お次はマルセイユだ

パリ。デザイナーズブティックと観光客がひしめくロワイヤル通りの至近にある番組制作会社で、ヴェテランのテレビドラマプロデューサー、パスカル・ブルトンは、椅子の上でせわしなく体を動かしながら、新作ドラマ「マルセイユ」の構想を説明する。2015年後半に放送予定の、8話完結のNetflixオリジナルシリーズ「マルセイユ」は、アメリカのヴィデオ・オン・デマンド(VOD)企業Netflixにとって最初のフランス語作品となる。デイヴィッド・フィンチャー制作総指揮のドラマ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」の大ヒットをこの地でふたたび、というわけだ。

フランスのテレビ局で1,000時間以上の番組を制作した大物プロデューサー、ブルトンはこう語る。こちらからの提案はいたってシンプルだ、とNetflixとのミーティングで言ったよ。Netflixはアメリカで2本、権力と政治を描いた傑作ドラマをつくった。『ハウス・オブ・カード』と『ボス(ケルシー・グラマー主演)だ。今度はマルセイユでやってみないか、ってね。フランスでデカいことが起こりそうな街といえば、なんといってもマルセイユだ

マルセイユ」は多層構造をもつ没入体感型ドラマだ。膨大なデータ分析により、その形式のドラマがもっとも視聴者に好まれることをNetflixは知っている。そしてまた、技術の集積がどれほど視聴覚エンターテインメントに革新をもたらすかも。Netflixは50近くの国で5,300万人以上もの視聴者に、1カ月あたり延べ20億時間ものテレビ番組や映画を配信し、コンテンツの制作、消費、配給、集金のシステムを根本からつくり変えている。

レンタル屋からの転身

1997年、ソフトウェア起業家リード・ヘイスティングスとマーク・ランドルフが、カリフォルニアでDVDレンタルと販売のウェブサイトとして起業して以来、Netflixは一介の新進企業から押しも押されぬ大企業へと成長し、その企業評価額は本稿執筆時で280億ドルに上る。その過程で、この2人はテレビ局、ケーブルテレビ、衛星放送といった従来の放送業界が視聴者や視聴習慣に押し付けてきた制約を次々に打ち破ってきた。

ヘイスティングスによれば、Netflixが大ブレイクを果たしたのは設立の13年後だという。2010年のことで、この年Netflixは初の国外進出となるカナダでの動画配信サーヴィスに参入したのだ。それまでNetflixが提供するサーヴィスはオンライン注文の宅配DVDレンタルと動画ストリーミングの2本立て方式だった。だがカナダでは、不安を抱きながらもあえて動画ストリーミングに市場を絞った。

あのトロントでの1日は忘れられない」と、アムステルダムのNetflixオフィスでヘイスティングスは言う。丸1日デモに駆け回っていたので、カナダでの初動登録者数がどのくらいかまったくわからなかった。夜になってようやく知ることができたんだが、予想の10倍だったよ。驚いたね。いけるぞ、ストリーミングは当たりだ!』と思ったのを覚えているよ。わが社がグローバルな大企業に発展していく出発点になったのがあの日だった」

その後、ヘイスティングスはストリーミング配信にNetflixの社運を賭けた。1年後、デジタルの収益が150億ドルに達し、ラテンアメリカ、カリブ海地域に進出を果たす。2012年には英国、アイルランド、スカンジナヴィア諸国がそれに続いた。

解放されたテレビ

痩身で銀髪、あごひげを生やし、鷹揚で簡潔な物腰、現在54歳のヘイスティングスは、アムステルダム中心街の運河を見下ろすNetflixヨーロッパ本部の一室にいる。部屋はできたてでやや殺風景だが、内装は完璧だ。四方の壁をグラフィティアートが彩り、ドアにはパブロ・シュレイバー演じる「オレンジ・イズ・ザ・ニュー・ブラック」のジョージ・“ポーンスターチ”・メンデスをはじめ、Netflixが配信した人気ドラマシリーズの登場人物が等身大で描かれており、見るものをギョッとさせる。今回ヘイスティングスがアムステルダムに来たのは、オランダNetflix 1周年を記念したプレス向けパーティのホストを務めるため、そして同社のヨーロッパ進出を視察するためだ。

