2.26事件が起こったとき、あのおだやかな昭和天皇が激怒されたという。自らが
最も信頼する老臣を殺傷することは真綿で我が首を絞めるに等しい行為であると
青年将校を痛罵された。しかしその怒りの背景にはもうひとつの別な原因があった
のではないか。即ち、皇居内の確執、もっと具体的に言えば昭和天皇の母貞明皇后に
よる天皇廃位と秩父宮擁立の動きである。少なくとも松本清張はそういう視点の
もとに『神々の乱心』を書いたはずだと当書の著者の原武史氏は指摘する。
『神々の乱心』は清張の未完の大作である。政治思想史の研究者原氏は
『神々の乱心』を10回以上読み直して、すべての謎が2.26事件に結びつくという。
浅薄な読者であった私にはとても新鮮な驚きの連続である。そう言われて見れば
確かにすべてのことが弟宮による権力奪取をほのめかしている。
原氏はこの物語にかかわるの5つの舞台を取り上げて、そこで描かれたことが
弟宮による反乱をいかに示唆しているかを具体的に分析する。例えば、
1.皇居ー貞明皇后派の女官の新興宗教詣で。
2.秩父ーツクヨミの尊(アマテラスの弟)を祭神とする月辰会を秩父に置く。
秩父は秩父宮を強く示唆する。
3.吉野ー吉野は壬申の乱の舞台である。天智天皇の弟、大海人皇子はこの地から
挙兵した。
4.足利ー月辰会の別院喜連庵は貞明皇后派の乱臣賊子の巣。
5.満州ーシャーマン的宗教のなごりを持つ新興宗教月辰会の設立。
清張は邪馬台国のシャーマニズムが近代天皇制のなかにいまでも生き続けていると
考えているようだ。『神々の乱心』は明治以降の皇室典範だけでは説明がつかない
いろいろな問題(例えば女性天皇の問題とか)を提起していると原氏は言う。
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『神々の乱心』を読み解く 松本清張の「遺言」 (文春新書 703) 新書 – 2009/6/19
原 武史
(著)
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最新の天皇研究をリードする著者が、松本清張が自らの総決算を意図した遺作を手がかりに、日本人にとって、天皇制とは何かを探る
- 本の長さ264ページ
- 言語日本語
- 出版社文藝春秋
- 発売日2009/6/19
- ISBN-104166607030
- ISBN-13978-4166607037
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登録情報
- 出版社 : 文藝春秋 (2009/6/19)
- 発売日 : 2009/6/19
- 言語 : 日本語
- 新書 : 264ページ
- ISBN-10 : 4166607030
- ISBN-13 : 978-4166607037
- Amazon 売れ筋ランキング: - 804,072位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,395位文春新書
- カスタマーレビュー:
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5 星
二・二六事件の最終目標は宮城占拠にあった
