遺伝性の乳がん、娘に上手に伝えなきゃ 栗原友さん×中村清吾医師 ピンクリボンフェスティバル2022

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 日本人女性の9人に1人が生涯に患う乳がん――。その早期発見や適切な治療の大切さを伝える「ピンクリボンフェスティバル2022」(日本対がん協会、朝日新聞社など主催)が、乳がん月間の10月を中心に開かれます。フェスティバルは2003年に始まり、今年で20回目を迎えました。

 料理家の栗原友さん(47)は2019年に左胸にがんがみつかり、遺伝子検査で乳がんや卵巣がんになるリスクが高い「HBOC(遺伝性乳がん卵巣がん症候群)」と分かりました。予防のため、がんがみつかっていない右胸も左胸と同時に切除し、翌年には卵巣・卵管の切除手術も受けました。自身のがん治療を7歳の娘にどう伝えたのかなどについて、昭和大学病院のブレストセンター長の中村清吾医師(65)と語ってもらいました。

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 栗原 3年前のゴールデンウィーク(GW)に、海外のビーチでオイルをぬっていたら、左胸にしこりをみつけました。帰国後にすぐに検査を受け、がんだと分かったので、聖路加国際病院で手術することを決めました。主治医から「遺伝性のがんの可能性があるので、遺伝子検査を受けてみませんか」と勧められました。リスクを知って備えたいと思ったので、すぐに検査も受けました。

 中村 乳がんの8割は女性ホルモンの感受性が高いタイプです。栗原さんはこれとは別で、「トリプルネガティブ」というタイプ。遺伝性腫瘍(しゅよう)の確率が高いので、遺伝子検査を受けて、予防的な観点でがんと向き合うことを提案されたのだと思います。

 栗原 そうなのですね。

 ■卵巣も予防切除

 中村 検査の結果、栗原さんは、HBOCだった。遺伝子「BRCA1」か「BRCA2」に変異があり、がんを抑制する働きが弱い。HBOCの女性が生涯で乳がんにかかるリスクは約50~90%とされ、日本人女性全体の約10%と比べ高い。卵巣がんになるリスクは約20~60%です。家系に、乳がんや卵巣がんの人がいると、この遺伝性のがんを疑う典型的な所見です。20年から、HBOCによる乳房と卵巣の予防切除手術や遺伝子検査が保険適用になりましたが、将来は、複数の遺伝子について一度に検査できるようになると思います。

 栗原 私が受けた遺伝子検査は5分で終わり、保険適用になる前だったので約20万円でした。

 中村 今は、6万円です。

 栗原 3分の1(笑)。遺伝子検査と予防切除手術への保険適用にこぎつけるまでの道のりは長かったのですか?

 中村 日本の遺伝性乳がんの予防的な対応は、欧米に比べてかなり遅れていました。でも20年にようやく保険適用になり、まだ、がんになっていない胸や卵巣も予防のために切除するという治療は進みました。今の課題は、未発症の方への保険適用です。つまり、HBOCの患者さんのお子さんやご家族が「検査を受けたい」と希望された時に、検査費用や、陽性なら予防切除手術も保険適用にするのか、という点です。遺伝性のがんの予防治療には、患者さんとそのご家族への丁寧な遺伝カウンセリングが欠かせません。

 栗原 その通りだと思います。私自身、遺伝カウンセラーの存在がなければ、遺伝子検査も受けなかったし、予防切除に踏み切ることもなかったと思います。私は、予防切除した乳房から、オカルトがん(偶然発見がん)がみつかったのです。

 中村 乳房や卵巣の予防切除について、周囲の理解は?

 栗原 男性だけでなく、女性からも、「わざわざ取る必要あったの?」「なぜ?」と言われました。私自身は、胸を失うことに、そんなにこだわりはなかったのですよ。それよりも、将来がんになることを避けたいと合理的に考え、抵抗なく決断しました。卵巣の予防切除手術と左右同時に乳房の再建手術を受けて、仕上がりにも大満足です。

 ■あなたも大丈夫

 中村 ご家族への対応は?

 栗原 当時4歳だった娘への対応は悩みました。遺伝カウンセラーの助言を踏まえて、「ママの胸に悪者がいるから退治するよ。安心して、良い先生方がついているからね」と伝えると「ママかわいそう」と言って、最初は、娘は泣いたけれど、絆も深まり、今では心強い応援団です。

 中村 遺伝性のがんであることは、娘さんにどんな風に伝えましたか?

