07/02/02
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■ 住肉胞子虫のヒト感染症について
【質問】
 トキソプラズマ原虫症は良く知られていますが, 住肉胞子虫による食中毒, 出血性大腸炎, 下痢症はあまり知られていないようです。馬刺しによる食中毒の大半はこの原虫症ではないかと疑っている獣医がいるとも言われています。

 そこで, 住肉胞子虫Sarcocystis fayeri によって人が発症した場合の臨床症状および確定診断にいたるまでの臨床検査について御教示下さい。どうぞよろしくお願いします。

【回答】

 サルコシスチス (ザルコシスチス) に関するお問い合わせですが, 実は私もよく知らないのです。 私自身は相当多くの種類の寄生虫に関わってきた経験をもっていますが, ザルコシスチスに関しては過去に一度だけ取り扱かった経験があるだけで (数年前にヒトの糞便からSarcocystis hominisのスポロシストを検出したことがあります: 写真添付), 誰かが研究していたという話も聞いたことがありません。ただ, 質問の対象がSarcocystis fayeriであり, ヒトに見られる症状と診断・検査法ということですので, この機会に少し参考書や文献に当たってみました。

 本原虫にヒトが感染した場合の症状: S. fayeri (中間宿主はウマ, 終宿主はイヌと書かれています) の病原性に関しては“???”を付けているものがあり, 必ずしもよくは知られていないようです。最近の教科書を見てみると, ザルコシスチスは10種が知られており, S. hominis (中間宿主はウシ, 終宿主はヒト) の症状に限って示しますと, 食欲不振, 下痢, 腹痛があるが, 実験的に感染牛肉をヒトに与えたところ, 9〜179日間オーシストが排出されたが, 症状は示さなかったそうです。

 ザルコシスチスがヒトに感染した場合の確定診断法: ヒトを終宿主とする種 (S. hominisS. suihominis) か否かによって異なります。前者の場合, 添付写真のようなスポロシスト (通常はこれが2個くっついて, それに膜をかぶっている形態を呈し, オーシストと呼びますが, オーシスト膜は容易に壊れるので通常の糞便内にはこのように半分のものが現れます) が検出されますので, この形状を詳しく観察すれば, 形態だけで (サイズが違います) 属の決定は可能かと思います。一方, ヒトを中間宿主とする種が感染した場合, 筋肉内の幼虫の集合体(sarcocyst: 肉胞子)の薄切染色標本を作って観察するか, 電顕を用いることになります。S. fayeriの診断は, 酵素抗体法 (Clin Diagn Lab Immunol, 2005, 12, 1050〜1056) を使ったり, 組織学的な検討 (J Vet Diagn Invest, 1990, 2 342〜345)がなされているようですが, 容易でないと思います。

(神戸大学・宇賀 昭二)

【回答に追記】
 CTスキャンやMRIで筋肉内のsarcocystを検出した, 血液の好酸球増多が役に立つといった記載もあるようです。

(琉球大学・山根 誠久)


【質問者からのお礼】
 大変お忙しい中にも御教授を頂き誠にありがとうございました。馬刺しを食中毒の原因食と疑った場合は, 人糞便中のスポロシストも注視していきたいと思います。また, 過去の疑いの臨床例からは好酸球増多が鑑別点と認めます。
なお, 国内の馬刺しのほとんどは外国産の馬を短期間に日本国内で飼育したものであって, ある獣医の文献によれば約7割がS. fayeriに感染しているとの報告もあるようです。今後, 食品の輸入品目の増加などから動物由来感染症が増加するものと思われ, 感染症の領域が獣医学の領域と深く関係してきており, 食の安全の観点からも, 臨床検査学と獣医学が常に連携をもつ必要性を深く感じています。


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