フランスは、Netflixが中核市場であるアメリカでの成長にともなって2014年に進出したヨーロッパ7カ国のひとつだ(ほかはオランダ、ドイツ、オーストリア、ベルギー、スイス、ルクセンブルク。アメリカでは登録者数は3,720万人で、必然的に増加率は落ちている(ヘイスティングスは長期的にはアメリカ国内で6,000万から9,000万人の登録者数を見込んでいる。次のターゲットは中央、東、南ヨーロッパだ。アジア、中東、アフリカも視野に入れている。世界のすみずみにまでNetflixの映像を届けることがわが社の基本理念だ」とヘイスティングスは言う。

デジタルの時代になっても、インフラから流通まで、業界のしくみはそれほど急激には変化していなかった。そこに突如登場したNetflixの成功は業界を震撼させた。既存企業は目下のところ、順応を迫られているところだ。

「テレビが束縛から解放されれば、そのあとにくるものは必然的にNetflixのようなかたちを取るだろう」

競合する大手ケーブルテレビ局HBOの最高経営責任者、リチャード・プレプラーは、昨年10月の株主総会で「HBOをご覧になりたい視聴者のために、あらゆる障壁を撤廃するときがきました」と宣言し、世界で1億1,400万人が登録しているプレミアムケーブルテレビと衛星放送をオンラインストリーミングでも視聴できるサーヴィスを2015年にアメリカで開始すると発表した。

1927年創業の古参テレビ局CBSもほぼ同時期にストリーミング放送への参入を表明している。CBSは2008年、ABC、FOX、NBCが広告収入によるオンラインストリーミングサーヴィス「Hulu」を設立したときは参加を見送ったが、その後独自に月額5.99ドルの「CBS All Access」を立ち上げた。

その他、SONY、DirecTV、Showtime、A&E、Starzなども、次第に激しさを増すこの競争に参戦する見通しだ。いまやストリーミングサーヴィスは、前出のHuluから「Amazonインスタント・ビデオ、フランスの「Canalplay」やスポーツ配信の「ESPN「Sky Go、さらにはBBCの「iPlayer」やチャンネル4の「4oD」といった老舗テレビ局のものまで、まさに群雄割拠といった趣だ。ネット販売業世界最大手のAlibabaもハリウッドと契約し、独自のセットトップボックスを開発してVODに参入している。

テレビが束縛から解放されれば、そのあとにくるものは必然的にNetflixのようなかたちを取るだろう」と『ニューヨーク・タイムズ』のコラムニスト、デイヴィッド・カーは2014年に書いている。そう、既存メディアの天敵のように思われていたNetflixが、実は救世主だったかもしれないのだ

Netflixの最高製品責任者、ニール・ハントによれば、ストリーミングと画像品質への投資こそがNetflixの成功のカギだったという。柔らかく聞き取りやすいアクセントの英語を話し、カリフォルニア州ロスガトスのNetflix本社に勤務する英国人のハントは説明する。独自の放送網を敷くよりも、Netflixは米国のVerizon、AT&T、Comcast、フランスのBouygues TélécomやOrange、ドイツのDeutsche Telekom、英国のVirgin MediaやBTなど、何百というインターネットサーヴィスプロヴァイダー(ISP)との提携によって、各社のコンテンツを直接視聴者に届けられるよう力を尽くしたのだ、と(配信方法は各ISPによって異なる。例えばBouygues、Orange、Deutsche Telekom、Virgin Media、BTではセットトップボックスで映像を受信し、Verizon、AT&T、ComcastではNetflixがネットワーク使用料を支払ってそれらのネットワーク経由で映像を配信している

オープンコネクト

Netflixは配信映像のクオリティを保つため、オープンコネクトと名付けられた独自のコンテンツ配信網を有している、とハントは続ける。簡単に言えば、Netflixの映像コンテンツを保存したサーヴァーをISPに提供し、ISPはそれを自社のネットワークに組み込むか、あるいは世界中にある接続ポイントからそれに接続するというしくみだ。