『松本清張の「遺言」――<昭和史発掘><神々の乱心>を読み解く』(原武史著、文春文庫)は、「『神々の乱心』を読み解く」と「『昭和史発掘』を再発掘する」で構成されています。いずれも読み応えがあるが、とりわけ興味深いのは、「幻の『宮城占拠計画』――二・二六事件」の章です。「1936(昭和11)年2月26日未明。国家改造を目指す陸軍皇道派の青年将校らが1400名あまりの兵を連れて決起し、斎藤実内大臣、高橋是清大蔵大臣、渡辺錠太郎陸軍教育総監を暗殺、鈴木貫太郎侍従長は重症、岡田啓介首相や牧野伸顕前内大臣も標的にされた。警視庁をはじめ都内要所は占拠され、戒厳令が敷かれる中、陸軍上層部は天皇の怒りを受け『叛乱軍』を鎮圧。事件は4日間で終結した」。「(松本清張の)『昭和史発掘』の半分以上を占めるのが二・二六事件です。・・・清張はいわゆる政治の季節にずっと二・二六事件と対峙していたことになります。昭和最大のクーデターですから、連載時の時点においても相当な数の二・二六研究がありました。もちろん清張は事件の直接の引き金となる、陸軍内部の統制派と皇道派の衝突『相沢事件』から筆を起こし、青年将校が裁かれる『特設軍法会議』まで丹念に二・二六事件の真相をたどっていきます。しかし、清張が先行する文献と同じ視点から二・二六を描くはずがありません。では、清張の独自の視点とはどこにあったのか」。「清張は、『二・二六事件の最終目標とは宮城占拠にあった』、つまり皇居の占拠が目的だったことに着目し、新資料を駆使して実証します。そして、この宮城占拠計画の中心人物であった中橋基明に視点を合わせることで、二・二六事件に新しい光を当てたのです。<中橋基明中尉については、在来の二・二六関係書が多く触れていない。しかし、中橋はある意味で事件の最重要人物である。彼は近衛歩兵第三連隊に所属していたので『宮城占拠』に便利な位置にあった。中橋に焦点をあてると、ニ・二六の成功と挫折の分水嶺を究明することさえできるのである>という書き方が、清張の自信を物語っています。ところが、二・二六事件を研究する専門家の間では、『宮城占拠』は必ずしも受け入れられていません。・・・ここにはプロを自称する学者の清張に対する差別的なまなざしがあるように思われます」。「中橋が『宮城占拠』にこそ事件の達成を求めていたことを、清張は取材証言や新資料を渉猟する中で確信していきます。大きかったのは、中橋の上司である橋本虎之助近衛師団長の『進退伺』という資料でした。・・・もし宮城占拠が成功していれば、明治維新に際して西郷隆盛の指揮する薩摩、長州、土佐、芸州の4藩が突如として宮中を囲み、自派の親王、公卿、藩主だけを宮中に入れて幕府の廃止と新体制決定の宣言を発した慶応3(1867)年12月9日のクーデターの再現になったと清張は指摘しています。『決行部隊に<玉>を抱かれては手も足も出ない』というところが似ているからです。しかし結局、2度目の『維新』は成りませんでした。・・・中橋が(仲間に)手旗信号を送れず。占拠に踏み切れなかった心情を、清張は『この期になって中橋の心理に何か動揺が起ったとしか考えられない』、具体的にいえば<皇居内で野中部隊と近衛歩兵第三連隊第九中隊からなる守備隊とが戦闘状態になることに恐懼が湧き、1時間半の休憩中に懊悩と逡巡が生まれたのではないか>と推測しています。私も中橋は精神的に『自滅』したのだと考えています」。「以上のように『昭和史発掘』を読み直してみると、これは清張史観の全貌が凝縮した作品だと実感します。『天皇』『政治とカネ』『格差』『テロリズム』『宗教』『精神史』・・・あらゆる現代の問題相があぶり出されるこのノンフィクション大作は、今こそあらためて読まれるべき作品だと思います。清張が発掘し遺した『昭和の実相』は、いまなお古びることなく、生きた歴史として我々に問いかけているのです」。清張の凄さを、またまた再認識させられました。
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2017年1月19日に日本でレビュー済み
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2019年8月21日に日本でレビュー済み
