全体で60弱の「突飛なるもの」の話題を収載している。
350ページほどもあり、ロミの「悪食大全」と同じようにと同じようにかなり
大部の著作。伝説上の動物(一角獣、ドラゴン等)について、身体の一部を主体
としたもの(口、唇、手、乳房等)、突飛なるものを企てた人々(ダダイズム、
シュルレアリスム等)、突飛なるものの巨匠たち(画家、詩人等)、日常化した突
飛なるもの(見世物興行、コマーシャル等)、そして十三の突飛な「物語」。
全て「高尚なるもの」は一切なく、何かに役立つ(得意げに本書の挿話を話す
ことはあるだろうが)こともない。実に「無益」で「教養」ともならない変なも
の、突飛なるものの歴史を語っている。全ての項目についてロミはトリビアルズ
ムに徹したかのように細かに語る。
役に立たない物語の集大成だが、ロミの筆には細かなことにこだわる不可思議
な面白みがある。一つの話題にそれぞれ数枚の写真・図版・挿絵がつく。これだ
け眺めても面白い。
訳者は高遠弘美。「仏文科の大学生だった頃、ある若手の仏文学助教授から、
最近は誰の本を読んでいるのかと問われて、『澁澤龍彦と石川淳』と答えたこと
がある。…そのときの助教授の軽蔑しきった表情と言葉にいたく傷ついた」とあ
る。気になって訳者の略歴を調べてみると、プルーストが専門の仏文学者だった。
ロミを中心として20ほどの作品を邦訳している。「失われた時を求めて」を「古
典新訳文庫」で訳出しているが、この古典新訳文庫はその訳の質が問題ともなっ
ており、私個人には非常に相性が悪く、複雑な思いだ。
「序文」ではロミの立場をこう説明する。
「彼が見つけた痕跡や足跡は、必然的に、彼をそれまで暗闇のなかにあった領域
に導くこととなった。…ロミが私たちに課すのは、私たち自身による新たな豊か
さの発見であり、自らさまざまな立場にたつことであり、かつ深陰者の態度と心
を身につけることなのである」。
ここまでかしこまらなくともいいが、細部を丹念に知ることによって、世界の
豊かさを再認識することもできよう。そして、「ロミがおこなった徹底的な探索
は、ひとつの解放としてとらえられなばならない」。
再度言うが、本書を読むことには明確な目的などないのだが。
本書の内容をまとめてしまうことは「ネタバレ」にもつながり、そもそも興趣
を削ぐ。よって内容については前述した題名等で想像してもらいたい。
絵・図版・写真を多用しており、ロミの文章は古代から現代まで多くの時代に
わたって、突飛なるものへの関心の高さを示し、なおかつ分かりやすい表現とな
っている。
適当にページをめくると、常に2枚以上の図版等が目に入る。文章は簡潔で、
読んで一旦目が止まってしまうこともない。
これはロミの文章がそもそも分かりやすいことと訳者の努力の賜だろう。
巻末に種村季弘による「華やぐ知識の宝庫」と題する文章がある。この手の本
は種村と澁澤龍彦によく似合う。種村は「六〇年代のどこかで、澁澤龍彦さんと
ロミのこの本を話題にしたことがあった」とある。
「訳者あとがき」ではロミの簡単な経歴を紹介している。生涯に二六の著作を公
にしたらしい。60ページほどの短いエッセイから500ページを超える大著ま
で、ロミは「シュルレアリズム的精神と逸話重視、図版資料への偏愛という補助
線を引いて、中心に『アンソリット=日常を超えた突飛なるもの』と『反画一主
義』への強い志向というレンズを置けば、ロミというたぐい稀なる著述家の世界
が見えてくる」。実にいい表現だろう。
シュルレアリスムは既成の価値観に対する反抗であり、ロミは実は「反抗者」
だったのではないか。ロミの人生を彩る反権威主義、「芸術」に対する独自の視
点、そのロミの基盤が見えてくる。
ギャンブル癖について無闇に意味を持たせるのは危険だが、ロミが晩年にギャ
ンブルでほぼ全ての財産を失ったことは、やはり意味があったのかと思わせる。
「人間とは所詮愚かしく笑うべき存在に過ぎないというニヒリズムを根底に据え
たうえで、硬直した精神を解きほぐそうという意志」がロミにはある。
澁澤龍彦とロミについて。
澁澤は、ほとんどロミには直接言及していない。澁澤の作品は読んでいる方だ
が、「訳者あとがき」を読んで初めて澁澤とロミの接点を知った。
澁澤は5冊ほどしかロミの著作を持っていなかったらしい。訳者いわく、「『伝
説上の動物誌』のいくつかは、そっくりそのまま『幻想博物誌』(一九七八)の
複数の項目でこっそり使われている」。
「『幻想の画廊から』には本書(突飛なるものの歴史)を下敷きにしたと思われ
る文章がある」、そして「澁澤龍彦はロミの文章をちゃっかり借用しているのに
ロミの名前、本書の題名は一切出してしない」。
「澁澤龍彦はロミに多くを負っている。『エロスの解剖』(一九六五)も『異端の
肖像』(一九六七)も本書を通過した澁澤龍彦だからこそ書くことのできた傑作
だったのではないか」。
全体を通して
私には本文そのものよりも澁澤とロミとの関わりが興味深かった。
ざっく言えば、「変なもの」への、ロミの驚くほど強い探究心が見てとれる。
「澁澤龍彦、種村季弘が教科書にした幻の稀覯本」と惹句にある。
そのことを頭に入れつつ、種村の言うように、
「どの曲がり角にも驚異と不安の、あわよくば笑いのとまらなくなるような冗談
の頁が待ち伏せている。それを充分にたのしめばいい。」
お勧めします。値段だけはどうにかならないものか。

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完全版 突飛なるものの歴史 単行本 – 2010/4/1
澁澤龍彦、種村季弘が教科書にした、ヨーロッパ美術史を巡る幻の名著。46年前パリで出版された奇想本の完全再現版。人間的精神の、かくも不思議なスピリチュアル世界の歴史が甦る!
