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長く読み続けられている本を取り上げ、人気の背景を探る記者コラムです。

『サヨナライツカ』 辻仁成著

倫理や将来捨て置いた恋愛

 男と女の見方が全くわかれる本はある。

 この本もその類いに思える。豊は日本に婚約者がいるが、赴任先のバンコクで謎の美女・沓子に迫られ、逢瀬おうせを重ねる。問題は後に、豊は予定通り結婚して出世を重ねるが、沓子は孤独に生き、病死すること。結果だけみれば、女性の共感は得られまい。

 記者は出版当時、「好青年」というあだ名と裏腹に、自己都合ばかり考える豊のヒレツさに驚いた。だが40歳を過ぎた今、わかる。身を焦がすような情熱の日々を得ても、将来は捨てられない。つまるところ、ただの平凡な男なのだ。逆に、沓子は魅惑的で情熱的で刺激的な特別な女だ。そもそも不平等恋愛といえる。

 男ならそんな相手との一時の恋におぼれても無理はない――、などと書くと、やはり女性方の反発を買いそうだが、設定を男女逆にするとどうだろう。男女どっちに得か、でなく、倫理や将来をなげうっても構わないと思える恋はありかなしか、という問いかけになる。そこに性差はない。

 さて、ありと思ったあなた、そんな記憶は心にありますか? 私は……、その話は妻のいない時に。(辻)

 2001年に世界文化社、02年に幻冬舎文庫刊。計約100万部。

2016年03月17日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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