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2017年2月6日(月)

“ロヒンギャへの人権侵害”~高まるスー・チー氏批判

去年(2016年)3月、半世紀以上続いた軍事政権から転換を果たしたミャンマー。
アウン・サン・スー・チー国家顧問が、民主化路線の先頭に立って新しい国づくりを着実に進めています。
しかし今、そのスー・チー氏が窮地に立たされようとしています。



少数派のイスラム教徒、「ロヒンギャ」への人権侵害に対する国際社会からの圧力が高まっているのです。
民主化が進む中、なぜ人権侵害が見過ごされているのか。
ミャンマーのロヒンギャをめぐる問題について専門家とともに考えます。

ロヒンギャの人々 なぜ問題に?

香月
「けさは、ロヒンギャの人権問題について研究されている学習院大学法学部教授の村主道美さんにお話を伺います。
まず、この問題はスー・チー氏の立場を揺るがしかねないとも言われていますが、今なぜ、ここまで注目されているのでしょうか?」



学習院大学 教授 村主道美さん
「いわゆる民主化の過程の中で、非常に過激なナショナリズムも生まれ、また、それが仏教と結びついたこともあり、ヘイトスピーチもたくさん出回るようになり、それが多数派、少数派につながってくるということが問題の核心ではないかと思います。」

香月
「民主化というか、自由になったことで、そういうことが広がったということですね。」

学習院大学 教授 村主道美さん
「はい。
ミャンマーの状況ではそうなる可能性があったということですね。」

香月
「さらに詳しくお話を伺う前に、そもそもロヒンギャの人たちとはどういう人たちなのか。
そして、これまでどういう経緯があったのかについて、藤田さんからです。」

藤田
「ロヒンギャは、ミャンマー西部、バングラデシュと国境を接するラカイン州に住む人たちです。
国連の推計では、ミャンマー国内におよそ80万人いるとみられています。
人口の8割以上が仏教徒を占めるミャンマーでは、少数派のイスラム教徒です。
ミャンマーは135の民族が暮らす多民族国家です。
しかし、ミャンマー政府はロヒンギャをミャンマーの民族の1つとして認めておらず、135の民族に含まれていないのです。」

ロヒンギャの人たちは『不法移民』として国籍を与えられず、不当な扱いを受けてきました。

1978年と91年には、軍事政権が大規模な迫害を行ったことで数十万人が国外に避難する事態となりました。





2011年にミャンマーが民主化された後も、政府はロヒンギャへの引き締めを継続。
2年前には、国外へ密航した数千人がインドネシアやマレーシアに漂着して保護される事態も発生しました。
そして、去年10月。



ロヒンギャの武装勢力
「世界中のロヒンギャの同胞たちよ、今こそ聖戦に立ち上がれ!立ち上がれ!」




ロヒンギャの武装勢力が警察署や軍の部隊を襲撃。
兵士など14人を殺害する事件が発生し、ロヒンギャと当局側との対立が表面化しました。
これに対してミャンマー政府は、「テロ組織」の掃討作戦としてロヒンギャへの取り締まりを強化。



警察官が無抵抗のロヒンギャの人を繰り返し殴る映像などが、インターネットに流出する事態になっています。

この状況に対して、周辺国などでは人権侵害を非難する声があがります。

3日には国連の調査団が報告書を公開し、国際社会が連携し、状況の改善をミャンマー政府へ強く求めるよう訴えました。」

国籍認められないロヒンギャの人々

香月
「ロヒンギャが『ミャンマー政府が認める135の民族に含まれない』とありましたが、これはどういうことなのでしょうか?」

学習院大学 教授 村主道美さん
「もともと、ミャンマーではイギリス植民地勢力の到来以前からどのような人々がこの国に住んでいたかということで国民を考える傾向が強かったのですが、1982年の国籍法にある135の民族の中に、結局ロヒンギャの人々は入らなかったということだと思います。
その時点に至るまでは、ほかの国民同様の権利を享受してきたロヒンギャでしたが、これを契機として不法入国者、不法滞在者というレッテルを被ってしまったということだと思います。」

ロヒンギャ 人権侵害の実態

香月
「ロヒンギャとミャンマー側は、どういった点で対立しているのですか?」

学習院大学 教授 村主道美さん
「ロヒンギャから考えてみると『ラカイン州は自分たちの故郷だ』という考え方になるのに対して、それに反対する側から考えると『あなたたちはバングラデシュから来た不法移民なのです』という考え方になるのだと思います。」

香月
「あとから入ってきたのか、最初から住んでいたのかという論争、対立があるということですね。」

学習院大学 教授 村主道美さん
「はい。」

香月
「それと、宗教の違いというのもあるんですよね。」

学習院大学 教授 村主道美さん
「宗教としてはもちろん、イスラム教なわけで、今のミャンマーは仏教の国であるわけで、仏教という観点から自分たちの国民を定義する傾向が強くなって、それに反するロヒンギャの人たちがターゲットになっているということだと思います。」

現地で見たロヒンギャの暮らし

香月
「ロヒンギャの人たちは現在、どのような暮らしをしているのでしょうか?」

学習院大学 教授 村主道美さん
「彼らは特に移動の自由が制限されているというのが問題で、ほかの国民にはない色々な制限を受けています。
私が訪ねたキャンプなどでも、職業選択の自由などの制限を被っています。」

