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『「新」怪奇現象41の真相』
[著]ASIOS
[発行]彩図社
【シンクロニシティか? 予知能力か?】
伝説
1912年4月14日、イギリスのホワイト・スター・ライン社が建造した、当時世界最大の豪華客船タイタニック号は、処女航海でイギリスのサウサンプトン港からニューヨークへと向かう途中、北大西洋上で氷山と衝突して沈没、約1500人の乗員乗客が犠牲になった。この悲劇は何度も映画化されて有名である。
この事件を正確に予言していた小説がある。1898年に出版されたモーガン・ロバートソン(※①)の『愚行Futility』だ。この小説の中に出てくる客船の名はタイタン号。史実のタイタニック号と同じく、氷山とぶつかって沈没する。
驚くべきことに、タイタン号とタイタニック号は名前だけではなく、細かいスペックや事故の模様までそっくりなのだ。
不気味なほどの類似ではないか。どちらの船も「絶対に沈まない」と言われており、救命ボートの数は乗客の数に比べて足りなかった。そのために多くの犠牲者が出たのだ。
これはシンクロニシティ(※②)なのか? それとも作者のロバートソンには予知能力があったのだろうか?
真相
●『愚行』はどんな小説か?
この『愚行』、長らく日本では読めなかったのだが、2011年、「Studio120」という同人サークルが、著作権が切れていたこの小説を翻訳出版してくれた。おかげでようやく実物に触れることができた。客船の事故を描いたシリアスな小説を想像していたのだが、実際はかなり荒唐無稽で、笑ってしまうような話だった。
この小説の中のタイタン号は、霧の中を全速で航行していて、氷山に乗り上げ、横転してしまう。なぜ霧の中なのに全速だったかというと、タイタン号が他の船に衝突する場合、「半速であっても相手の船を破壊してしまうだろう」「タイタンの方はペンキの塗り直しで修復できる程度の被害ですむ」という理由だ。とてもありそうにない話である。
実際、タイタン号は氷山に衝突する前、小さな船と衝突して沈めている。その事故に気がついたのは船長と数名の船員だけ。彼らはその事故を隠蔽しようとする。
主人公はローランドという船員で、船が横転したため、幼い少女とともに氷山の上に投げ出される。すると氷山の上に棲むホッキョクグマ(※③)が襲ってくる。ローランドは左腕を噛まれて骨を砕かれ、肋骨も折られるが、残った右腕を使ってナイフ1本で巨大なクマを殺害。さらに自分で布を裂いて三角巾を作ったり、クマの毛皮を剥いだり、少女のために服を作ってやったりする。
実は巨大客船の沈没はこの小説の主眼ではない。タイタン号の氷山との衝突と転覆、大勢の乗客の死は、翻訳ではたった2ページほどであっさり語られるだけなのだ。ストーリーの大半を占めるのは、氷山の上でのローランドのサバイバルと、救出された彼に罪をなすりつけようと企む船長たちの陰謀なのである。
●違っている点も多い
1898年、最初に『愚行』が出版されたときは、まったく話題にならなかった。1912年にタイタニック号の事故が起きると、ロバートソンはそれを『タイタンの遭難 または愚行The Wreck Of The Titan Or, Futility』と改題して、その年のうちに復刊した。その際、実際のタイタニック号に合わせて一部が書き改められている。たとえば1898年版では、タイタン号の排水量は「4万5000トン」になっていたが、1912年版では、現実のタイタニック号の排水量(5万2310トン)に比べて小さすぎると思われたのか、「7万トン」に変えられている。
タイタニック号とタイタン号の事故は、一致点だけを列挙していくと似ているように見えるが、違っている点も多い。タイタニック号は処女航海でイギリスからアメリカに向かう途中で沈没したが、タイタン号は3回目の復路(※④)でアメリカからイギリスに向かう途中だった。ネットに拡散している情報では、タイタン号は(タイタニック号と同じく)右舷が氷山と接触したことになっているが、実際は氷山に真正面から乗り上げ、右に横転している。タイタニック号が沈没するのは氷山に衝突してから2時間40分後だが、タイタン号は氷山に乗り上げてすぐに横転して沈没した。タイタニック号では2224人の乗員乗客のうち710人が生き残り、1514人が死亡(※⑤)したが、タイタン号では生存者はわずか13人(※⑥)で、約3000人の乗員乗客のほぼ全員が死亡。つまり犠牲者数が約2倍も違う。
●小説家の空想と考えても不思議はない