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神々の乱心を読み終え、ずっと以前に「昭和史発掘」で感銘を受けていたので期待していたのですが、解説ばかりで面白くなかった。解説よりももっと作者の心情に切り込んだ感想兼解説を期待していました。どこどこの場所に行きましたとかこの辺りは小説ではあそこの感じだとかいう大学生の論文は読みたくもありません。清張が持っていた熱情を感じさせる内容を、、というのは望みすぎかな。でも、表題に期待するような文句があったので購入しましたが、期待外れだった。
2019年1月6日に日本でレビュー済み
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若い人に読んでもらいたい。頭がいい、悪いではない、生きることのの意味が考えられる人に成れるか?困難から逃げていないか?清張氏の執拗さは、人間の生き様を教えてくれる。
2020年7月13日に日本でレビュー済み
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「100分de名著 松本清張スペシャル」(原武史)をテレビで見たり、テキストを読んで、興味を持ち、松本清張著『神々の乱心』(上・下)を購入して読みました。長編で、未完の小説でしたが、面白く読みました。併せて原武史著『松本清張の「遺言」』を購入して読みました。『神々の乱心』を読む上で、大変役立ちました。松本清張氏病没のため、未完に終わりましたが、原武史氏の想像も面白く読みました。
2021年10月13日に日本でレビュー済み
『松本清張の「遺言」――<昭和史発掘><神々の乱心>を読み解く』(原武史著、文春文庫)は、「『神々の乱心』を読み解く」と「『昭和史発掘』を再発掘する」で構成されています。いずれも読み応えがあるが、とりわけ興味深いのは、「幻の『宮城占拠計画』――二・二六事件」の章です。
「1936(昭和11)年2月26日未明。国家改造を目指す陸軍皇道派の青年将校らが1400名あまりの兵を連れて決起し、斎藤実内大臣、高橋是清大蔵大臣、渡辺錠太郎陸軍教育総監を暗殺、鈴木貫太郎侍従長は重症、岡田啓介首相や牧野伸顕前内大臣も標的にされた。警視庁をはじめ都内要所は占拠され、戒厳令が敷かれる中、陸軍上層部は天皇の怒りを受け『叛乱軍』を鎮圧。事件は4日間で終結した」。
「(松本清張の)『昭和史発掘』の半分以上を占めるのが二・二六事件です。・・・清張はいわゆる政治の季節にずっと二・二六事件と対峙していたことになります。昭和最大のクーデターですから、連載時の時点においても相当な数の二・二六研究がありました。もちろん清張は事件の直接の引き金となる、陸軍内部の統制派と皇道派の衝突『相沢事件』から筆を起こし、青年将校が裁かれる『特設軍法会議』まで丹念に二・二六事件の真相をたどっていきます。しかし、清張が先行する文献と同じ視点から二・二六を描くはずがありません。では、清張の独自の視点とはどこにあったのか」。
「清張は、『二・二六事件の最終目標とは宮城占拠にあった』、つまり皇居の占拠が目的だったことに着目し、新資料を駆使して実証します。そして、この宮城占拠計画の中心人物であった中橋基明に視点を合わせることで、二・二六事件に新しい光を当てたのです。<中橋基明中尉については、在来の二・二六関係書が多く触れていない。しかし、中橋はある意味で事件の最重要人物である。彼は近衛歩兵第三連隊に所属していたので『宮城占拠』に便利な位置にあった。中橋に焦点をあてると、ニ・二六の成功と挫折の分水嶺を究明することさえできるのである>という書き方が、清張の自信を物語っています。ところが、二・二六事件を研究する専門家の間では、『宮城占拠』は必ずしも受け入れられていません。・・・ここにはプロを自称する学者の清張に対する差別的なまなざしがあるように思われます」。
