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さらば「BMW i3」。“変化する未来”を先取りしたEVのレガシーは、こうして受け継がれる

BMWにとって初の本格量産EV「BMW i3」が、2022年6月30日に生産を終了した。電動化の未来を先取りすべく開発されたi3には数々の先進的な思想と技術が詰め込まれていたが、それは今後のBMWのEVに引き継がれようとしている。
Production line of BMW i3 in factory
Photograph: BMW

2008年初頭の水曜の午後。ドイツのミュンヘンにあるレンガ造りの建物に、少人数の人々が集まっていた。この建物は地域で最古の建築のひとつで、建築家のカール・シュヴァンツァーが手がけた「フォーシリンダービル」とも呼ばれるBMW本社ビルのそばにたたずんでいた。

この建物の室内では、BMWのシニアエンジニアのウルリッヒ・クランツが歩き回っていた。線が細く、額が出ていて生え際は後退しており、見るからに“教授”のような雰囲気を醸し出している。

当時のBMWの最高経営責任者(CEO)だったノルベルト・ライトホーファーはクランツに対し、モビリティを専門とする新しいシンクタンクの立ち上げを命じていた。このシンクタンクはバイエルンのこの巨大企業の記録には実質的に残されず、一部の選ばれた幹部にしか知らされていない存在だった。

関連記事:生産終了した「BMW i3」、その未来へのビジョンを象徴していたデザインのすべて(写真ギャラリー)

このときBMWのデザインは、すでに因習を打破するタイプのデザイナーであるクリス・バングルによって完全に刷新されていた。しかし、クルマの中身は、BMWの強みとして世界中のクルマ好きに支持されていた内燃機関と、大半の車種を占めていた後輪駆動のイメージが強かったのである。

マーケティングチームは、ブランドのメッセージを「究極のドライビング・マシン」から「高効率のダイナミクス」へと転換する作業を進めていた。しかし、ライトホーファーには、これがほんの始まりにすぎないことがわかっていた。ライトホーファーは、もっと向こうにあるまだ想像しえぬ未来、多くの人にとって想像できない未来を考えていたのだ。つまり、従来型のエンジンが絶滅した未来である。

部屋の中を歩き回っていたクランツが口を開く。非公式だったグループが「公式」なものになり、きちんと予算が与えられることになったというのだ。つまり、これで“陰の存在”から浮上できる。

グループの使命は、スポーツカーと巨大都市の移動手段としてのクルマに主眼を置いたBMWの電動モビリティプロジェクトを、何もない状態から構築するというものだった。プロジェクトの規模についてクランツは明言せず、「血と汗と涙が伴うだろう」と警告し、「離脱したい者は誰にでもその自由がある」と語っている。それでも離脱した者はいなかった。

「これが一生に一度のチャンスであることを、わたしたち全員がわかっていました」と、現在はBMW「i」シリーズのデザイン責任者を務めるカイ・ランガーは振り返る。当時のランガーは、才能に溢れる駆け出しの若者だったのだ。「巨大な船と並走するスピードボートに乗っているような気分でした」

BMW i3のデザインスケッチ。

Courtesy of BMW

そこまで昔のことのようには感じられないかもしれない。だが、当時の電気自動車(EV)をとりまく環境は、まだおおむね未開と言ってよかった。

テスラの「ロードスター」が生産に入ったばかりの時期で、大手自動車メーカーの取引先も一連のディスラプション(破壊的創造)を前向きに受け止めるような転換ができていなかった。ましてや、業界トップクラスのメーカーがまったく新しい完全なEVのシティカーやハイブリッドクーペの量産につながるプロジェクトに乗り出すことは、かなりの技術的なギャンブルだったと言っていいだろう。

BMW i3とi8。

Photograph: BMW

こうして生まれたのが、「BMW i3」と「BMW i8」だった。バイエルンの巨大な自動車メーカーに機敏なフットワークを与え、急進的な変化を受け入れながら相当額を投資するというBMWの意志を浮き彫りにしたクルマである。

記憶に残るコンセプトカーとしての発表を経て2013年に発売されたi3は、このほど生産を終了した。i3は時代を先取りしたクルマだった。あまりに先を行っていたので、ライバルが追いつくのを待たねばならなかったほどである。そして、いまだに追いついていないクルマも多い。