そもそも1898年という時点では、客船の大型化が進んでおり、10数年後にタイタニック号のような大型客船が完成するだろうということは、船に詳しい人間なら容易に予想できただろう(ロバートソンは元船乗りだった)。空想上の近未来の客船のスペックが現実のタイタニック号に近かったとしても不思議はないし、その巨船に神話上の巨人を意味する「タイタン」という名(※⑦)がつけられるのも、おおいにありそうなことだ。
また、潜水艦の魚雷攻撃(※⑧)などというものがまだなかった時代、大型客船の突然の沈没の原因として、氷山との衝突を想定するのも自然なことである。乗員乗客の数に対して救命ボートが足りないのも、この時代には普通のことで、むしろタイタニック号の悲劇がきっかけで安全対策が見直されたのだ。
ロバートソンは1914年、「スペクトルのむこうにBeyond the Spectrum」という作品も書いており、これも「Studio120」が翻訳した同人誌を出している。当時流行していた日米架空戦記もの(※⑨)で、日本軍が人間を失明させる紫外線兵器でアメリカ軍の艦船を攻撃してくるというストーリーである。その後の太平洋戦争とはまったく一致しておらず、予言的な要素は見られない。ロバートソンは他にも多くの小説を書いているが、『愚行』のように現実の事件を予言していたようなものはないようだ。
(山本弘)
■参考資料:
H・ブルース・フランクリン『最終兵器の夢』(岩波書店、2011年)
モーガン・ロバートソン『タイタンの遭難 または愚行』(Studio120・同人誌、2011年)
モーガン・ロバートソン『スペクトルのむこうに』(Studio120・同人誌、2011年)
DVD『世にも不思議な物語2』(コスミック出版、2012年)
Encyclopedia Titanica(http://www.encyclopedia-titanica.org/)
TIME/Author 'Predicts' Titanic Sinking, 14 Years Earlier
(http://newsfeed.time.com/2012/04/14/author-predicts-titanic-sinking-14-years-earlier/)
「Titanic-Titanic.com」(http://www.titanic-titanic.com/index.shtml)
「History On The Net/The Titanic – Futility」(http://www.historyonthenet.com/Titanic/futility.htm)
※①モーガン・ロバートソン
(1861~1915)
アメリカ人。父親は五大湖を運行する船の船長で、モーガンも16歳で船乗りになった。10年間を船乗りとして暮らし、その後、宝石加工師に転職。小説を書きはじめたのは36歳の時だが、小説家としては成功しなかった。
※②シンクロニシティ
心理学者のカール・ユングが提唱した概念で、「意味のある偶然の一致」のこと。ユングは人間の無意識は深層でつながっており、偶然のように見える出来事も互いに影響し合っていると唱えた。
※③ホッキョクグマ
白い体毛に覆われているためシロクマとも呼ばれる。肉食で、主にアザラシなどを食う。成長したオスは400キロ以上もあり、とても人間がナイフ一本で倒せる相手ではない。
※④3回目の復路
この出来事がTVシリーズ『世にも不思議な物語』(1959)第2話で語られた際、ホストのジョン・ニューランドは、誤ってタイタン号も処女航海だったと解説している。
※⑤1514人が死亡
資料によって犠牲者数に差があり、1496人としているものもある。
※⑥生存者はわずか13人
船長、一等航海士、甲板長、7人の船員、女性客1人、それにローランドと少女である。
※⑦「タイタン」という名
タイタンは元素名の「チタン」と同じく、ギリシア神話の巨人族ティーターンに由来する。Titanicと形容詞にすると、「タイタンのような」「巨大な」という意味になる。
※⑧潜水艦の魚雷攻撃
タイタニック号の悲劇から3年後の1915年5月7日、イギリスの客船ルシタニア号がドイツ海軍の潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈没、1198名が死亡している。
※⑨当時流行していた日米架空戦記もの
この時代、日本とアメリカの架空の戦争を描いた小説には、マースデン・マンソン『黄禍との戦い』(1907)、ロイ・ノートン『消える艦隊』(1908)、アーネスト・H・フィッツパトリック『迫り来る諸国の戦争』(1909)、ホーマー・リー『無知の勇気』(1909)、ジョン・アルレット・ギージー『すべて祖国のために』(1915)などがある。