「中橋が『宮城占拠』にこそ事件の達成を求めていたことを、清張は取材証言や新資料を渉猟する中で確信していきます。大きかったのは、中橋の上司である橋本虎之助近衛師団長の『進退伺』という資料でした。・・・もし宮城占拠が成功していれば、明治維新に際して西郷隆盛の指揮する薩摩、長州、土佐、芸州の4藩が突如として宮中を囲み、自派の親王、公卿、藩主だけを宮中に入れて幕府の廃止と新体制決定の宣言を発した慶応3(1867)年12月9日のクーデターの再現になったと清張は指摘しています。『決行部隊に<玉>を抱かれては手も足も出ない』というところが似ているからです。しかし結局、2度目の『維新』は成りませんでした。・・・中橋が(仲間に)手旗信号を送れず。占拠に踏み切れなかった心情を、清張は『この期になって中橋の心理に何か動揺が起ったとしか考えられない』、具体的にいえば<皇居内で野中部隊と近衛歩兵第三連隊第九中隊からなる守備隊とが戦闘状態になることに恐懼が湧き、1時間半の休憩中に懊悩と逡巡が生まれたのではないか>と推測しています。私も中橋は精神的に『自滅』したのだと考えています」。
「以上のように『昭和史発掘』を読み直してみると、これは清張史観の全貌が凝縮した作品だと実感します。『天皇』『政治とカネ』『格差』『テロリズム』『宗教』『精神史』・・・あらゆる現代の問題相があぶり出されるこのノンフィクション大作は、今こそあらためて読まれるべき作品だと思います。清張が発掘し遺した『昭和の実相』は、いまなお古びることなく、生きた歴史として我々に問
いかけているのです」。
清張の凄さを、またまた再認識させられました。
「1936(昭和11)年2月26日未明。国家改造を目指す陸軍皇道派の青年将校らが1400名あまりの兵を連れて決起し、斎藤実内大臣、高橋是清大蔵大臣、渡辺錠太郎陸軍教育総監を暗殺、鈴木貫太郎侍従長は重症、岡田啓介首相や牧野伸顕前内大臣も標的にされた。警視庁をはじめ都内要所は占拠され、戒厳令が敷かれる中、陸軍上層部は天皇の怒りを受け『叛乱軍』を鎮圧。事件は4日間で終結した」。
「(松本清張の)『昭和史発掘』の半分以上を占めるのが二・二六事件です。・・・清張はいわゆる政治の季節にずっと二・二六事件と対峙していたことになります。昭和最大のクーデターですから、連載時の時点においても相当な数の二・二六研究がありました。もちろん清張は事件の直接の引き金となる、陸軍内部の統制派と皇道派の衝突『相沢事件』から筆を起こし、青年将校が裁かれる『特設軍法会議』まで丹念に二・二六事件の真相をたどっていきます。しかし、清張が先行する文献と同じ視点から二・二六を描くはずがありません。では、清張の独自の視点とはどこにあったのか」。
「清張は、『二・二六事件の最終目標とは宮城占拠にあった』、つまり皇居の占拠が目的だったことに着目し、新資料を駆使して実証します。そして、この宮城占拠計画の中心人物であった中橋基明に視点を合わせることで、二・二六事件に新しい光を当てたのです。<中橋基明中尉については、在来の二・二六関係書が多く触れていない。しかし、中橋はある意味で事件の最重要人物である。彼は近衛歩兵第三連隊に所属していたので『宮城占拠』に便利な位置にあった。中橋に焦点をあてると、ニ・二六の成功と挫折の分水嶺を究明することさえできるのである>という書き方が、清張の自信を物語っています。ところが、二・二六事件を研究する専門家の間では、『宮城占拠』は必ずしも受け入れられていません。・・・ここにはプロを自称する学者の清張に対する差別的なまなざしがあるように思われます」。
