前編】一コマ漫画ににじみ出る、芸歴13年の「漫才」

ピン芸人・タナカダファミリアとして活動している田中光さんが、自身のTwitter上で発表して、話題になっていたシュールな一コママンガ『サラリーマン山崎シゲル』。万を持して単行本化された本作ですが、芸人である田中さんがどうして一コマ漫画を書くようになったのでしょうか。美大を中退して、お笑い芸人を志された頃から、じっくりとお話を伺いました。

サラリーマン山崎シゲル (ポニーキャニオン)
『サラリーマン山崎シゲル』
田中光/ポニーキャニオン/1296円
あらすじ:上司の机の引き出しにご飯とおかずをぎっしり詰め、食パンに乗って通勤、疲れた部長にコーヒー缶ならぬサバ缶の差し入れ。そして、時にはキャッチャーや2塁ランナー、UFOを拾ってくる……。そんなサラリーマン・山崎シゲルが部長相手に繰り広げる異常な日常を描いたシュール系一コマ漫画!

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自分の漫才を「漫画」のなかで表現してみた

— Twitter上で一コマずつ公開されて以来、ネットを中心に話題になっていた『サラリーマン山崎シゲル』ですが、単行本で通して読んだら、やっぱりおもしろかったです!

田中光(以下、田中) ありがとうございます。そう言っていただけるとうれしいですね。

— 田中さんは本業がお笑い芸人なんですよね。この本で田中さんを知った人からしたら、まさに「彗星のごとく現れた新人ギャグ漫画家!」と思った人も多かったんじゃないでしょうか。

田中 そうですね。僕のネタはこれまでアウトプットのしかたがコントか漫才しかなかったんです。もちろん、イラストを使ってフリップ芸的にお笑いをやることもありましたけど、でもそれはあくまで一部のお笑いファンの方々にしか見てもらえていなかった。今回「絵」という形で発表してみたら、いろんな層の方から反響があって、びっくりしました。

— 一コマ漫画にしたことで、見てくれる層が広がったということですかね。

田中 そうですね。イラストは1枚の絵なのでパッと視覚に入るじゃないですか。だから、コントや漫才に比べて伝わりやすい。『山崎シゲル』を描いてみて、「僕にとっては、イラストはすごくいいお笑いの表現方法やったんやな」と思ってます。

— たしかに、この『サラリーマン山崎シゲル』を読んでいると、コントのネタがそのまま1コマの漫画に再現されているような印象を受けました。

田中 もともと僕は落書きとか視覚的なイメージからコントを作ったりすることが多かったんですよ。たとえば、「あぁ、天狗の鼻をちぎって食うやつがいたらおもしろいなぁ」「ちぎられた自分の鼻を目の前で食べられたときの天狗のリアクションってどんなんなのかなぁ」とか。

— すでに漫画の絵が浮かびそうです! この漫画は、基本的に山崎シゲルと部長のやりとりで構成されていますが、2人の掛け合いが本当に絶妙ですね。山崎シゲルの奇行を、部長がものすごく優しく受け止めるというか……。さらっと流しているけれども、愛がある感じがすごくします。

田中 確かに、部長と山崎シゲルのやりとりを描く上においては、一貫して「柔らかさ」を大事にしているかもしれないです。「まるでBLみたいだ」という声も一部でありますが(笑)。

— 「柔らかさ」ですか。

田中 最初に組んでいたお笑いのコンビの漫才も、実はこういう感じだったんですよね。ボケが変なことをいっても、ツッコミは激しく突っ込まないでちょっと流す感じ。コンビ時代は、まさにこういう感じのネタの漫才を描いていたんです。

— いつも変なことをする山崎シゲルの設定が「サラリーマン」というのがすごくシュールでハマっていますよね。

田中 もともと、設定をサラリーマンにしたのはめちゃくちゃ単純な理由で、なにか一コマ漫画を描くならテーマを絞ったほうがいいだろうな、と思ったんです。そこで、じゃあ誰をモデルに描こうかと思った時に、最初にパッと思い浮かんだのが、ギャルとサラリーマンの二択だったんですよ。

— じゃあ、ギャルが主人公だった可能性もあるんですね。

田中 でも、ギャルってすでにむちゃくちゃをやっていてもおかしくない雰囲気があるじゃないですか? あ、いやもちろん今のギャルの女の子たちは、とっても良い子ばかりで変なこととかしないかもしれないんですけれども……。

— たしかに、ギャルは常に新しい文化を生み出す存在ですからね。

田中 そうなんです。ギャルだとちょっと変なことでも「やりかねないな」と思ってしまってギャップがない。そう考えたときに、「じゃあ、お硬い感じの真面目そうな人がむちゃくちゃなことをやっていたほうがおもしろいだろうな」と思って。実際は若い人からのほうが反響はあるんですけれども、もっとサラリーマンの人にも読んで欲しいですね。


漫画を描くきっかけはピース・又吉さんの一言だった

— 「漫才の世界を漫画にしてみよう」と思ったきっかけはなんですか?

