映画『かがみの孤城』の原恵一監督「職人的な感覚で、原作の印象を壊さずに映像化」

大人が泣くと話題を呼んだ『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』、アニメーション映画の『河童のクゥと夏休み』や『カラフル』、木下恵介監督の半生を描いた初の実写映画『はじまりのみち』など、数々の名作を世に送り出してきた原恵一監督。

そんな原恵一監督の最新作が、2018年『本屋大賞』に輝いた辻村深月の同名小説をアニメーション化した『かがみの孤城』だ。学校に行けなくなり部屋に閉じこもっていた中学生の少女・こころが、鏡のなかの世界で同年代の少年少女と出会い、変化していく様をつぶさに描き出した原監督に話を訊いた。

取材・文/華崎陽子

◆「2時間以内に収めることが最初の難関」

──まず、お城のビジュアルに魅了されました。お城の描写は小説にもありましたが、海に囲まれているとまでは書かれていませんでした。このアイデアはどこから生まれたのでしょうか?

岩礁の上に城があるアイデアは、紀行番組『世界遺産』(TBS系列)を見て思いつきました。たまたま、その番組を見ていたら、周囲は完全に海に囲まれているのに、500mの高さの岩山がそそり立つ「ボールズ・ピラミッド」(オーストラリア)が映っていて。この岩の上にお城を作ったらいいんじゃないかと思って、そのアイデアをデザイナーのイリヤ(・クブシノブ)に話して作ってもらいました。

──お城のデザインで特に意識されたことはありましたか?

広さを意識しましたね。ヨーロッパのお城や宮殿を見ていると、無駄なスペースが多い。それがつまり、富や贅沢の象徴だと思いました。天井がすごく高かったり、すごく広かったり。そういう感覚を意識してもらいました。子どもたちのそれぞれの個室も、ドアが無駄に大きくなっています。それぐらいしないとお城感が出ないのではないかと。イリヤはすぐ理解してくれましたね。

──原作は550ページを超える長い小説ですが、この映画は大事な部分をきちんと残す素晴らしい構成でした。脚本や絵コンテを作成する際にはどのようなことに気をつけられたのでしょうか?

この原作を2時間以内に収めるということが、最初の難関だと思いました。この物語には7人の中学生が登場しますが、安西こころ(声優:當真あみ)という少女を中心にした物語にすることで、なんとか短くすることができました。

──オープニングのモノローグがラストシーンにも繋がるような構成がすごく印象的でした。

原作の導入がこころのモノローグで始まるので、そこは映画でも同じにしました。この作品に限らずですが、僕は絵コンテを描いている途中でラストシーンが見えてくるんです。それが見えてくると、そこに向けて進んでいけばいい。

それが僕の作り方なんです。出来上がったものを観ると、結果的にこころの歩みがこの物語のキーワードになったような気がして。冒頭で暗闇を歩いていたこころが最後にはそうではない歩みを見せるようにしました。

◆「原作の印象を壊さずに映像化しようと」

──オープニングのシーンのこころは、真っ暗で地面も濡れているようなトンネルのなかを歩いているようでした。

あれは僕の実体験でもあります。僕も、ああいう気持ちで歩いたことがありました。

──それはいつ頃のことでしょうか?

『クレヨンしんちゃん』の映画は、いつもギリギリのスケジュールで作っていたので、絵コンテの追い込み時期になると、本当にああいう気持ちで歩いていたんです。硬いアスファルトの道路を歩いているはずなのに、足がめり込んでいるような気がしていました。それを今回の映画で絵にしました。

──監督もあのように暗い気持ちで歩いたことがあるんですね。今まで監督が手がけられた『クレヨンしんちゃん』シリーズや『カラフル』(2010年)をはじめ、本作もそうですが、原作がある作品をアニメーション化する際はどのようなことを意識してらっしゃいますか?