「中橋が『宮城占拠』にこそ事件の達成を求めていたことを、清張は取材証言や新資料を渉猟する中で確信していきます。大きかったのは、中橋の上司である橋本虎之助近衛師団長の『進退伺』という資料でした。・・・もし宮城占拠が成功していれば、明治維新に際して西郷隆盛の指揮する薩摩、長州、土佐、芸州の4藩が突如として宮中を囲み、自派の親王、公卿、藩主だけを宮中に入れて幕府の廃止と新体制決定の宣言を発した慶応3(1867)年12月9日のクーデターの再現になったと清張は指摘しています。『決行部隊に<玉>を抱かれては手も足も出ない』というところが似ているからです。しかし結局、2度目の『維新』は成りませんでした。・・・中橋が(仲間に)手旗信号を送れず。占拠に踏み切れなかった心情を、清張は『この期になって中橋の心理に何か動揺が起ったとしか考えられない』、具体的にいえば<皇居内で野中部隊と近衛歩兵第三連隊第九中隊からなる守備隊とが戦闘状態になることに恐懼が湧き、1時間半の休憩中に懊悩と逡巡が生まれたのではないか>と推測しています。私も中橋は精神的に『自滅』したのだと考えています」。
「以上のように『昭和史発掘』を読み直してみると、これは清張史観の全貌が凝縮した作品だと実感します。『天皇』『政治とカネ』『格差』『テロリズム』『宗教』『精神史』・・・あらゆる現代の問題相があぶり出されるこのノンフィクション大作は、今こそあらためて読まれるべき作品だと思います。清張が発掘し遺した『昭和の実相』は、いまなお古びることなく、生きた歴史として我々に問
いかけているのです」。
清張の凄さを、またまた再認識させられました。

『松本清張の「遺言」――<昭和史発掘><神々の乱心>を読み解く』(原武史著、文春文庫)は、「『神々の乱心』を読み解く」と「『昭和史発掘』を再発掘する」で構成されています。いずれも読み応えがあるが、とりわけ興味深いのは、「幻の『宮城占拠計画』――二・二六事件」の章です。
「1936(昭和11)年2月26日未明。国家改造を目指す陸軍皇道派の青年将校らが1400名あまりの兵を連れて決起し、斎藤実内大臣、高橋是清大蔵大臣、渡辺錠太郎陸軍教育総監を暗殺、鈴木貫太郎侍従長は重症、岡田啓介首相や牧野伸顕前内大臣も標的にされた。警視庁をはじめ都内要所は占拠され、戒厳令が敷かれる中、陸軍上層部は天皇の怒りを受け『叛乱軍』を鎮圧。事件は4日間で終結した」。
「(松本清張の)『昭和史発掘』の半分以上を占めるのが二・二六事件です。・・・清張はいわゆる政治の季節にずっと二・二六事件と対峙していたことになります。昭和最大のクーデターですから、連載時の時点においても相当な数の二・二六研究がありました。もちろん清張は事件の直接の引き金となる、陸軍内部の統制派と皇道派の衝突『相沢事件』から筆を起こし、青年将校が裁かれる『特設軍法会議』まで丹念に二・二六事件の真相をたどっていきます。しかし、清張が先行する文献と同じ視点から二・二六を描くはずがありません。では、清張の独自の視点とはどこにあったのか」。
「清張は、『二・二六事件の最終目標とは宮城占拠にあった』、つまり皇居の占拠が目的だったことに着目し、新資料を駆使して実証します。そして、この宮城占拠計画の中心人物であった中橋基明に視点を合わせることで、二・二六事件に新しい光を当てたのです。<中橋基明中尉については、在来の二・二六関係書が多く触れていない。しかし、中橋はある意味で事件の最重要人物である。彼は近衛歩兵第三連隊に所属していたので『宮城占拠』に便利な位置にあった。中橋に焦点をあてると、ニ・二六の成功と挫折の分水嶺を究明することさえできるのである>という書き方が、清張の自信を物語っています。ところが、二・二六事件を研究する専門家の間では、『宮城占拠』は必ずしも受け入れられていません。・・・ここにはプロを自称する学者の清張に対する差別的なまなざしがあるように思われます」。
