「第1芸術」発「第9芸術」行き──通勤漫画家・座二郎は建築の文法を漫画にもち込む

地下鉄のなかで毎日漫画を描くという唯一無二のスタイルで知られる通勤漫画家・座二郎。『WIRED』日本版VOL.24で実在する建築を型破りかつ魅力的に描き出した彼が「WIRED.jp」で連載を開始する。漫画家だけでなく設計士としての顔ももつ座二郎が語った、「建築」と「漫画」の関係、そしてそこから見えてくる新しい世界とは。
「第1芸術」発「第9芸術」行き──通勤漫画家・座二郎は建築の文法を漫画にもち込む
座二郎は、通勤電車のなかで毎日漫画を描いている。

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誰も彼もがぼんやりとスマートフォンを触ったり友人と無駄話に興じたりしている地下鉄の車内で、ひとり黙々とペンを走らせている男がいる。その男、通勤漫画家・座二郎は、コラージュの上に重層的な空間を描くことで夢とも現実とも捉えがたい世界をつくることで知られている。

2016年の雑誌『WIRED』日本版VOL.24で「過剰都市からの手紙」として実際に3つの建築を訪れてくれた彼が、「WIRED.jp」でも建築を独自のスタイルで描く連載「座二郎の第9都市」を開始した。漫画家だけでなくゼネコンで働く設計士としての顔ももつ座二郎に、「第1芸術」と呼ばれる建築と「第9芸術」と呼ばれる漫画の関係、そしてその2つに秘められた可能性について尋ねてみた。

座二郎による「過剰都市からの手紙」(雑誌『WIRED』日本版VOL.24掲載)では、ジョン・ジャーディ、原広司、ロバート・ヴェンチューリによる東京の3つの建築物が紹介されている。

「第1芸術」の建築と、「第9芸術」の漫画

──座二郎さんはどうして電車の中で漫画を描く「通勤漫画家」として活動されることになったのでしょうか?

もともと自分でインターネットラジオを配信していて、そのなかの企画のひとつとして電車の中で漫画を描きはじめたのがきっかけです。昔から漫画は好きでしたし、以前活動していたバンド「安楽座」のCDジャケットも自分で描いたりしていました。バンドでは楽曲よりもジャケットを褒められることの方が多くて、当時は江戸時代とも現代ともつかない風景を描いていたのですが、すでにいまと同じような雰囲気の絵を描いていた気がしますね。

描いているうちに、ラジオより漫画のほうが注目されることが多くなってきました。40ページくらい描いたところで自分でもこれは面白いなと思って、新人賞に応募してみたらいきなり受賞してしまって。一点透視図法みたいな、建築的な技法を漫画と組み合わせたことが評価されたんだと思います。

ただ、そこで調子に乗ってしまって、編集者の言うことをまったく聞かず、結局ひとりになってしまったんです。それからは写真を撮ってみたり絵本をつくってみたり、いろいろなことに手を出してみたのですが、そこまで目立たず、でも漫画は描き続けていました。そのあと、突然編集の方からメールをいただいて出版社のウェブサイトで連載を始めることになり、現在の活動に繋がっています。

──普段は設計士として働かれているそうですが、そもそもいつから建築にかかわられているんですか?

高校生のときは物理学科に行きたかったのですが、第1志望の大学に落ちてしまい、たまたま建築学科に受かったので建築の道に進むことになりました。もともと建築にも興味があったのですが、大学2年生のときの授業で建築の裏側にある哲学みたいなものを知って、さらにグッと引き込まれてしまったんです。その授業には物凄く影響を受けていて、建築家としての生き方みたいなものだけではなく、クリエイターとしての姿勢を学んだ気がします。

ちょうどいま、そのころのことを漫画に描いているんです。当時は毎日授業で出される課題に取り組んでいて、クラスメイトに負けないよう必死に努力していました。大変だけどすごく楽しくもあって、あの日々はまさに青春の1ページだったと思います。

その原動力は何かといえば、「モテたい」とか「スクールカーストを勝ち上がりたい」みたいな、イケてるグループに対する憧れだったりするのですが…(笑)。いまでもセレブになりたいと思いますし、どうにかして自分を輝かせようとしているのかもしれません。

──漫画家としての座二郎さんは絵本をつくられたり英語版の準備を進めたりと活躍の場を広げていますが、本業の設計士としての仕事をどのように位置づけているのでしょうか?

建築の世界ではいつか堂々と「建築家」と名乗れるようになりたいと思っています。ただ、いまは規模の大きなゼネコンに勤めているので、自分の好きなように建築をつくれるわけではありません。純粋に自分の好きな建築と、普段設計している建築が別ジャンルにあるということを今回の連載で再認識しつつありますね。

でも、別のやり方もあるんじゃないかと思っています。たとえば、グラフィックによって新しい建築のヴィジョンを提示した人は過去にもいますし、自分なりのやり方で新しいものを提示できるチャンスはあるかもしれません。

去年、森アーツセンターギャラリーで開かれていた展示『ルーヴルNo.9〜漫画、9番目の芸術〜』を観に行って知ったのですが、フランスでは「漫画」が「第9芸術」と呼ばれているんですよね。それで、「第1芸術」が何かというと「建築」なんです。だから、座二郎としての活動を通じて、「第1」と「第9」を結びつけることができるんじゃないかと思っています。そういう意味でも、今回の連載は今後の活動の足がかりになるものかもしれません。

座二郎は、漫画道具すべてをクリアケースに入れて持ち歩いている。

建築は実際に行ってみないとわからない

──普段のお仕事ではコンピューター上で図面を描くBIM(Building Information Modeling)など、最新の技術を使って設計をされているそうですが、なぜ漫画を描くときは非常にアナログな手法を使っているんですか?

