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 殺された店主は、山口組傘下組織の組長だった。神戸市長田区のラーメン店で起きた射殺事件は29日で発生から1週間になる。組長の姿は「正真正銘、ラーメン屋の店長にしか見えなかった」と常連客が証言する。なぜ、ラーメン店主と組長という二つの顔を持つようになったのか。

 兵庫県警によると、撃たれたのは神戸市須磨区に事務所を置く湊興業の余嶋学組長(57)。特定抗争指定暴力団6代目山口組の中核組織、弘道会(名古屋市)に所属し、神戸市内にいる唯一の直系組長だった。

 4月22日の白昼、下町のラーメン店「龍の髭(ひげ)」(神戸市長田区東尻池町9)で事件は起きた。余嶋組長は厨房付近で頭部から血を流して倒れ、まもなく死亡が確認された。司法解剖の結果、頭の中に銃弾が確認された。即死状態だったという。

 常連客らによると、龍の髭は6年か7年ほど前に開店した。当初は定食店だったが、約5年前にラーメン店に変わった。業態を変えても店名は龍の髭のままで、余嶋組長が店に立ち始めたのはラーメン店になってからだったという。

■頭にタオル、Tシャツ姿でゆでた麺

 「すごい真面目に働かれていましたし、組長だなんて全くわかりませんでした」

 週に2、3回は食べに行く常連客だった40代の男性が証言する。男性のお気に入りは、看板メニューのテールラーメンではなく、牛すじ肉が乗ったぼっかけラーメン。ミニぼっかけ丼をセットで頼んでも650円だった。

 「とにかく安くておいしい。店は行列ができるほどではないけれど、いつもそれなりに客が入っていました」。男性が訪れると、余嶋組長はだいたい店に出ていたという。

 余嶋組長はいつも頭にタオルを巻き、Tシャツを着ていた。厨房に立ち、麺をゆでる姿をよく覚えている。「いつもありがとね」「今日の味はどう?」などと、レジで声をかけられた。「僕のこと覚えてくれていて、気さくな感じでしたよ」

 行きつけのラーメン店主が暴力団組長だったということは、事件のニュースを見るまで「全く気付かなかった」という。だが、今思えば何となく引っかかることもある。

 「そういえば、あの安さでどうやって利益出してるんやろう、と客や地元で話題になっていた。閉店後の店内にこわもての男性10人くらいがいたこともあったし、店に車が突っ込んだこともありましたね…」

■「やくざをやめたがっていた」

 「余嶋さんは、やくざをやめたかったみたいやで。できることなら。年をとって、組員もいなくなって。子どもや孫もかわいがってたし」

 余嶋組長と30年以上の付き合いがある友人の男性は、店に向かって手を合わせ、取材にそう応じた。

 捜査関係者や知人によると、余嶋組長はこれまで暴力団員として事件を起こし、県警にもたびたび逮捕されてきた。

 もともと弘道会の傘下にある大阪の組織にいたが、1990年代ごろに昇格して神戸市須磨区で湊興業を立ち上げた。名古屋が拠点の弘道会系が看板を掲げる事務所は神戸市内で初めてで、幹部から命を受けた設立だったという。

 ただ、余嶋組長は近年、難しい立場にいた。

 05年に弘道会の組長が山口組のトップになり、15年に分裂して抗争状態に。湊興業は敵対する勢力に囲まれ、事務所を荒らされたこともあった。組織運営でもあつれきにさらされていたとみられる。さらに弘道会幹部に借金があり、資金繰りに窮していたとの情報もある。

 湊興業は数年前に組員が離脱し、余嶋組長が一人で続けていた。事務所は兵庫県公安委員会に使用を差し止められ、ポストには郵便物があふれかえっていた。

 余嶋組長を知る捜査関係者は「組員ゼロで一人親方みたいなもの。須磨の事務所も開店休業状態。少なくともここ数年はそんな感じでラーメン屋だけやってた。しのぎと呼べるものでなく、ただの生活費稼ぎだろう」と見立てる。

 一方、やめたくてもやめられない事情もあったようで、捜査関係者が続ける。

 「(余嶋組長に)引退されたら、弘道会の事務所がなくなってしまう。このご時世、新しく事務所を開くことは不可能に近く、無理やりにでも誰かに継がせて2代目湊興業にするまでは彼が組長でいる意味があった。神戸市内唯一の事務所を守るために」

■無類のラーメン愛好家

 ラーメン店主と組長という二つの顔を持つようになった余嶋組長は、店の入るビルの4階で暮らしながら切り盛りしていた。

 余嶋組長が通った長田区内にある飲食店の女性は、「忙しいわ」「誰かうちでバイトしてくれへんかな」と、ラーメン店の経営について話す姿が印象的だったという。時にはアルバイト従業員を連れて店を訪れることもあった。

 古い付き合い。組長だということは知っていたが「てっきり、もう足を洗っていると思っていました。店に怖い人を連れてくることもなかったし、ラーメン店長にしか見えませんでした」と驚く。

 別の捜査関係者によると「すぐに開けられるから、ラーメン屋やってるやくざはけっこう多い」という。暴力団関係者や捜査関係者の間では「あのラーメン屋は湊の余嶋」「けっこううまいらしい」と話題になったこともあるらしい。

 実際、周辺の証言からは、余嶋組長のただならぬラーメン愛がうかがえる。友人には「365日ラーメンでもええ」と話し、インスタグラムには数百枚のラーメンの写真を投稿していた。

 前出の友人男性は「確かに金には困ってたみたいやけど…。『貧乏や』とよく言ってたから。自転車にベンツとか名前をつけておどけてね」と振り返りつつ、付け加えた。

 「生活のためではあるだろうけど、ラーメン愛があったから、あれだけ一生懸命やれてたんちゃうかな。ほんまにあの人はラーメンが好きやったから」

     ◇

 事件の発生から1週間となり、県警の現場検証が一段落した店は、周辺に張られた規制線やブルーシートが外され、下りたシャッターの前に花や缶のレモン酎ハイが供えられていた。

 26日には神戸市内で告別式があった。県警の捜査員らが厳戒態勢で周辺の警戒に当たる中、親族や友人が参列し、暴力団関係者の姿もあった。

 県警は防犯カメラの解析や聞き込みを続け、逃げた犯人の行方を追っている。

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