温暖化がコーヒー豆の栽培にも影響、19世紀に飲まれていた「リベリカ種」は農園の“救世主”になるか

コーヒーの品種として親しまれているアラビカ種とロブスタ種の栽培が、温暖化の影響を受け始めている。こうしたなか環境適応力の強さから注目されているのが、平地でも生産可能で19世紀に飲まれていた「リベリカ」という品種だ。
C. Liberica in Southeast Asia
Photograph: Alamy/AFLO

あなたがコーヒー通を自負していることはわかった。お気に入りのシングルオリジンの豆があって、朝の1杯にミルクを入れる人をどこか冷めた目で見ている。エスプレッソはクレマの濃さで点数をつけているので、いつも最高のクレマをつくる近所のバリスタと下の名前で呼び合う仲になれたことは喜ばしい。

「きみもコーヒー好きなの?」と同僚に声をかけるも、デスクに置かれたスターバックスの巨大なマグカップが目に入ってしまった。「いいんじゃない。誰でも最初は初心者だからね!」──といった具合である。

とはいえ、あなたはいったいどれだけ深くコーヒーのことを知っているだろうか。コーヒーには124の種類があるが、アラビカ種とロブスタ種のたった2種類が世界のコーヒー生産量の99%を占めている。大いに冒険好きなコーヒーファンでも、この“二大巨頭”から外れることはめったにないだろう。

だが、2種類のコーヒー豆だけに依存している状況は、いささか無謀ではないかと思われ始めている。温暖化が進む世界においては病気や干ばつ、生育環境の悪化によって、コーヒー農園に大きなプレッシャーがかかっているからだ。世界最大の生産地であるブラジルが干ばつと霜に見舞われたことにより、この2年でコーヒーの価格はほぼ2倍になってしまった

そこに乗り込んできたのが、リベリカ種だ。このコーヒー豆界のヒップスターは、平地でも生育できる適応力とおいしいコーヒーの未来の訪れを告げる存在として、熱烈なコーヒー愛好家から期待されている。

「リベリカ種は多くの人を驚かせています」と、ロンドンにあるキュー王立植物園のコーヒー専門家のアーロン・デイヴィスは語る。デイヴィスは科学誌『Nature』にリベリカ種の時代が到来したと主張する論文を新たに発表した人物だ。

リベリカ種は特徴的な味と、ほかの種が育たない環境でも栽培可能な性質から、コーヒー輸入業者や販売者に注目され始めているとデイヴィスは言う。これまでさんざんな悪評だったコーヒー豆が、再び大舞台に舞い戻るときが来たのかもしれない。

19世紀に一世を風靡したリベリカ種

リベリカ種は、コーヒー界の隅にずっと追いやられていたわけではない。19世紀のわずかな期間、リベリカ種は時代を代表するコーヒー豆として存在していたのだ。当時すでにいたるところで栽培されていたアラビカ種の木が、東南アジアのコーヒー農園を全滅させたさび病に見舞われたのである。

涼しい気候と標高の高い環境を好むこだわりが強いアラビカ種とは異なり、リベリカ種はアラビカ種よりさび病への耐性があり、暖かく低い土地でもよく育つ。コーヒー生産者が育てる品種を切り替えたことで、しばらくはリベリカとアラビカが世界中のコーヒー業界で使われていたのだ。

ところが、リベリカの天下は長くは続かなかった。リベリカ種は果実が大きいので、加工業者にとって扱いづらい品種なのだ。それに豆がでこぼこしているので、乾燥の程度にムラが生じてしまう。その結果、コーヒーの味が悪くなってしまうのだ。

20世紀初頭にブラジルでコーヒー生産が盛んになり始めたころ、多くの農園はアラビカ種を選択した。これにより、アラビカは国際的なコーヒーの取り引き量においてトップに躍り出ている。

それ以降のコーヒー業界は、2種類の豆によって独占された。より高価なアラビカ種の豆はなめらかな味わいで、高級ブレンドやスペシャルティコーヒーに使用されている。一方でロブスタ種は、価格が安くカフェインのパンチが強い。このため、ロブスタ種はインスタントコーヒーに使われたり、粉コーヒーを安くするためにアラビカ種の豆と一緒にブレンドされたりする。

“再発見”された商業的価値

リベリカ種の大きな問題のひとつとして、丁寧に加工しなければ不快な味が出てしまうことが挙げられる。「リベリカ種が使われたコーヒーを2012年に初めてテイスティングした際には、まったくもってまずいと評していました」と、キュー王立植物園のデイヴィスは語る。その味は缶詰のスープを思わせたという。

