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相次ぐベストセラーに出版業界から反対の声上がる
時代の正体〈43〉ヘイト本(上)

社会 | 神奈川新聞 | 2014年11月23日(日) 14:00

出版業界有志の手で出版された「NOヘイト! 出版の製造者責任を考える」
出版業界有志の手で出版された「NOヘイト! 出版の製造者責任を考える」

「日本人が知っておくべき嘘つき韓国の正体」「2014年、中国は崩壊する」…。書店に足を運べば当たり前に目にする「嫌韓・嫌中本」のタイトルの一例だ。隣国を敵視し、おとしめるその内容だけでなく、こうした書籍が相次いで出版される現状を問題視する声が出版業界から上がり始めた。社会問題化したヘイトスピーチになぞらえ「ヘイト本」と位置付け、反対の意思を表明していこうという試みだ。

「当初はキワモノだと思っていたが、どんどんメーンになり、手堅く売れるジャンルになってきた」。都内の社会科学系出版社に勤める岩下結さん(34)はヘイト本をめぐる状況の変化をそう語る。つまり売れるから、出す。イデオロギーより商業的な理由がヘイト本を後押ししている状況にこそ危機感がある。

フェイスブックを通じてつながった業界の有志で今年3月、「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」を立ち上げた。「製造者責任、つまり出版社の人間として責任が当然あると感じた」

民族的少数者への差別と憎悪をあおるヘイトスピーチが問題であるなら、嫌韓・嫌中本は野放しのままでよいのか-。インターネット上ではすでに問題視する声が上がり始め、ヘイト本を並べた「愛国フェア」が大手書店で開かれ、物議を醸していた。

会のメンバーは約20人。大手から中小まで出版社に勤める編集、営業、校閲担当やフリーの編集者、書店員などがいる。意見交換したり、シンポジウムを開いたりして現状に異議を唱えていこうというのが出発点。「フェイスブックで会のページを作ると1週間で500人の賛同が得られた」。予想以上の反応に手応えを感じたが、一方で参加していることが会社に知られることを恐れ、表に名前を出せないメンバーもいるという。

■素地

書籍だけでなく週刊誌、夕刊紙にも隣国を攻撃する文章はあふれる。攻撃的で排他的な言論が大手を振り、かつ広く受け入れられるようになった土壌はどう生まれたのか。

岩下さんは「長い時間をかけて醸成されてきた」と振り返る。

萌芽は1990年代後半にあったとみる。97年、戦後の歴史教育を日本人の誇りを奪った「自虐史観」と切って捨てる「新しい歴史教科書をつくる会」が発足。それに先立つ95年には月刊誌「SAPIO」(小学館)の連載「新・ゴーマニズム宣言」(小林よしのり著)が始まり、従軍慰安婦の歴史的事実に疑問を投げ掛けた。

2001年にはつくる会が執筆した歴史、公民教科書が教科書検定に合格し、市販した歴史教科書は76万冊を超えるベストセラーに。05年の「マンガ嫌韓流」(山野車輪著、晋遊舎)も話題を呼んだ。

11年3月11日の東日本大震災後、その流れが一気に加速したと感じる。沖縄県・尖閣諸島の国有化で日中間の関係が最悪となった12年後半には右派系の雑誌「WILL」(ワック・マガジンズ)の販売数が約3倍に伸びた。昨年は「悪韓論」(室谷克実著、新潮社)に「呆韓論」(同、産経新聞出版)と「嫌」に代わる新たなタイトルのヘイト本が相次いで刊行された。

岩下さんは「12年以降は段階が変わり、こうした言論が主流になりつつある」と声を落とす。

■事情

ヘイト本が相次いで出版される業界の事情はある程度理解できる、と岩下さんは言う。「業界の習性として、売れた本があれば二匹目、三匹目のどじょうを狙うのは当然。つまり脊髄反射でやっている」。ましてや出版不況である。ヘイト本のように購読者が見込める「鉄板のジャンル」はありがたい存在だ。

では、あらがい、歯止めをかけるにはどうすればいいのか。嫌韓・嫌中本は差別であり、社会に対する害悪だと認識する必要があると岩下さんは考える。

「ヘイト本は形として韓国や中国の政府批判であるかもしれない。でもその背景には人種的偏見があり、多くは『韓国人、中国人とはこういうやつらだ』という言い方になっている。ヘイトスピーチの温床をこうした本が、かなり広げている」

「そもそも負の感情をあおるタイトルは『冷静な議論ではない』と自ら宣言しているようなもの。建設的な批判をしたいなら、そうした体裁を取るべきではない」

表紙を飾る攻撃的な文言や文章の根底に流れる差別意識が書籍という形で権威化され、社会に広がっていく。岩下さんはそこに問題の本質を見る。

会を立ち上げておよそ7カ月。「少なくともヘイト本という言い方が通じるようになってきた。そして、ヘイトスピーチと嫌韓・嫌中本ブームが一続きのものとして認知されるようになってきた」

書店でも変化の動きがある。あるアルバイト店員はツイッターで「上司から嫌韓本を全部どけろと言われた」と書き込んだ。

7月、出版労連、出版の自由委員会と共催でシンポジウム「『嫌中嫌韓』本とヘイトスピーチ-出版物の『製造者責任』を考える」を開いた。その様子や出版業界へのアンケート、ヘイト本の法的な問題点などをまとめた本「NOヘイト! 出版の製造者責任を考える」(ころから)も今月発行した。

「結局この問題は、出版業界から考えないと変わらない」と岩下さんは考える。新刊本では会に賛同する業界関係者の以下のような声を紹介している。

〈眉をひそめていただけでした。意志表示の機会をいただき感謝いたします〉 (出版社)

〈本は、私たちの考えていること、感じていることを深め、広げ、やわらかく解きほぐすものだと思います。人の心を傷つけ、差別を正当化する出版には、書き手としても、作り手としても、私は関わりません〉 (ライター)

〈内容によって仕事を断ることはけっこう難しい。しかし越えてはならない一線はあると思います〉 (デザイナー)

〈ことばは、わかりあうために、わかちあうためにあると、信じています〉 (校正者)

【神奈川新聞】


ヘイト本をめぐる現状について語る岩下さん=都内
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