2012年 BMW i3のコンセプト。

Photograph: BMW

サステナブルなモビリティという夢

i3は物理的には小型車だったが、BMWの大局観を表したクルマだったと言っていい。それは「i」シリーズ全体の考え方への道を開いた存在だった。つまり、急速に進化する電気駆動システム、生産時における二酸化炭素と水の消費量の劇的な削減、生産工程における100%グリーンエネルギーの使用、さらにはデジタルサポートサービスの拡大に加え、車両生産のための軽量素材の開発にまで及ぶ“サステナブルモビリティ”を目指す総合的なアプローチだったのである。

なかでも軽量な素材の開発は、i3にとって重要だった。i3の重量と構造特性は、いまもなおEVとしては非常に印象的なものになっている。クランツにはわかっていたことだが、その“最適解”を解明することがi3の開発を成功に導く鍵だったのだ。

クランツはドイツ南東部にあるBMWのランツフート工場で社内の専門家たちと過ごし、EVの宿命でもあるバッテリーによる重量増に抗う方法を導き出そうと取り組んだ(i3のバッテリー容量は当初は22kWhだったが、その後は42.2kWhとなり航続距離も長くなった)。

その答えは、i3の巧みな構造にあった。「ドライブモジュール」と呼ばれる駆動部には、パワートレイン、シャシー、バッテリーを組み合わせている。居住空間を担う「ライフモジュール」については、BMWはCFRP(炭素繊維強化ポリマー)でつくることに決めた。

1981年にマクラーレンがF1で先駆けて採用し、現代においてもハイエンドなスーパーカーに使われている炭素繊維は、軽量で強靱だが生産方法が複雑で多額のコストがかかる。BMWは品質管理のために炭素素材のメーカーであるSGLに出資したほどだ。

これに対してi3の生産は、ベルリンから南東に100マイル(約161km)に位置するBMWのライプツィヒ工場で、ロボット173台と接着剤を用いて完全な自動生産で進められた。「i」シリーズは、新しい未来に向けた数十億ユーロ規模の“賭け”だったのである。こうしたエンジニアリングにおける目標によって、デザインチームも刺激を受けていた。自動車設計の常識やデザイン言語を、完全に自由に捉え直すことができるようになったのである。当初は解放感のあるほぼフリースタイルの設計プロセスだったと、ランガーは振り返る。

2013年モデルの「BMW i3」。

Photograph: BMW

「わたしたちは“メガシティカー”を開発するというタスクを与えられました。わたしたちにあったのは、ただそれだけでした。都市にはそれ以上は空間が増えないのに、ますます人口過密になっていました。それでは、モビリティをどのように変えられるでしょうか?」

「最も空間効率がよく面積が最小になる車体形状は、モノコック構造でした。宇宙船や従来型のクルマに近いものも描いてみました。ポジティブに見えるクルマを絶対に欲しいと思いました。SF映画はディストピア領域に踏み込むことも多いですが、デザインにもその力があります。デザインはアグレッシブになりすぎることもあります。実際のところフレンドリーなデザインよりも、そちらの方向に進むほうが簡単なのです。しかし、わたしたちは責任感と楽しさは両立できるということを伝えたかったのです。エンジニアチームとは驚くほど緊密に、非常にクリエイティブなかたちで取り組んでいましたから、炭素繊維というソリューションが出てきたときにはそれを採用して進めました」

これはクルマの構造部を露出するという、自動車業界において希有なアプローチへとつながった。「ドイツ人エンジニアによくあることなのですが、炭素繊維に決定したのに『この素材では不十分だ』と判断したのです。これは前向きな判断であり、正のスパイラルにつながりました。そうして当時は存在しなかった速乾性樹脂と、熱硬化とプレス成形を同時にこなす技術の発明に至ったのです。驚異的でした。これを発見したとき、わたしたちはこの発明を見せなくてはならない、隠してはならないと強く思ったほどです」と、ランガーは言う。

その結果はいまもなお新鮮で、時を超越した可能性を体現し、主張している。窓のラインのまとまりのなさはデザイン純粋主義者をいら立たせたが、インテリアの開放感を高めた。これも再考が促された点だった。

「統合させるコンポーネントが多いので、インテリアは先進的で破壊的にするほうがはるかに難しいのです」と、ランガーは言う。「i3は焦点の定まったデザインで、不格好なところがありません。わたしたちはカーデザイナーですから、クルマが心に与える影響も大切にしています。例えば、セグウェイのコンセプトは当時は新しく、技術的には感銘を受けましたが、人が乗る姿は間抜けに見えました。人をカッコよく見せるものにしたかったのです」