「中橋が『宮城占拠』にこそ事件の達成を求めていたことを、清張は取材証言や新資料を渉猟する中で確信していきます。大きかったのは、中橋の上司である橋本虎之助近衛師団長の『進退伺』という資料でした。・・・もし宮城占拠が成功していれば、明治維新に際して西郷隆盛の指揮する薩摩、長州、土佐、芸州の4藩が突如として宮中を囲み、自派の親王、公卿、藩主だけを宮中に入れて幕府の廃止と新体制決定の宣言を発した慶応3(1867)年12月9日のクーデターの再現になったと清張は指摘しています。『決行部隊に<玉>を抱かれては手も足も出ない』というところが似ているからです。しかし結局、2度目の『維新』は成りませんでした。・・・中橋が(仲間に)手旗信号を送れず。占拠に踏み切れなかった心情を、清張は『この期になって中橋の心理に何か動揺が起ったとしか考えられない』、具体的にいえば<皇居内で野中部隊と近衛歩兵第三連隊第九中隊からなる守備隊とが戦闘状態になることに恐懼が湧き、1時間半の休憩中に懊悩と逡巡が生まれたのではないか>と推測しています。私も中橋は精神的に『自滅』したのだと考えています」。
「以上のように『昭和史発掘』を読み直してみると、これは清張史観の全貌が凝縮した作品だと実感します。『天皇』『政治とカネ』『格差』『テロリズム』『宗教』『精神史』・・・あらゆる現代の問題相があぶり出されるこのノンフィクション大作は、今こそあらためて読まれるべき作品だと思います。清張が発掘し遺した『昭和の実相』は、いまなお古びることなく、生きた歴史として我々に問
いかけているのです」。
清張の凄さを、またまた再認識させられました。
「1936(昭和11)年2月26日未明。国家改造を目指す陸軍皇道派の青年将校らが1400名あまりの兵を連れて決起し、斎藤実内大臣、高橋是清大蔵大臣、渡辺錠太郎陸軍教育総監を暗殺、鈴木貫太郎侍従長は重症、岡田啓介首相や牧野伸顕前内大臣も標的にされた。警視庁をはじめ都内要所は占拠され、戒厳令が敷かれる中、陸軍上層部は天皇の怒りを受け『叛乱軍』を鎮圧。事件は4日間で終結した」。
「(松本清張の)『昭和史発掘』の半分以上を占めるのが二・二六事件です。・・・清張はいわゆる政治の季節にずっと二・二六事件と対峙していたことになります。昭和最大のクーデターですから、連載時の時点においても相当な数の二・二六研究がありました。もちろん清張は事件の直接の引き金となる、陸軍内部の統制派と皇道派の衝突『相沢事件』から筆を起こし、青年将校が裁かれる『特設軍法会議』まで丹念に二・二六事件の真相をたどっていきます。しかし、清張が先行する文献と同じ視点から二・二六を描くはずがありません。では、清張の独自の視点とはどこにあったのか」。
「清張は、『二・二六事件の最終目標とは宮城占拠にあった』、つまり皇居の占拠が目的だったことに着目し、新資料を駆使して実証します。そして、この宮城占拠計画の中心人物であった中橋基明に視点を合わせることで、二・二六事件に新しい光を当てたのです。<中橋基明中尉については、在来の二・二六関係書が多く触れていない。しかし、中橋はある意味で事件の最重要人物である。彼は近衛歩兵第三連隊に所属していたので『宮城占拠』に便利な位置にあった。中橋に焦点をあてると、ニ・二六の成功と挫折の分水嶺を究明することさえできるのである>という書き方が、清張の自信を物語っています。ところが、二・二六事件を研究する専門家の間では、『宮城占拠』は必ずしも受け入れられていません。・・・ここにはプロを自称する学者の清張に対する差別的なまなざしがあるように思われます」。
