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【虎番疾風録(21)】
聞きしに勝るやりにくい球団
『聞きしに勝る、やりにくい球団』。担当2年目ではあったが、この言葉は何度も耳にしていた。〈ほかの球団と、どこがどう違うんやろ〉新米記者にはまだ理解できなかった。
この年、監督問題で揺れていたのは阪神だけではなかった。9月18日、最下位で低迷していた横浜大洋が、前年の55年に巨人を退団し、1年“浪人”していた長嶋茂雄の「監督招聘」を高らかに打ち上げたのである。
「長嶋さんならウチをきっと強く、人気のあるチームにしてくれる。どうしても長嶋さんを迎えたい」
17日に大リーグ視察を終えて帰国した長嶋の元へ、翌18日に大洋漁業本社の中部藤次郎社長が“特使”を派遣。正式に招聘の意思を伝えた。大洋が初めて長嶋にラブコールを送ったのは6月上旬。それから3カ月後の再アタックだった。
もちろん、長嶋が「二浪」に気持ちが傾いているのは百も承知。それでもあえて、帰国後即、交渉へ移ったのは、長嶋への“誠意”を示すためだった。
〈さすがに阪神が長嶋さんを獲(と)りにはいかんわなぁ〉東京の編集局から送られてくる原稿を見ながら、ため息しかでなかった。 (敬称略)