- 本の長さ346ページ
- 言語日本語
- 出版社平凡社
- 発売日2010/4/1
- 寸法13.7 x 2.9 x 19.4 cm
- ISBN-104582238068
- ISBN-13978-4582238068
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登録情報
- 出版社 : 平凡社 (2010/4/1)
- 発売日 : 2010/4/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 346ページ
- ISBN-10 : 4582238068
- ISBN-13 : 978-4582238068
- 寸法 : 13.7 x 2.9 x 19.4 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 669,860位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 87,766位ノンフィクション (本)
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2019年10月29日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
僕の人生のバイブルの一つになりました。
あまり知られていないのが非常にもったいない、素晴らしい書物です。
日本を代表する突飛なる大家、澁澤龍彦、種村季弘が影響を受けたのも頷けます。
ロミという作家は、純粋に珍奇なるものたちへの愛に溢れた人で、高尚なアカデミズム批評家の鼻持ちならぬ邪推や、時代によって左右される世間のつまらぬ常識などというものからかけ離れた、人間愛と審美眼をかね備えた稀有な存在です。
というのも彼はヨーロッパの狂信的な蒐集家であったらしく、その甚大な知識量や情熱が凝縮された本作は、そんな彼自身とも言えるわけです。
これを読んで、我々は世界と人間の自由さを学ぶべきです。
あまり知られていないのが非常にもったいない、素晴らしい書物です。
日本を代表する突飛なる大家、澁澤龍彦、種村季弘が影響を受けたのも頷けます。
ロミという作家は、純粋に珍奇なるものたちへの愛に溢れた人で、高尚なアカデミズム批評家の鼻持ちならぬ邪推や、時代によって左右される世間のつまらぬ常識などというものからかけ離れた、人間愛と審美眼をかね備えた稀有な存在です。
というのも彼はヨーロッパの狂信的な蒐集家であったらしく、その甚大な知識量や情熱が凝縮された本作は、そんな彼自身とも言えるわけです。
これを読んで、我々は世界と人間の自由さを学ぶべきです。
2011年9月18日に日本でレビュー済み
Romiの『Histoire de L'insolite』(1964年)の翻訳。
「完全版」とあるのは、1993年に作品社から出たものを、より原著に忠実につくりなおし、訳し直したからである。作品社版で省略されていた箇所を加え、キャプションをなおし、訳文が改稿されている。また、作品社版では原著にない画像が多数加えられていたが、それらは削除されている。
ロミはフランスの著述家。何冊か邦訳がある。
本書は、古代から現代までの突飛な画像やイメージ、物語を集め、並べ、示したもの。古代の怪獣の像、中世の絵画、シュールレアリスムの作品、民話、奇妙な人物、わけのわからない事件などが詰め込まれている。
本書の半分以上が図で埋められている。その異様さを味わうべき一冊。系統だった分析などはされていない。
図が小さいのが不満。
「完全版」とあるのは、1993年に作品社から出たものを、より原著に忠実につくりなおし、訳し直したからである。作品社版で省略されていた箇所を加え、キャプションをなおし、訳文が改稿されている。また、作品社版では原著にない画像が多数加えられていたが、それらは削除されている。
ロミはフランスの著述家。何冊か邦訳がある。
本書は、古代から現代までの突飛な画像やイメージ、物語を集め、並べ、示したもの。古代の怪獣の像、中世の絵画、シュールレアリスムの作品、民話、奇妙な人物、わけのわからない事件などが詰め込まれている。
本書の半分以上が図で埋められている。その異様さを味わうべき一冊。系統だった分析などはされていない。
図が小さいのが不満。
2010年6月21日に日本でレビュー済み
こういう内容、感想ですと一言で言い難い本です。ぱらぱらページをめくると相当学問的、芸術的(?)な内容と悪趣味、際物との汽水域の挿絵(素晴らしいコレクションです)が混載。著者は20世紀半ばが真骨頂期(?)の少し変わったフランス人、評価の難しそうな方です。原本は1964年発行、1993年に一回翻訳が出ているが今回はその完全版ということのようです。1,2,3章は歴史上、過去の神話,伝説、空想上の生きもの、存在について解説、これは非常に勉強になる素晴らしい内容です。4章から6章で芸術、ロマン主義、シューレアリズム等、またそれらの時代的旗手との関連。ここも相当参考になるのですが、後半に進むに従って奇矯性、際物狙いの商業主義に触れる事象(区別は難しいし評価も時代で変わるのですけれど)の説明の度合いが大きくなるようで、7章、8章はこれは(個人的な定義では)悪趣味領域の事象、人物についての言及となり、前半の「対象の質の高さ」とのギャップ、まぜこぜ状態に戸惑いました。巻末の解説で同趣旨の言及があり、少しほっとした気分になりましたが。個人的には問題なく評価5なのですが、意見が分かれるところということで4にしました。著者は1995年他界されましたが、「Alienシリーズ」とか「リング」などの感想も伺ってみたかったです。