 栗原 カウンセラーの助言ではなく、自分で決めました。「将来、ママと同じがんになるかもしれない」と知ることは、娘にはショックですよね。だから、思春期になる前に伝え始め、少しずつ理解する素地を作ると決めました。最近は「分かったよ」と受け止めていて、「もしそうなら、どうすればいい?」と聞いてきます。だから私は「先生たちがママを救ってくれたから、あなたの時も大丈夫だよ」と伝えている。

 中村 それはすごい。お子さんにどう伝えるかは、ケース・バイ・ケースです。直接、親御さんが言えないので、医師から話すこともありますし。小学校でもがん教育が始まっています。それでも、実際どう伝えるのかは、難しいテーマですよね。

 栗原 遺伝カウンセラーは、まだ数は少ないですか?

 中村 はい。都道府県の拠点病院などには遺伝カウンセラーがいますが、まだまだ足りません。ですから、乳がんを扱う乳腺外科の医師と看護師が遺伝性乳がんを理解することがまず大切です。遺伝性の患者さんは、乳がん全体の5%なので、いま遺伝カウンセラーがいない病院にかかっても、拠点病院につなげることができるし、コロナ禍で定着しつつあるオンラインでの遺伝カウンセリングも選択肢のひとつになり得ます。

 ■リスク知り備え

 栗原 オンラインのカウンセリングは便利ですね。

 中村 子どもは成長すると病のことを分かってくる。幼い子どもを持つ親ががんになった時に、お子さんを発達や精神の観点から継続的に見守っていく小児科医やカウンセラーがいる態勢を作るチャイルドケアはとても大切です。

 栗原 がん患者としてのアイデンティティーをどう持つのか。考えさせられます。私の場合は、がんになっても、「これまで通りの私」を貫けましたが、唯一、抗がん剤の副作用の脱毛には落ち込み、心が揺れて、泣きましたね。治療後に髪の毛が生えてこなかったという経験者の投稿をネットで見つけ、「やっぱり抗がん剤をやめようと思う」と医師にメールをしました。すると、「いやいや。冷やすなど対策はあるから、納得いくまで話し合おう」と言ってくれて。それで治療を受けました。そういうコミュニケーションが大切だと思います。

 中村 子育てと治療の両立はどんな風にしましたか?

 栗原 夫には、まず仕事をして、家計を支えてもらうことに徹してもらいました。子育てや治療のサポートは、友人や保育園の先生を頼りました。実家は、末期がんの父の看病で精いっぱいだったので。友人たちは、抗がん剤治療中に私が寝込んでいたときに、子どもを連れ出してくれました。

 最後にこれからの遺伝性のがんの治療の課題について教えてください。

 中村 早期発見・早期治療と言われてきましたが、これからは予防も重視されていくでしょう。運動や食事などに着目することも大切です。

 栗原 直近の人間ドックで、指導を受けました。あと10キロ痩せるように言われ、お酒も減らし、ジムに通い、揚げ物も控えて、生活を変えました。すると、5キロ体重が落ちました。病気になってから「QOL(生活の質)」にこだわるのではなく、健康なときの「QOL」。予防意識を高く持ちながら、娘や大切な人たちと楽しく過ごしていきたい。一度きりの人生ですからね。(構成・山内深紗子)

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 くりはら・とも 1975年東京都生まれ。料理家。母は料理家の栗原はるみさん(75)。弟の心平さん(43)も料理家。築地の魚屋で働いた縁で夫と出会い、そこで向き合った魚料理についてつづった朝日新聞デジタル「&W」の人気コラムが「クリトモのさかな道:築地が教えてくれた魚の楽しみ方」(朝日新聞出版)として出版されている。

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 なかむら・せいご 1956年生まれ。乳腺外科医。聖路加国際病院で乳がん治療を消化器外科から独立させ、いち早くがんのチーム医療が行える態勢を整え、日本の乳がん治療をリードしてきた。昭和大学病院ブレストセンター長。今年4月から昭和大学臨床ゲノム研究所所長を兼務。

 ■シンポジウムとセミナー、10月1日に動画配信開始

 フェスティバルのシンポジウムとセミナーは公式サイト(https://www.pinkribbonfestival.jp/別ウインドウで開きます)で、10月1日から動画配信が始まります。

 ●シンポジウム 「『乳がんになった』その先にあるもの」をテーマに、料理家の栗原友さんが語ります。中村清吾医師らが、乳がんの最新治療などについて解説します。

 ●セミナー 20~30代の女性向けに、乳がんの基本的な知識を伝える講座。第1部ではプロフィギュアスケーター村上佳菜子さんと乳腺外科医が対談。第2部は、村上さんが健康管理について披露します。

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