Photograph: BMW

自由な発想のデザイン

i3の外観デザインは韓国系米国人のリチャード・キムが手がけたものだ。彼は「i」チームに加わった時点で、BMWに入社してわずか4年だった人物である。キムは現在、モジュラー型EVのスタートアップであるCanooの最高デザイン責任者兼共同創業者を務めている。i3の経験を積んだことで、この役割を担う力がついたわけだ。

「ちょっとジャズのような感じがありましたね。少人数のチームで、全員が各自のパートをプレイしながら違った角度を提供し、ある時点でみんながひとつになってハーモニーが生まれるのです」と、キムは語る。「わたしがチームメンバーとして選ばれた理由のひとつは、わたしは自動車が大好きだけど、自動車のことで頭がいっぱいというわけではないからかもしれません。クルマのすべてのディテールを理解しているわけではありませんが、情報が足りないとは感じません。それでいいと思っています」

「でも、工業デザイン自体が大好きですし、問題解決も大好きです。『i』のプロジェクトは、i3がこうした状況を踏まえて必要ないかなるものにもなることを可能にしてくれました。それまでの遺産も歴史も、プロセスすらも統合する必要がありませんでした。わたしは直線や水平や垂直を大切にしたアイデアをつくりたかったのです」

そしてキムは続ける。「デザインは目的がすべてです。エンジンを積んだミッドシップのスーパーカーなら目的はエキサイティングであることですが、メガシティカーで重要なことは先進性であり、電動化やテクノロジー、そしてユーザーエクスペリエンスでした。そのためには、違ったツールやソリューションが必要なのです」

このプロジェクトにBMWは巨額を投資したが、それ以降は炭素繊維の利用を減らしている。それでもi3の“遺産”は、あちこちにあるのだとキムは言う。その意義は、クルマの存在自体を超えて波及しているのだ。

「数字や目の前の商業的実現性は、i3がブランドの長期的ビジョンに果たした役割と比べれば、さほど重要ではありません」と、キムは言う。「クルマのデザインをあらゆる領域でいかに前進させたのかを見れば、本当の投資効果がわかるでしょうね。それまでインテリアデザインやユーザーインターフェースは二次的なものでしたが、BMWはi3でこれらの存在感を高めました。i3の居住空間は、乗る人のエネルギーや不安レベルを管理し、バランスをとったのです。あらゆるものを落ち着かせ、本物の素材を巧みに用いていました。これらは本当の意味でのブレイクスルーをもたらし、チームが学んだことを活用して今後何世代にもわたってブランドを支えていけることでしょう」

BMW i3の生産が25万台目に達したときの生産ラインの様子。

Photograph: BMW

受け継がれるメッセージ

わたしたちは、i3に飽きることは決してなかった。実際にi3がたどってきた奇妙な道のりは、i3が生まれて以降のどの時点よりも、間違いなくこれから崇拝される存在になるであろうことを示している。

i3の総販売台数は25万台強だった。これはBMWが期待したほど多くはなかったが、すべての購入者がi3を大いに楽しんでいる。そして直接の後継モデルが出る計画はないものの、その影響は極めて大きい。

「i3の要素はすべてのBMWのプロジェクトに生きており、2025年の『ノイエ・クラッセ』(BMWが投入予定の次世代EVプラットフォーム)にも入ってきます。ですから、その役割は果たしたのです」と、ランガーは言う。「後継モデルを出したとしても、それは後継モデルにすぎません。ある問いに対する答えを出したのなら、再度答える必要があるでしょうか? わたしたちは別の問いを立て始めなければならないのです」

BMWの現在の開発責任者兼最高技術責任者のフランク・ウェーバーは、「i3は真のヒーローなのです」と総括する。

「BMWの取り組みに対して、いったい何人が『電動ばかりで、いったい何が起きたんだ? 実現するわけないだろう』と言ったことか。わたしが言うまでもないでしょうね。でも、それから年を追うごとにi3の生産台数は増えました。毎年のように魅力を増していったのです。そしていま最終モデルのi3を見ても、決して古びていません。i3は唯一無二のクルマであり、BMWのために大きな役割を果たしました。『未来は変化している』というメッセージを運んだクルマだったのです」

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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