コーヒー業界では、このような味を「青臭い味」と表現する。カッピング(コーヒーのテイスティング)用語において青臭いコーヒーとは、「このコーヒーはまずい」という意味と同じなのだ。

ところが正しい人の手に渡れば、リベリカはすばらしい1杯に変わる。デイヴィスは16年にウガンダのコーヒー農家をいくつか訪問し、地元の豆でいれたコーヒーを飲んでみた。彼はその味に驚いたという。甘くなめらかで、パラミツを思わせる風味があったのだ。

そこでデイヴィスは豆を英国へ持ち帰り、コーヒー輸入業者に分け始めた。デイヴィスと同じ反応を示した業者たちは、広い地域で栽培できて収量が多く、味もいい豆に可能性を見いだした。「情熱ではなく、ビジネスでコーヒーを扱う人たちからお墨つきが出たんです。商業的価値がなければ、業者は興味を示しませんからね」と、リベリカ種の変種であるエクセルサ種のコーヒーをすすりながらデイヴィスは語る。

南ロンドンに拠点を置くナイジェル・モトリーは、英国でリベリカ種の素晴らしさを説く数少ないコーヒーショップオーナーのひとりだ。リベリカ種のコーヒーは、モトリーの母の故郷であるフィリピンで広く栽培されている。

リベリカ種は現地で「バラコ」と呼ばれており、大まかに翻訳すると“種馬”という意味だ。男性らしさを強く連想させる。

「恐ろしいほど濃く、1日の燃料になるコーヒーなのです」と、モトリーは言う。苦味が出るひとつの要因は、リベリカ豆は先端がとがった変な形をしていることが多く、焙煎中に焦げやすいことにある。

しかし、丁寧に浅煎りすると、この豆の違った一面を引き出せるとモトリーは言う。「一辺倒のコーヒーではなくさまざまな方法で加工すれば、店にとっても消費者にとっても試してみたいと思えるわくわくする豆ができるはずです」と、モトリーは語る。

モトリーはフィリピンの生産者から豆を取り寄せ、ロンドンで3kgタイプのロースターを使って焙煎している。彼の客の多くは、リベリカ種を初めて試すと驚くという。正しい方法で焙煎し抽出することで、その歴史から想像するよりずっと繊細な1杯を提供できるのだ。「リベリカ種は、年配の世代にはなじみのない新たな一面を見せています」と、モトリーは言う。

キュー王立植物園のデイヴィスは、エクセルサ種と呼ばれるリベリカ種の変種に期待を寄せている。この品種の果実は、通常のがっしりしたリベリカ種より小さく、加工しやすい。

コーヒー豆はコーヒーの木になるサクランボに似た小さな果実の種である。種を包む果肉が薄いほど、収穫や加工がしやすい。

また、エクセルサを含むリベリカ種の植物には、気温の上昇に強いという特徴がある。「アラビカ種を栽培できなくなったときの代わりとして、エクセルサ種とリベリカ種を栽培できるのではないかと考えています」と、デイヴィスは語る。

コーヒー農家にとっての生命線になる?

コーヒーの種類の選択の幅が広がることは、選択肢が増える以外にもメリットがある。もしかすると、コーヒー農家の生活を守る生命線になりうるかもしれないのだ。

例えば、コーヒー豆はエチオピアの輸出の4分の1を占めており、温暖化が進むと現在の産地の39~59%がコーヒー栽培に適さなくなる可能性がある。ほかのコーヒー産地でも、気温が上がれば高温に強い品種への需要はさらに増えるだろう。

ひとつの作物に依存すると悲惨な結果を迎えることは、さまざまな歴史上の事例によって示されている。例えば、1950年代より前に輸出されていたバナナのほとんどは、いま食卓に並んでいるものより大きく甘いグロスミッチェルという品種だった。ところが、真菌の感染症によって全滅してしまったのだ。気温が上昇すると、より多くのコーヒー産地が数百年前にリベリカが台頭するきっかけとなったさび病の影響を受けやすくなるだろう。

コーヒーが直面している状況は、まだそこまで差し迫っていないかもしれない。主要な2品種のなかにも、何百もの特徴的な味や性格をもつ変種が存在する。そしてステノフィラ種のように、アラビカ種を栽培できなくなってしまった場所でも栽培できる品種もある。「温暖化が進み、変動する気候のなかでもコーヒーを生産できるようにならなくてはなりません」と、キュー王立植物園のデイヴィスは指摘する。

わたしたちは、代わりになるものがなくなったときにしかものごとは変わらないという学びを、コーヒーの歴史から得ている。もしかすると、リベリカ種が輝く時代が到来したのかもしれない。

WIRED US/Translation by Maki Nishikawa/Edit by Naoya Raita)

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