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第94回米アカデミー賞の最重要部門、作品賞の候補作が8日発表され、広島県内でロケが行われた映画「ドライブ・マイ・カー」(濱口竜介監督、179分)が、邦画として初めてノミネートされた。ロケに協力した関係者らは「復興した広島を世界に発信できる」と、歴史的快挙を喜んでいる。(木村ひとみ)
「出た!」
「ドライブ・マイ・カー」は村上春樹さんの短編小説が原作で、主演は西島秀俊さん。全編の3分の2が広島市中区の平和記念公園など県内で撮影された。
ロケに全面協力した広島フィルム・コミッション(FC)の西崎智子さん(55)は、発表の瞬間を自宅のパソコンで見守った。最初に「脚色賞」で、画面に題名が紹介された瞬間、思わず「出た」と声を発した。その後、ノミネートが続き、拍手して祝福。「映画のおかげで、復興した美しい広島を知ってもらえる」と期待する。
広島FCによると、これまで世界的に有名な広島ゆかりの映画は、被爆間もない広島を舞台にした「ヒロシマ・モナムール」(1959年、日仏合作)。西崎さんは、各国の監督らと広島ロケの受け入れの交渉をする際、映画の影響で、いまだに広島をモノクロの廃虚というイメージで捉えている人が多いことをもどかしく思っていた。
広島を選んだ理由
「なぜ広島をロケ地に選んだのか」。西崎さんによると、昨年のカンヌ国際映画祭で濱口監督が脚本賞を受賞した際、海外のマスコミからの質問はその点に集中したという。
昨年11月、広島市で開かれた濱口監督のトークショーで、西崎さんが司会を務めた際、濱口監督は「『ドライブ・マイ・カー』は妻を亡くした男性の再生の物語。原爆という傷から復興した広島は物語のコンセプトにぴったり」と理由を述べた。
ロケ地がセリフに影響を与えた部分もある。西崎さんは一昨年9月、広島市環境局中工場(広島市中区)を案内。瀬戸内海沿いに立つ同工場は、原爆ドームと原爆死没者慰霊碑を結ぶ直線「平和の軸線」上にある。西崎さんは濱口監督に「直線を妨げないよう、2階に吹き抜けの通路がある」と説明。映画では、出演者が工場をお気に入りの場所として紹介。「平和の軸線」がセリフになっており、びっくりしたという。
西崎さんは映画スタッフをロケの候補地に案内する際、被爆地・広島の歴史を必ず説明する。濱口監督はしっかり受け止めてくれたという。「ぜひ作品賞を受賞して正しい広島の姿を世界に伝えてほしい」。来月27日の発表に向け、西崎さんの夢が広がっている。
ファン「絶対作品賞を」…映画館に列
映画配給会社によると、映画は昨年8月の公開以来、県内では、延べ7館で上映された。現在は八丁座(広島市中区)、呉ポポロ(呉市)など4館で上映中。11日以降、更に5館(9日時点)で上映される。
八丁座では9日、朝から長い列ができ、午後1時40分からの部はほぼ満席に。鑑賞した広島市東区の主婦(62)は「見慣れた広島の景色がたくさん出てきてくぎ付けになった。絶対作品賞を取ってほしい」と興奮気味に話した。ロビーでは、ロケ地の写真が飾られ、観客が見入っていた。
濱口監督「広島が導いてくれた」
濱口監督は9日、ビデオ会議システム「Zoom」を使って記者会見を開き、「広島が与えてくれたものは限りない」と被爆地・広島が作品にもたらした影響に触れ、「ぜひもう一度広島で映画を撮りたい」と笑顔で語った。
濱口監督は「ものすごく傷ついた人間がどうにかして希望を見つけようとしていくという物語。『広島という場所が(映画を)力づけ、導いてくれる』という感覚をどんどん持つようになった」と撮影を振り返った。また、瀬戸内の風景について「光線が透き通っている印象」と魅力を語った。