ビームスとのコラボアイテムは、Netflix.shopでも世界に向けて販売されている。
出典:ネットフリックス
ネットフリックスは6月10日に、公式ECサイト「Netflix.shop」をオープンした。現在はアメリカのみだが、日本でも数カ月以内にスタートする。
Netflix.shopは、ネットフリックス初の「常設物販サービス」だ。扱うのは主にアパレル。ネットフリックスのロゴや、同社で配信される作品をモチーフにしたものが中心となる。
そう聞くと、「ああ、IP(知的財産)を使った物販で収益拡大を図るのか」というイメージを持つ。
けれども、同社関係者によると、どうやらそんな単純な話ではないようだ。ここにきてネットフリックスが自社ECサイトを立ち上げた理由には、もう少し深い意味があることが分かってきた。
異例の「日本ブランド」コラボは予告だった
ネットフリックスの公式ECショップ「Netflix.shop」。現在はアメリカ向けで、日本向けは数ヶ月以内にスタート予定。
前述のように、Netflix.shopはアパレルを中心としたECサイトだ。アメリカからの展開だが、このサイトは日本と深い関係がある。中心となっているアパレル商品の一部が、アパレル大手BEAMS(ビームス)とのコラボレーション商品だからだ。
このことは、Netflix.shopのスタートより前に発表されていた。
5月25日、ネットフリックスとビームスはコラボレーション作品を全世界展開すると発表し、いくつかのアイテムが日本国内で発売されていた。最初に選ばれたのは、5月27日から同社が配信したオリジナルアニメ「エデン」に関するコラボアイテムだ。また、同時に「Netflixロゴ」自体を使ったコラボ商品も用意されている。こうしたコラボ商品を作るのは、世界初の試みだという。
ビームスとのコラボによるNetflixロゴを使ったオリジナルコラボ商品。
この種のコラボは多くのブランドでは物珍しいものではないため、ニュースとしてそこまで注目しなかった人もいたと思う。だが、ネットフリックスとしては重要な「予告」だった。
発表の時から、ネットフリックス・ビームス側は「この取り組みは一時的なものではなく、継続的もの」とコメントしていた。なぜ「継続した関係」なのかといえば、1カ月以内にNetflix.shopを開くから……という事情が隠れていたわけだ。
コラボアイテムにはソファに座ってネットフリックス鑑賞する際に使えるボトルトレーもある。
出典:ネットフリックス
こうしたグローバルな公式ストアへの供給元として、日本のアパレルメーカーが選ばれる例はあまりない。そういう意味でも貴重な関係だ。
ただし、Netflix.shopに製品を供給するのはビームスだけではない。アパレルブランドとしてはHyplandもパートナーとなっている。Hyplandは4月に公開された「Yasuke」とのコラボレーションになっている。
販売されているコラボアイテムはシンプルに「Tシャツにロゴをプリントしたもの」ではなく、相応にデザインが凝らされたものになっている。キャップやパーカーなどバリエーションも多い。その分、価格も数十ドルと相応のものになっている。
定評のあるアパレルメーカーと組み、質が高く単価も高いコラボアイテムを売るのが、Netflix.shopの狙いだ。
サブスク市場競争の激化が背景に?
Hyplandはアニメ作品「Yasuke」とコラボ商品を担当する。
「ああなるほど、そうやってファンにグッズを売ることも収益化していきたいのか。だったら確かに、安価なものより良いものを売る方がいい」
そう考える人も多そうだ。
しかし、ネットフリックス関係者に取材してみると、事情が「ちょっと違う」ようだ。というのは、Netflix.shopをシンプルに収益の柱にしようと考えているわけではない、と言う。
ネットフリックスの狙いは「コンテンツの周知」にある、というのが彼らの主張だ。
作品は、面白ければヒットして皆に見てもらえるというほどシンプルではない……ユーザーの視聴行動分析を知り尽くした彼らは、それが痛いほどよく分かっている。
サブスクリプション型の「見放題」ビジネスでは、自社が作ったコンテンツは資産としてずっと残る。だから古典的な映画やテレビ放送のように「一定の期間で視聴者を稼いでリクープしなければいけない」という切迫感は薄い。
実際、ネットフリックスは数年前まで、新作アピールにはそこまで力を入れてこなかった。「オリジナルコンテンツは資産」という考え方だったからだ。
「以前に作られたものでも、まだ見ていないならその人にとっては新作と同じ」
というのが、彼らの合言葉の1つだった。
とはいえ、人は新作コンテンツに惹きつけられやすいのも事実。
特にサブスクリプション・サービス同士の競争が激化すると、新作オリジナルコンテンツ同士での視聴競争も激化することになり、「いかにコンテンツに視聴者の興味を惹きつけるか」、つまりコンテンツの存在を知ってもらうかが重要になる。
ディズニーにならう「王道」戦略
だから、現在のネットフリックスは新作コンテンツをメディアに積極的にプロモーションするようになったし、ランキングによって「今みんなは何をたくさん見ているのか」をアピールするようにもなった。
興味深いことに、(見ようによっては)時代が一周回って、一般的な映画やドラマのプロモーションに近づいてきたのだ。
その中で「ブランドコラボのグッズ」には、ただの商品以上の力がある。
出典:ネットフリックス
ファンがいるから売る、ということも重要だが、洗練された上質なアパレルを作って「別に熱心なファンではないが、センスがイイから/ブランドが好きだから着る」人が出てこれば、プロモーションに繋がる。さらに、ネットフリックスというブランドの周知にもつながる。
別の言い方をすれば、この施策は、ディズニーなどのIPを重視する企業では定番の手法でもある。
ネットフリックスもそれにならうのは、ディズニーへの対抗策であり、彼らが長年かけて成功してきた「王道施策」のフォローでもあるのだ。
(文・西田宗千佳)
西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。