田中 ピースの又吉さんと話をしているときに、「芸人もなにか武器をもたないとアカン」っていう話をされたのがきっかけですね。お笑いの世界って、本当におもしろい人があふれているんですよ。それでも売れてない人がいっぱいいる。そんななか、たしかに又吉さん自身も、お笑いでおもしろいのはもちろんなんですが、ファッションだったり、文学だったり、サッカーだったり、ものすごく多彩な分野に精通しているんです。

— たしかに、又吉さんはいろんな「武器」をお持ちですよね。それでそのとき田中さんにとって「自分の武器になる」と思ったのが美大でつちかった画力だったんですね。

田中 僕も音楽とか古着とかバイクとか、好きなものはいっぱいあったんですけれども、どれも趣味の延長で「特技」と言えるほどのものではないんですよね。そんなときに「あ、大学時代に絵を描いていたんだから、絵なら描けるかもしれない」と思って、「山崎シゲル」を描き始めたんです。

— Twitterをツールとして使おうと思ったのには、理由はあるんですか?

田中 ライブで表現しようと思っても、ライブは毎日できるわけじゃないけれども、Twitterだったら毎日アップしていくこともできますよね。そしたら、Twitterを見て毎日「フフッ」と笑ってくれて、それをきっかけにライブに来る人も増えるかもしれないなぁと最初は、「お笑いのプロモーションになればいいな」くらいの感覚で始めていました。

— 人気に火がつき始めたのは、やっぱりお笑いファンの方からだったんですか?

田中 最初はお笑いファンの方々が取り上げてくれたんですけれども、徐々にその後、いろいろなネットメディアとかでも取り上げていただいて。そしたら、女優の二階堂ふみさんがたまたま気に入ってくれはって、リツイートしてくれはったりしたおかげで、お笑いファン以外にも広がっていったのかなと。

— なるほど。

田中 実際、お笑いファンの方々って多いようでいて、やっぱり狭い世界ではあるので、こんなに広がるとは思っていませんでした。

— じゃあ、当時は本にしようとは思ってなかったんですね。

田中 そりゃもちろん「あわよくば……」みたいに思っていた部分もありましたけれども(笑)。でも、全然現実的には考えていませんでしたね。「こんな誰だかわからないヤツの本を、誰が出してくれるねん!」って思ってましたし。それなのに、本当にこの本を出してくださったポニーキャニオン様はすばらしい会社だと思います(笑)!

— でも結果的に、又吉さんが言うように、お笑いとは別の「漫画」という武器ができたんですね。

田中 そうですね。本当に良かったと思っています。


【後編】追求したいのは純度100%の「へたうま」は、7/29更新予定

インタビュー・執筆 藤村はるな、 撮影 喜多村みか

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この連載について

​いまスゴイ一冊『サラリーマン山崎シゲル』田中光インタビュー

田中光

ピン芸人・タナカダファミリアとして活動している田中光さんが、自身のTwitter上で発表して、話題になっていたシュールな一コママンガ『サラリーマン山崎シゲル』。万を持して単行本化された本作ですが、芸人である田中さんがどうして一コマ漫画...もっと読む

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gachaplin |​いまスゴイ一冊『サラリーマン山崎シゲル』田中光インタビュー|田中光 @avocadohikaru |cakes(ケイクス) 山崎シゲルのひとって芸人さんやったんやな https://t.co/AJEmtGBnEL 2年以上前 replyretweetfavorite

nkg_13 知ってるネタでも単行本で一気読みして、めちゃおもしろかったです。あと田中光さんご覧の通りマジイケメンでした。 |​『サラリーマン山崎シゲル』田中光インタビュー https://t.co/Jkzyie4GBD #bf 2年以上前 replyretweetfavorite

cottonapple1114 ツボです。センスいいな。この漫画。 2年以上前 replyretweetfavorite

xospx これ読むまでずっと山崎シゲルの作者は太田光だと思ってた 2年以上前 replyretweetfavorite