業界用語でラストワンマイルといいますが、データをやりとりする距離が短いほど、多くの点で都合がよいのです。しかし、いろいろな意味で真に有意義な情報はクライアント側にあるものです。Netflixではきわめて単純な、この場合は「http」という昔ながらのプロトコルを使用して、効率よくデータを取りまとめ、できる限り効果的に使用しています。その際にもっとも重要となるのがアダプティヴ・ストリーミング(最適化配信)です。それぞれのユーザーのインターネット環境で最適な動画を見られるよう、さまざまなヴァージョンの動画と音声を選んで、リクエストに応じて配信することが可能です。迅速かつ積極的に画質を向上させることや、大容量のバッファを確保することに多くの時間をかけています。こうして、途切れたりフリーズしたりすることのないスムーズな映像が実現できるのです。想定外の不可抗力がない限り、配信がストップすることはありません

一人ひとりに向けた番組

Netflixの2番目の特徴は、データの活用法にある。数テラバイトのデータを分析し、視聴者一人ひとりへのおすすめを作成するのだ。配信されるタイトルの一つひとつにタグ付けし、世界中の視聴者一人ひとりがどのタイトルをどんなシチュエーションで見たかについての膨大なデータと相互参照される。エピソード7本を一気に見たのか? 早送りをした場面はあるか? 巻き戻してもう一度見た場面は? 途中で見るのをやめたか? やめたとすればどこで? 見終わってから次に何をクリックしたか? などなど。

MITメディアラボ助教でプレイフル・システムズ研究グループの設立者でもあるケヴィン・スラヴィンによれば、このことは既存のテレビ業界や流通モデルに対して、非常に広範囲な影響力をもつという。従来のテレビ業界の常識だった、ある一定の層に合わせて番組制作を行うという前提は、Netflixがしているような視聴者一人ひとりに向けた番組づくりが主流になれば、廃れてゆくでしょう。視聴の方法や消費形態の変化というだけではありません。それは同時に、何を見るかという決定方法の変化でもあるのです。時間軸という従来の線的なネットワークに縛られるテレビで、ある番組が視聴されるか否かの唯一最大の決定要因は、その前の番組が何かということでした。しかしそれに代わる選択肢ができるとすれば、それは非常に歓迎すべきことのように思われます

コンテンツは国境を超える

Netflixの番組編成予算を組む際にもデータが活用される。ちなみに2014年の予算は30億ドルだった。その大部分は番組のライセンス料だが、金額は未公開ながら、オリジナルのドラマシリーズの制作費にかかる割合が年々増加している。「ハウス・オブ・カード 野望の階段」や刑務所を舞台にした「オレンジ・イズ・ザ・ニュー・ブラック」のようなドラマはさまざまな賞に輝き、評論家からも視聴者からも高く評価された(Netflixは視聴率を公開していない。また、ノルウェーを舞台にした8話完結のギャング・コメディドラマ「リリーハマー(主演は「ザ・ソプラノズ」でシルヴィオを演じたスティーヴン・ヴァン・ザント)の2つのシーズンや、FOXの人気ドラマ「アレステッド・ディベロップメント」の第4シーズン、2014年12月に放映された10話完結の新作「マルコ・ポーロ」を共同制作もしている。

昨年9月にはワーナーブラザーズの『バットマン』のスピンオフ作品「ゴッサム」の放映権獲得を発表、その2カ月後にはエリザベス2世の生涯を描いたドラマ「ザ・クラウン」を制作した。また、映画制作にも乗り出している。グリーン・デスティニー』の続篇やアダム・サンドラー製作の4本の映画に出資し、オンラインと主要劇場で上映している。

このようにライセンスを獲得した作品や製作に名を連ねた作品でも、Netflixは登録者データを活用している。同社はこれを「視聴者予測」と呼んでいるが、ジャンル、キャスト、監督、前作があればほかのプラットフォームやチャンネルでどのように視聴されたかなど、さまざまなファクターを分析し、さらなる視聴者獲得につなげるのだ。例えば「ハウス・オブ・カード」では、視聴習慣のデータから、デイヴィッド・フィンチャー監督、ケヴィン・スペイシー主演の政治サスペンスはNetflixの視聴者の幅広い層にアピールすることが判明した。