まず、単純にコラージュが好きなんですよね。もともと大竹伸朗さんの作品が好きで、漫画については彼から影響を受けている部分もあります。手触りを感じられるものが好きなんです。そして、これも大学時代に学んだことではあるのですが、CADでつくるよりも実際に手で模型をつくって写真を撮るほうが格好よく見えたりするし、形に残るもののほうが面白いなと思っています。そのほうが説得力があるというか。

建築に関しても同じで、もちろんBIMやCADは使うんですけれども、それだけだと単なる思考過程でしかない気がするんです。BIMやCADが面白いのはあくまでも実際に建物ができあがるからで、そこからアウトプットされた建築のほうが面白い。彫刻の概念図だけ見てもよくわからないのと一緒で、図面だけだと面白さがわからない。

──建築と図面、ということでいうと、今回の連載では現地を訪れて絵を描いていただいていますよね。やはり、実物を見て初めてわかることもありましたか?

それはありましたね。写真を見て描くこともできるんですけど、部分と部分の結びつきや空間のイメージを描こうとすると、カメラで撮れる解像度には限界がある。1枚の絵で1つの空間を全部描くなら実際に中を歩いてみないとわからないんです。

建築家の意図も図面だけじゃわからないと思いましたね。実際に行ってみないとわからないことがたくさんあって、それは建築が「第1芸術」と呼ばれることとも関係があるのかもしれません。

座二郎は、クリアケースを台にして、どこでも漫画を描くことができる。

本当にいい作品はものの見方を変える

──連載では、どんなものを描いていきたいですか?

築地市場のようにこれから変わってしまう施設だったり、ヒューマニズムに溢れるといわれる村野藤吾が手がけた多彩な建物を描いてみたいですね。建物に限らず、ゴールデン街のような飲み屋街だったり、箱崎ジャンクションや日本橋の高架のような構造物にも興味があります。[編註:「箱崎ジャンクション」が描かれた連載の第1回はこちらから。]

それと、銀座線が好きなので銀座線の駅も描いてみたい。東京の地下鉄って、深ければ深いほど歴史が浅くなるんです。いちばん古い銀座線がすごく浅いところを通っていて、新しい副都心線は深いところを通っている。そういうところも地下という空間の面白さだと思います。

それと、昨年の夏、岐阜の「養老天命反転地」に行って本当に衝撃を受けたので、この体験はどうにかして描きたいと思っています。ただ、養老天命反転地はさまざまな機能がすべて排除されてしまっているので、建築とは呼べないんですが…。普通の建築では許されない狭さの道があったりするし、とにかく作家がつくりたいインスタレーションのためだけに建築の規模で空間がつくられているような印象を受けました。

最初は何のためにこの道をつくったのかとか考えながら歩いていたんですが、炎天下のなかずっと歩いていたら、本当に夢を見ているような気分になってしまって。そこで半日過ごしたことによって、どこからが夢なのかわからなくなってしまった。世界の見え方が変わってしまったんです。

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──建築によって世界の見え方が変わってしまうということですか。

建築に限らず、本当にいい作品はものの見方を変えることができます。たとえば、『シン・ゴジラ』を見る前後で世界の見え方が違うと思うんです。ジェームズ・タレルの作品も空の見方や視覚のあり方を変えてしまいますよね。そして、そういった体験こそがアートの醍醐味だと思っています。

誰もやったことない、見たことのない表現が好きなので、そんな漫画を描きたいんです。いま建築的な技法を使って漫画を描いているのも、そのためのアプローチのひとつだといえます。たとえば、よく意識しているのは断面線です。建築では断面を描くとき切断された面を黒く塗るんですが、これって漫画のコマ割りと似てると思うんです。だから、あえてコマ割りの線と断面線を混ぜてみたりもします。

一点透視図法投影図法もそうですが、積極的に建築的な手法を使って漫画を描いてる人はあまりいません。だから、こうした手法を使うことで差異化を図れるし、誰も見たことのない絵を描くことができる。そうすることで、漫画を読んでから建築を見るとそれまでと違った印象を与えることもできるかもしれない。

何度も同じ場所に行っていると徐々に新鮮さは失われて、見慣れた場所になっていきます。たとえば、『WIRED』日本版のVOL.24で描いた六本木ヒルズもいまではすっかり見慣れてしまっていて、日常的な風景のひとつになっているので新しく感じられないですが、初めて旅行で来た人にはわたしたちと違ったふうに見えるはずですよね。自分の漫画が、見慣れた街を別の視点から見るツールになってほしいんです。たとえば、外国人旅行者の視点とか。だって、その方が旅行してるみたいで楽しいじゃないですか。

座二郎 | ZAJIROGH
会社員、漫画家、愛妻家。会社の行き帰りに地下鉄で漫画を描く「通勤漫画家」として制作を行い、コラージュの上に漫画を描くアナログなスタイルで夢と現実がないまぜになった都市空間を描く。2012年から『RAPID COMMUTER UNDERGROUND』を連載し、同年第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員会推薦作品として選出。2016年には絵本『おおきなでんしゃ』を上梓するなど活動の幅を広げている。現在「WIRED.jp」での連載「座二郎の第9都市」のほか、「座二郎の『東京昼飯コンフィデンシャル』」を連載中。


漫画家が建築と想像の狭間から都市の未来を描く新連載「座二郎の第9都市」!

第1芸術といわれる建築と、第9芸術といわれる漫画。対照的な2つのジャンルを漫画家・座二郎は人生を賭けて往還してきた。建築と漫画の狭間から、都市の未来が浮かび上がる!


PHOTOGRAPHS BY KENTARO TAKAHASHI

TEXT BY WIRED.jp_IS