「中橋が『宮城占拠』にこそ事件の達成を求めていたことを、清張は取材証言や新資料を渉猟する中で確信していきます。大きかったのは、中橋の上司である橋本虎之助近衛師団長の『進退伺』という資料でした。・・・もし宮城占拠が成功していれば、明治維新に際して西郷隆盛の指揮する薩摩、長州、土佐、芸州の4藩が突如として宮中を囲み、自派の親王、公卿、藩主だけを宮中に入れて幕府の廃止と新体制決定の宣言を発した慶応3(1867)年12月9日のクーデターの再現になったと清張は指摘しています。『決行部隊に<玉>を抱かれては手も足も出ない』というところが似ているからです。しかし結局、2度目の『維新』は成りませんでした。・・・中橋が(仲間に)手旗信号を送れず。占拠に踏み切れなかった心情を、清張は『この期になって中橋の心理に何か動揺が起ったとしか考えられない』、具体的にいえば<皇居内で野中部隊と近衛歩兵第三連隊第九中隊からなる守備隊とが戦闘状態になることに恐懼が湧き、1時間半の休憩中に懊悩と逡巡が生まれたのではないか>と推測しています。私も中橋は精神的に『自滅』したのだと考えています」。
「以上のように『昭和史発掘』を読み直してみると、これは清張史観の全貌が凝縮した作品だと実感します。『天皇』『政治とカネ』『格差』『テロリズム』『宗教』『精神史』・・・あらゆる現代の問題相があぶり出されるこのノンフィクション大作は、今こそあらためて読まれるべき作品だと思います。清張が発掘し遺した『昭和の実相』は、いまなお古びることなく、生きた歴史として我々に問
いかけているのです」。
清張の凄さを、またまた再認識させられました。
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2018年4月1日に日本でレビュー済み
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名著で100選で紹介された清張の知られざる側面を垣間見る。清張がライフワークにしていた昭和史発掘は、神々の乱心でついに天皇制の内部をさらけ出す。宗教と天皇制は小説をはじめとする、書くこと自体タブーとされたがあえてそれを書くことの意味は大きい。明治150年を迎えた現代に昭和とは何だったのかを考えさせられる。司馬遼太郎氏の明治、清張の昭和、誰が平成を書くのか。一度も共和制を経験したことがない日本史に残った最後の王政政治体制の現代的意味とは何か。併せて、「象徴の設計」を読むと清張風の明治の作り方の構図が透けて見える。
2018年12月23日に日本でレビュー済み
本書は松本清張の遺作『神々の乱心』を読み解いたもの。『神々の乱心』は清張の最後の長編推理小説です。『週刊文春』の1990年3月29日号から1992年5月21日号までに掲載され、未完のまま、清張の死によって断絶となりました。清張はあと10回分もあれば十分と生前に編集者に語っていたそうです。
『神々の乱心』は、本来、天皇につかなくてはいけない神々が、「乱心」をおこして、天皇以外の人物についてしまうという意味のようです。皇室を乗っ取ろうとする新興宗教の教祖の野望です。
主人公は平田有信、吉屋謙介、萩園康之です。平田は月振会という謎の宗教団体の教祖で、埼玉警察部特攻警部の吉屋と、子爵の兄、高等女官の姉をもつ萩園が月振会に接近を試みますが、警察に睨みをきかせる枢密院顧問の江東茂代治が萩園家の外戚であるために、吉屋の内偵がうまくすすみません。他方、萩園は奈良県吉野の倉内坐(くらうちます)春日神社禰宜の北村友一を月振会に潜入させ、内部情報を得ようとします。
「神々の乱心」を読み進めると、教祖の平田は、その妻の静子とともに、三種の神器を準備し、皇室ののっとりを図ろうとしていることがわかります。
この小説は一見、途方もない荒唐無稽なフィクションのように読めます。しかし、清張は昭和史発掘や2・26事件に関する膨大な資料収集、聞き取り調査をすすめるうちに、実際の皇室内部に確執(貞明皇后と昭和天皇との確執)、秩父の宮の擁立構想があったことに気が付いたようです。しかも、高松宮を昭和天皇と挿げ替えることを画策した島津ハルの事件(1936年)が宮中に実際にあり、清張はこの事件にヒントを得て、小説の構想を得たようです。