コンテンツは国境を超える。国外への普及こそがNetflixの戦略の要だ」と語るのはメディア評論家のマイケル・ネイザンソンだ。多くの国では、アメリカほど専門チャンネルが普及していないので、Netflixのようなストリーミングサーヴィスが現実的な選択肢となる。それに、Netflixはよりオリジナルなコンテンツ編成を求めているので、世界規模でのライセンス契約は効率的なんだ。Netflixのアメリカ国外の潜在的顧客基盤は、国内の7倍だ。

アルバニア軍の侵攻

しかし、ヨーロッパその他への進出によって契約者数は急速に増加するが、その代償は高くつくとネイザンソンは指摘する。ネイザンソンの予測によれば、Netflixの国外事業は2014年には1億9,300万ドル、2015年には1億6,600万の赤字と見積もられ、黒字に転じるのは2017年だろうという。以前から、Netflixは事業拡大のためにはコストをいとわないと明言していた」とネイザンソンは言う。

Netflixの拡大を快く思わないものもいる。フランスの映画プロデューサーたちは、Netflixが国で義務付けられている映画助成金の支払いを、アムステルダムを拠点とすることで回避していると主張している。

EUの法律では、Netflixはオランダ企業であり、オランダの法律に従うことになります。ですからフランスの基金に拠出することはありません」とヘイスティングスは言う。そのことは以前から表明しています。フランスの企業がそれを快く思っていないことも事実でしょう。ですがそれはどちらかというとEU統合にかかわる問題ですよね。いずれにせよ、それで視聴者が二の足を踏むことはありません。肝心なのは、すぐれたコンテンツを視聴できるということに尽きます。コンテンツの充実が成長につながります。ところで、いま本当に成長しているのはインターネット動画でしょう。YouTubeの利用者は膨大な数に上りますし、HuluもBBCのiPlayerも成長を遂げています。視聴者が十分な帯域幅の、クリックひとつで動画が再生できる速度のブロードバンド回線をもっていることが追い風になりました

肝心なのは、すぐれたコンテンツを視聴できるということに尽きます。コンテンツの充実が成長につながります。

ヘイスティングスが賢明にも予測し、利用することができた追い風は、ブロードバンドの速度だけではない。ストリーミング配信に切り替えるという決断は、そのほかにも数多くの重要かつ広範囲な業界の変化にうまくマッチしていたのだ。既存のテレビ局はVODの可能性になかなか目を向けようとしなかった。従来のテレビ放送に比べれば取るに足らないニッチなサーヴィスだと考えていたのだ。事実、ヘイスティングスがカナダでストリーミングだけのサーヴィスを始めた年、タイム・ワーナーCEOのジェフリー・L・ビュークスは、Netflixに危機感をもっているかと問われ、こう答えた。それはアルバニア軍が世界を征服すると思うかという質問と同じだ。危機感などないね。ヘイスティングスらはその言葉に、オフィスでアルバニア軍の帽子をかぶるという皮肉で答えた。

コンテンツ鑑定人

Netflixが「コンテンツ鑑定人」と呼ぶ人たちも、その成長に一役買っている。いわば流行の発信者だ。費用のかかるケーブルテレビや衛星放送の多チャンネル“抱き合わせ”販売を避け、目の届く限りどこからでもクオリティの高いコンテンツを、ときには違法なものも含め、見つけてくる。あるNetflixの関係者によれば、こういった流行発信者たちはNetflixの創成期からいて、ソーシャルメディアでお気に入りのコンテンツを広めることでNetflixの発展に寄与したという。

だが、先行者としてのアドヴァンテージと技術面での優位性をNetflixが真に活用しえたのは、データマイニングの分野だ。例えば視聴者が何か見たい番組を探しているとき、一人ひとりに個別化されたおすすめ番組が表示されるため、何百とあるNetflixの番組リスト隅々まで探し回らなくてもよい。それも、最新作や人気作だけをおすすめするのではなく、データを駆使して、あなたの分身、Netflixドッペルゲンガー」を見つけるのだ。Netflixの利用者のなかから、あなたと同じように週末に「ウォーキング・デッド」全話と、それからたぶん「オレンジ・イズ・ザ・ニュー・ブラック」を1、2話、日曜日には野生動物ドキュメンタリーを見るのが何よりの楽しみだという人物を。そしてドッペルゲンガーは見ているのにあなたがまだ見ていないタイトルを調べ、それをおすすめする。そのような個別の顧客分析が常に繰り返されている、とハントは言う。2007年から2009年まで、Netflixは視聴予測アルゴリズムのクラウドソースで改善する公開コンペを行った。100万ドルの賞金は「プラグマティック・カオス」と名付けられたアルゴリズムを発案したチームに与えられた(ただしまだ実装はされていない