藤田
「村主さんは去年、ロヒンギャの人々が隔離されているキャンプに調査に行かれたそうですね。」

学習院大学 教授 村主道美さん
「私が訪ねたのは、ラカイン州都・シットウェーにある7.8キロ×5キロくらいの非常に巨大な土地で、そこに14万人程度が住んでいます。」

香月
「その施設、キャンプからは出られないんですか?」

学習院大学 教授 村主道美さん
「原則として出られないということになります。
重病人などは例外的に出ることが許される場合があります。」

香月
「そうすると、どうやって生活しているんですか?」

学習院大学 教授 村主道美さん
「中には農地などもあるわけなんですが、大体の人は国際機関からの食料援助に頼って生活しています。」

香月
「こちらは村主さんが撮影された映像ですね。
掘っ立て小屋というか、仮の建物という感じですね。」

学習院大学 教授 村主道美さん
「そうですね。
台風が来たらすぐに壊れてしまいそうな建物です。

今映っているのは病人の人ですね。」

香月
「キャンプ内で、商売をする人はいるんですか?」

学習院大学 教授 村主道美さん
「キャンプ内で作っているはずがないものも中では売られたりしていて、それはキャンプの外のロヒンギャではないラカイン人とビジネスをしているということだと思います。」

香月
「おそらく、14万人もいると子どももいると思うんですが、例えば学校みたいなものはあるのでしょうか?」

学習院大学 教授 村主道美さん
「中学以上の学校というものはなくて、小学校はあるものの、非常にクラスが大勢になりすぎてしまったり、良い先生はすぐにお給料の関係でNGOに引き抜かれてしまったりして、非常に教育は危機に陥っていると言えます。」

香月
「キャンプで子どもたちが描いた絵があるんですね。」

学習院大学 教授 村主道美さん
「これはアメリカの人権活動家で、私の友人のノラ・ロレイさんという方がいて、その方が2013年にキャンプを訪ねたときに、子どもたちに『あなたたちはなぜ家を離れてここに来たのですか』という質問だけをして自由に絵を描かせたんです。
これで何が分かるかというと、2013年に起こった暴力の波の時に、お坊さんとか、警察とか、一般のラカイン人とかが、いわば協力して集落を襲撃していて、火炎瓶などが事前に準備されていたり、そのほかの武器も準備されていた。
それで、警察は仲裁するどころか、ロヒンギャに向けて銃弾を発射していて、逃げ惑うロヒンギャを銃口で一定の方向に誘導したということが、この子どもたちの絵から分かります。
これがどういうことにつながるかというと、彼らはどういう状況で自分たちがこのキャンプに来たのか、衝突があってここに来たというよりは、むしろ一定の計画に従ってここに誘導されたと考えているということだと思います。」

ロヒンギャ問題 スー・チー氏の対応は

香月
「子どもが素直に描いた絵なので信ぴょう性も高いですし、びっくりするのは僧侶もいるし警察も加担していることだと思うんですが、われわれからすると、人権派のスー・チー氏への期待もあったと思うが、いまひとつそれには応えられていないようです。」

学習院大学 教授 村主道美さん
「そうですね。
彼女には期待が高かっただけに、人々の彼女への失望感も非常に大きかったということだと思います。」

香月
「腰が引けているということでしょうか?」

学習院大学 教授 村主道美さん
「選挙の前について考えるのであれば、仏教徒の支持なくして選挙に勝てないということがあるし、その後のことを考えてみると、拡大してしまった仏教徒の勢力を、彼女がもはやコントロールできていない。
それから、宗教間の対立を超えて調和しなければならないという意見もありますが、彼らがヘイトスピーチほどの言論の自由を与えられていない。
そしてスー・チー氏が、もともと憲法上の軍に与えられている権限が強すぎて、この種の問題に対応する十分な力を持っていなかったということもあると思います。」

香月
「スー・チー氏でも解決できないロヒンギャ問題、今後、この問題の解決への糸口はあるのでしょうか?」

学習院大学 教授 村主道美さん
「そこがこの問題の非常に難しいところで、事態は楽観を全く許さないということだと思います。
四面楚歌ということで、非常にゆっくりと事態が進行していくので、例えば94年のルワンダ虐殺のような大規模な犠牲者を出さないで持続した場合、国際社会は人権問題よりも、むしろミャンマーの開発による利益の方向に目を向けがちになるのではと考えられます。
しかし、スー・チー氏はロヒンギャを失望させてはいますが、ロヒンギャからしても彼女以外に誰に期待できるかという問題もあり、スー・チー氏の時代に問題が好転しなければ、次の時代にこの国とこの問題はどうなるのかということを考えなければならない時期にきていると思います。」

香月
「やっぱりスー・チー氏に期待するしかないということなんですね。」

学習院大学 教授 村主道美さん
「残念ながら彼女に期待するしかないということなんですが、実際に彼女が行ってきた諮問委員会を作るということも、その中には非常に過激な思想を持っているメンバーも含まれていたりして、その諮問委員会がどれくらい機能できるかということは未確定だと思います。」

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