富士通の会計システムが引き起こした英郵便局スキャンダル

大井真理子、アジアビジネス担当編集委員

Stock image of a Post Office sign

画像提供, Getty Images

「イギリス史上最大の冤罪(えんざい)事件」と呼ばれる郵便局スキャンダルに、日本企業が関わっていることをご存じだろうか?

2000年から2014年に、700人以上の郵便局長が横領や不正経理の無実の罪を着せられた事件。実際には、富士通の会計システム「ホライゾン」の欠陥で、窓口の現金とシステム上の記録額に不整合が発生していた。

この事件では、地域の郵便局の窓口業務を担っていた人々が、支店口座の不足額を埋めるために借金したり、横領罪で収監されたりした。これまでに72人の有罪判決が取り消されている。

また集団訴訟の結果、2019年12月に、郵政の窓口業務を担当する会社ポスト・オフィスが555人に対し、計5800万ポンド(約90億円)を支払うことで和解している。

長年、ポスト・オフィス側は「システムには問題がなかった」と主張したが、高等法院の判事は、システムのエラーや不良のため郵便局の支店口座で不一致が生じたと判断した。

今年2月14日からは、この事件に関する公聴会が開かれている。年内続く予定で、ポスト・オフィスと富士通、そして英政府がシステムの欠陥を知っていたのかが焦点となっている。

しかし汚名をそそぐ前に亡くなった人も少なくない。

「正義を望んでいる」

ノッティンガムシャー州のサットン・イン・アッシュフィールドの郵便局を妻と二人で5年間経営していたハリジンダー・ブトイさんは、20万8000ポンド(約3200万円)を盗んだ罪で投獄され、その後逆転無罪を勝ち取った一人だ。

Harjinder Butoy
画像説明, ハリジンダー・ブトイさんは3年以上刑務所に収監された後に無罪を勝ち取った

「収監されたのは3年と3か月だったけれど、汚名をそそぐまでにかかった14年の実刑判決を受けた気分だ」とBBCの取材に答えた。

「無罪になったから終わりではない。正義を望んでいる。誰かが責任を取り、私のように収監されるべきだ」

1990年に富士通が買収した英コンピューター企業ICLが開発したホライゾンシステムは、1999年からポスト・オフィスに導入された。しかし当初から問題が多発していた。

仕事を始めた最初の週、管理者がずっと隣にいたのにもかかわらず、すでに500ポンドの不足が生じたと、ブトイさんは言う。「その時は何とも思わなかったけれど、その後も何度も似たようなことが起きた」。

2005年にサリー州ウェストバイフリートで働きだしたシーマ・ミスラさんも、口座情報の不一致に気づいていた。自分のお金で不足分を補充していたが、補えないほど多額の日もあった。そして2008年の監査の結果、7万4000ポンド(約1100万円)の不足で停職処分になり、2010年に有罪判決を受けた。収監された時は第2子を妊娠中だった。

Seema Misra was pregnant when she was jailed
画像説明, シーマ・ミスラさんは投獄された時、第2子を妊娠中だった

「薬物中毒の人たち」と一緒に閉じ込められ「心底怖かった」と、BBCの取材中に涙ながらに語った。「おなかに子供がいなかったら、自殺していた」。

彼女が服役中、夫は地元で幾度か袋だたきにあった。地元紙が彼女のことを「妊婦泥棒」と書いたためだという。夫婦は引っ越したが、有罪判決のため家を借りるのも困難だった。

彼女は今も、有罪判決の取り消しのために闘っている。

不一致を認識していた関係者も

郵便局員らが経験した口座情報の不一致は、郵便局長だけでなく、ソフトウェアを熟知する人々も目撃していた。

1990年代後半から5年以上、6万の支店をカバーした富士通のホライゾントレーニングプロジェクトのチームリーダーだったジェズ・トンプソン氏はその一人だ。

「うまく動くこともあったけれど、多くの時は作動しなかった」とBBCの取材に答えた。

「これらのエラーを私はマネジャーに報告し、彼はその内容を毎週行われる富士通とポスト・オフィスが参加するミーティングで伝えていた」

どんなソフトウェアにもバグは付き物だが、今思えば、ホライゾンの導入を早まったのではないかと、トンプソン氏は振り返る。

Jez Thompson
画像説明, ジェズ・トンプソンさんは富士通ホライゾンのトレーニングを担当していた

ポスト・オフィスは和解後、ホライゾンスキャンダルの影響を受けた人々に「真摯(しんし)にお詫び」し、「公聴会で冤罪事件を生む結果となった問題が解き明かされ、過去の失敗が繰り返されないようにする」と声明を出した。

また、補償体制を整備。これまでに2400人以上が申し立てを行っている。

一方、高等法院判事に「無数の問題を適切かつ完全に調査したようには見えない」と指摘され、公訴局に通報された富士通。広報担当者は、公聴会に協力しているとし、「将来に向けて教訓を得るため、最大限の透明性のある情報を提供することを誓う」とコメントした。

アップデートされたホライゾンシステムは、今もポスト・オフィスの支局で使われており、同社と富士通の契約は2024年まで延長された。富士通のITシステムはポスト・オフィス以外にも、英政府の中枢で採用されているからではないかと言われている。

そして現時点では、ポスト・オフィスも富士通も社員の責任は問われていない。このスキャンダルの責任を負った人は誰一人としていないのだ。

取材:ケヴィン・ピーチー、トム・エスピナー、レベッカ・ワーン、コレッタ・スミス