも資することから、その場合には下請法の適用を新法に優先させる方針であるとされている。

5.おわりに

フリーランスという働き方は昨今急速に身近なものとなっているが、兼業フリーランスとの取引も含めれば、フリーランス新法の規制対象となる“特定受託事業者に係る取引”は飛躍的に拡大していくことが想定される。

そのような観点から、フリーランス新法は、事業者間取引(BtoB取引)にとって常に念頭に置かなければならない法律であるといえる。

直罰規定はないものの、勧告・命令に従わない場合には罰則もあり(従業員を使用しない個人である発注事業者についても最終的には罰則が科されるかたちで発注書面の交付義務が課されている)、決して軽く考えることはできない法律であるため、(特定)業務委託従事者において、しっかりと理解し、規定を遵守することが必要である。

ただし、エンタテインメント業界等では発注時には時期と大まかな内容以外は決めようがない取引が状態として行われており、個人や零細企業である発注事業者等をはじめ対応できない(特定)業務委託事業者が出てしまうことが不可避と考えられる。そのため、施行までの制度の周知徹底と、施行後の政府の十分なサポートが欠かせない。

フリーランス新法は、フリーランス(特定受託事業者)を守るための様々な規定が盛り込まれた法律であるため、フリーランスにおいても、しっかりと理解し、不当な取引を回避するため・不当な取引を是正するために役立てることが重要である。

フリーランスやフリーランスと取引をしている事業者をはじめ、多くの方々がフリーランス新法を理解し、遵守することで、フリーランスに係る取引の適正化が実現することを切に願っています。


以上

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