僕は今まで、完全にオリジナルの作品は作っていません。何かしらの出発点として原作の存在がありました。だから、『クレヨンしんちゃん』にしても、物語は自分で考えていますが、原作のしんちゃんの家族や関係性を守って膨らませています。そういうところから膨らむものこそ、オリジナルよりも豊かな物語を生むような気がしています。

──『河童のクゥと夏休み』(2017年)も、この取材前に10年ぶりぐらいに拝見しましたが、原作にはない描写も多いうえに、人間の醜さをしっかりと描写していたことに驚きました。

『河童のクゥと夏休み』は、原作と比べるとだいぶ違うと思います。僕は、江戸時代に生きていた子どもの河童がひとりぼっちで現代に蘇るという木暮正夫さんのアイデアが、ものすごく素晴らしいと思いました。そこにすごく刺激を受けて、いろんな物語が自分のなかで膨らんでいきました。

──どのように膨らんでいくのでしょうか?

現代のどこかで河童が生きていたのが見つかった話ではなく、江戸時代という今の我々とは全然違う生活をしていた時代に生きていた河童が現代に蘇る、と。それも河童だったらあり得る設定ですし、しかもそれが子どもの河童だとしたら。

江戸時代と現代の変化をどのように見るだろう、と。クゥという子どもの河童の視点から現代を見た物語にしたら面白いと思いました。

──今回もそういう視点はあったのでしょうか?

今回は、『本屋大賞』を獲った170万部も売れている原作で、その映像化を期待して観に来る人が多い映画だと思ったので、今回は職人的な感覚で、なるべく原作の印象を壊さずに映像化しようと思いました。自分のキャリアを活かして原作の印象を変えずに映画にすることが、今回の一番のミッションだと思っていました。

◆「『悪』をきちんと描かないといけない」

──『カラフル』も『河童のクゥと夏休み』も本作も、思春期の人間関係の難しさが胸に刺さるように、シビアに、真っ向から描かれています。そこには監督のどんな思いが込められているのでしょうか?

そもそも「映画監督って、それが仕事じゃないの?」と僕は思っています。そういうことが描けないなら監督なんてやるなよって話ですよ。

──人間関係なんて綺麗ごとだけじゃない、と。

残酷なことだって世界には絶対ありますし、僕は誰も傷つかないハッピーな映画なんて毒にも薬にもならないと思っているので。映画には何かしらドラマがあって、ドラマがあるということは、そこに登場人物の関係性が変わっていく描写が必要になってくる。それを描くのが映画だと思っています。

──本作の登場人物の関係性が変わっていく描写ではどのようなことを大事にされましたか?

この作品をやると決めて、どこに注意すべきか考えた時に真っ先に浮かんだのが、こころのことを執拗にいじめてくる真田美織という少女をどれだけ「悪」として描けるかでした。

こころをどう描くかということよりも、真田美織をどれだけ悪に見えるように描くか。そこが大切なところだと思いました。主人公の悩みや悲しみを引き立たせるためにも「悪」をきちんと描かないといけないと。

──『はじまりのみち』(2013年)も素晴らしい作品でしたが、今後監督が実写映画を撮られる予定はあるのでしょうか?

それは僕だけで決められることではありませんが、撮りたいという思いはあります。『はじまりのみち』は初めての実写映画で、いろいろ慣れないことも多くて大変でしたが、アニメを作るときとまったく異なる凝縮感や、スタッフとキャストの一体感はアニメでは得られないものでした。

『はじまりのみち』が終わったときは、朝も早いし寒かったりして大変だったので「もういやだ」と思いましたが、やっぱり機会があればまたやりたいと思うようになりました。

映画『かがみの孤城』

学校での居場所をなくし、自室に閉じこもっていた中学生・こころ。ある日突然、部屋の鏡が光り出し、吸い込まれるようになかに入ったこころは、そこで6人の中学生と出会う。すると、狼のお面をかぶった女の子が現れ、「城に隠された鍵を見つければ、どんな願いでも叶えてやろう」と告げる。期限は約1年間。戸惑いながらも鍵を探すこころたち。ともに過ごすうち、7人にはひとつの共通点があることが分かり・・・。同映画は12月23日公開。

(Lmaga.jp)

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