あなたたちはプロだ

そのとき以来、Netflixはさらに前進しました」とハントは言う。ストリーミングサーヴィスを通じて、人々が何をどのように見て楽しんでいるのかについての数多くのシグナルを得ることができました。例えば、ある番組を見始めたのに数分でやめてしまう。これはネガティヴなシグナルです。あるエピソードをじっくりと、ときには巻き戻して最後まで見て、それから電源を切ったなら、明らかにずっと画面の前で没頭していたということです。それに加えて、過去の配信記録もあります。スクリーンにどのおすすめを映し、そのうちの何を選び、何を選ばずにほかのものにしたかもわかります。それらのシグナルをすべて組み合わせて、さまざまなアルゴリズムを用い、注目作品リスト』や『Netflix人気作品リスト』がつくられ、細分化されたジャンル分けがなされ、“原作付きでタフな女性が主人公の作品”といった無数のリストがつくられるのです」

ハント率いるチーム(スタッフは約1,000人だという)は、カテゴリーごとにいろいろなチャンネルをつくったりユーザーを細分化したりしているというよりは、一人ひとりのユーザーに合わせた5,000万のチャンネルをつくっていると考えている。

ですからそれはきわめて個別的なものになります。各ユーザーの好みについて多くの情報を得て、一人ひとりに合わせてカスタマイズするのです。特定の視聴者グループにおけるあるコンテンツと別のコンテンツの類似性を発見するコヴューイング・フリークエンシー・マトリックス、それからマルコフ連鎖モデル、マトリックス因子分解などの機械学習ツールを援用して、コンテンツに関する多くの情報を得ます。それらはわれわれが『こういう場合にはこうする』という結論を出すための助けとなります」

データ分析という点で、エンターテインメント産業にはまだまだ開拓の余地は十分にあるとハントは言う。その証拠に、それこそ毎週のように改善点が見つかっています。およそ300項目でA/Bテストを行いました。セレクト画面をどう表示するか、再生終了後にどんな画面を出すかなど、2、3種類のヴァージョンを用意して、どれが最適かを12カ月間テストしたのです。そのうちの150項目、週におよそ3項目が、視聴時間の増加、顧客注目度の向上、その他さまざまな測定基準における重要な改善に結びつきました。調査、改善が不可能な領域などありません。改善の余地は至るところにあります

アルゴリズムがおすすめやその他のサーヴィスの改良を推進することに異論はないだろう。では、番組制作の過程ではどの程度アルゴリズムが関係しているのかと推測をめぐらせる者もいた。ヘイスティングスは、Netflixが提携しているアーティストたちは完全に自由な環境で仕事をしている、と強調する。アーティストにはクリエイティヴなヴィジョンをもってほしいのです。甘ったるいラヴストーリーやカーチェイスばかりでは困りますからね。ブルトンも断言する。ふつうのテレビだと、局のお偉いさんに『あれはダメ、これもダメ、これをやれ、それはダメ』と口出しされるプレッシャーに耐えなきゃいけない。でもNetflixに言われたことは、あなたがプロデューサー、脚本は誰々。あなたたちはプロだ。ベストを尽くしてほしい』ってだけだった

ストリーミング戦争

ストリーミングサーヴィスをめぐる競争が激しさを増すにつれ、Netflixはさまざまな面で厳しい戦いを強いられることになった。VerizonやComcastなどのISPは、Netflixに対してネットワーク使用料を求め、係争中だ。Netflixは番組配信にそれらのネットワークを使用しているが、動画のクオリティを保つために多くの高帯域幅を使用する必要があり、ピーク時にはNetflixのトラフィックがアメリカの全トラフィックの3分の1にもなるのだ。