そもそも三種の神器などは誰もそれをセットにしてみたことがなく、本物などありえない摩訶不思議なことにつけこんで、旧満州で暗躍していた人物が新興宗教をたちあげ、偽の三種の神器をかかげて皇室の内部の人間と連絡をとりつつ、その転覆を狙い皇位の交替を目的にするというのですから、これは清張でなくては書けなかった題材です。圧巻の推理小説です。残念ながら未完に終わっていますが、著者はこの小説の顛末を予想し、最後にいくつかの可能性を掲げています。
『松本清張の「遺産」』の著者、原武史さんは、この小説とかかわる皇居、秩父、吉野、足利、満州を選び、そこから謎をといく手法で、清張の意図と問題意識を解き明かしています。
わたしはこの本に触発されて、原書の『神々の乱心』を一気に読了しました。
『神々の乱心』は、本来、天皇につかなくてはいけない神々が、「乱心」をおこして、天皇以外の人物についてしまうという意味のようです。皇室を乗っ取ろうとする新興宗教の教祖の野望です。
主人公は平田有信、吉屋謙介、萩園康之です。平田は月振会という謎の宗教団体の教祖で、埼玉警察部特攻警部の吉屋と、子爵の兄、高等女官の姉をもつ萩園が月振会に接近を試みますが、警察に睨みをきかせる枢密院顧問の江東茂代治が萩園家の外戚であるために、吉屋の内偵がうまくすすみません。他方、萩園は奈良県吉野の倉内坐(くらうちます)春日神社禰宜の北村友一を月振会に潜入させ、内部情報を得ようとします。
「神々の乱心」を読み進めると、教祖の平田は、その妻の静子とともに、三種の神器を準備し、皇室ののっとりを図ろうとしていることがわかります。
この小説は一見、途方もない荒唐無稽なフィクションのように読めます。しかし、清張は昭和史発掘や2・26事件に関する膨大な資料収集、聞き取り調査をすすめるうちに、実際の皇室内部に確執(貞明皇后と昭和天皇との確執)、秩父の宮の擁立構想があったことに気が付いたようです。しかも、高松宮を昭和天皇と挿げ替えることを画策した島津ハルの事件(1936年)が宮中に実際にあり、清張はこの事件にヒントを得て、小説の構想を得たようです。
そもそも三種の神器などは誰もそれをセットにしてみたことがなく、本物などありえない摩訶不思議なことにつけこんで、旧満州で暗躍していた人物が新興宗教をたちあげ、偽の三種の神器をかかげて皇室の内部の人間と連絡をとりつつ、その転覆を狙い皇位の交替を目的にするというのですから、これは清張でなくては書けなかった題材です。圧巻の推理小説です。残念ながら未完に終わっていますが、著者はこの小説の顛末を予想し、最後にいくつかの可能性を掲げています。
『松本清張の「遺産」』の著者、原武史さんは、この小説とかかわる皇居、秩父、吉野、足利、満州を選び、そこから謎をといく手法で、清張の意図と問題意識を解き明かしています。
わたしはこの本に触発されて、原書の『神々の乱心』を一気に読了しました。
2018年6月9日に日本でレビュー済み
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一言でいえば、「遺言」には迫り得ず、でしょうか。
「読み解く」は、自身の研究などを踏まえてそれなりの域にありますが、随所に出て来る「ではないでしょうか」が象徴しているように、肝心は推定に止まってしまっています。「天皇制」への切り込みも、歴史的経緯の説明に終わっていて、足りません。また清張の限界にも、当然触れられるべきで、「昭和史発掘」をして「昭和の実相」とする謂いも、頷けません。
「読み解く」は、自身の研究などを踏まえてそれなりの域にありますが、随所に出て来る「ではないでしょうか」が象徴しているように、肝心は推定に止まってしまっています。「天皇制」への切り込みも、歴史的経緯の説明に終わっていて、足りません。また清張の限界にも、当然触れられるべきで、「昭和史発掘」をして「昭和の実相」とする謂いも、頷けません。