誰が、誰に対して請求すべきなのかが明確ではありません」とハントは主張する。ISP側はインフラの構築に多額の投資をしているのだからと主張していますが、実際にはNetflixもその一部を負担しているのです。インターネットで可能な限りコンテンツを正しく各家庭に配信するために数億ドルを払っています。ISPの契約者が支払っているのは基地局から家庭までの帯域の料金です。ですから話が噛み合っていないと言わざるをえません」

最終的に、NetflixはVerizon、Comcast、Time Warner Cable、AT&Tにネットワーク使用料を支払うことで合意したとヘイスティングスは言うが、それが解決の難しい長期的な問題でもあることを認めている。これで2、3年は収まるだろうが、いずれまた同じ問題が出てくるだろう。ヨーロッパでも同様な訴えがなされることは想定しているとヘイスティングスは付け加えた。だからこそ、Netflixはロビー活動を展開し、ISP側のネットワーク使用料の要求が、誰もが平等にアクセスできる自由でオープンなインターネットという理念そのものを損なっていると主張しているのだ。ネットワーク中立性』には全面的に賛成だ。これまでも、Netflixはファストレーン・スローレーン(ネットワーク使用料の有無で業者のトラフィックを差別する措置)反対を働きかけてきた。ネットは誰もが自由に使えるべきもので、ファストレーンとスローレーンなどと区別する必要はない

来るべき4K時代

これはヘイスティングスの言う通りで、2020年には米国内のテレビ視聴の半数を占めるだろうと彼が予測するインターネット動画ストリーミングでも、解像度3840×2160ピクセルの4KウルトラHDTVでも、ヘイスティングスの抱く次世代のテレビのヴィジョンには、視聴者が平等に利用できる超高速回線が不可欠だ。そのヴィジョンとは、やがて主要なテレビ視聴形式が従来のテレビ放送からインターネットに移る、というものだ。高解像度テレビへの移行はゆるやかだったが、それは従来のテレビ局にとって、視聴者の5%しかHDTVを所有していない状況では放送方式を変えても意味がなかったからだ。

恐れているのは映画やTV番組の衰退だ」と答えた。「映画やTVの市場が活発であれば、Netflixも業績を伸ばすことができる

また、せっかくHDTVを買っても見られるコンテンツがないのでは視聴者も買い替える気にはならないだろう。卵が先かニワトリが先かといった議論になるが、テレビの規格向上の足かせになっていたのは、まさにそこなんだ。だが、インターネットが問題を解決する。4KTVを購入する視聴者は現在1,000人に1人だが、Netflixはそのような視聴者に、インターネットを通じて4Kコンテンツを提供できる。そうして、やがて100人に1人、10人に1人、そして全員が4KTVに移行するだろう。受信方式を全面的に変える必要はないのだから、移行はスムーズにいくはずだ。4KウルトラHDTVに非常に期待を寄せているのはそういうわけなんだ。それが次のビッグウェーヴとなるだろう。いまの価格は2,300ドルくらいで、これからもっと下がる。サムスンとソニーがさかんに開発、製造に取り組んでいる。そしてその4Kコンテンツの第1の発信源こそ、われらがNetflixというわけだ」

きっとそうなるだろう。だが競争市場では、改革者はいずれほかの改革者に押しのけられるものだ。何か恐れていることはあるか? そう訊くとヘイスティングスは珍しく、一瞬だが沈黙し、そして「恐れているのは映画やテレビ番組の衰退だ」と答えた。映画やテレビの市場が活発であれば、Netflixも業績を伸ばすことができる。インターネットに代わるものは当分現れないだろう。不安なのは、いずれ映画やテレビが、現在でいう19世紀の長篇小説みたいな、退屈なものという扱いになるのではないかということだ。15年後には、Google Glassにヴァーチャルリアリティとモルヒネ点滴を合わせるのが流行のエンターテインメントになっているかもしれない。それはさぞかしぶっ飛んだ体験だろうね。そうなると、ドラマ? そんな古臭いもの、誰が見るかよ!』ということになりはしないか。それが心配だ

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