──今回、26年前にテレビ放送された屋良さんバージョンの『コマンドー』は初めてソフト化されることになりましたが、当時のことを教えてください。
僕って記憶の容量が少ないんですよ。昔からそうなんですけど、上書きされてどんどん消されていっちゃう。今回聞き直してみて、さすがに自分の声なのはわかりましたけど、でも最初は高い声なんで「アレ?」って思いました。若かったからなんですかね(笑)。
──屋良さんの『コマンドー』は、テレビで放送された順番ではシュワルツェネッガーの『ターミネーター』より前でした。シュワルツェネッガーの吹替えがゴールデンタイムのお茶の間に流れた最初ですよね?
田島荘三さんといディレクターが指名してくださった、という風に僕は理解してるんです。もちろんTBSのプロデューサーの方々と相談されて、屋良で冒険してみようということになったんだと思うんです。飯田橋のコスモプロで録ったんですけど、マンションの中にあるスタジオで、かなり狭いっていうか、いまの東北新社さんのスタジオなんかに比べると全然小さいところでやりましたね。事前に田島さんから「実は屋良ちゃん、向こうではこれから必ずスターになる人だから」って教えてくれてたのを思い出します。元ボディビルダーだってことも説明してくださったんですが、もう身体を見てビックリしましたよ!(笑) こういう大きな役をやらせていただいて、果たして続いていくのか、また呼んでいただけるのかどうかって、それはもう緊張しました。なにせ当時はまだ下手でしたからね。聞き直して驚きました(笑)。
大塚明夫のナレーションで玄田哲章版、屋良有作版の吹替をCHECK!
──なにか特別な準備はされましたか?
腕立てや腹筋は、ちょっとだけやった気がします(笑)。あ、でも終わってから後だったかもなあ。あと以前に彼がやっていた作品を、何作か観ました。『SF超人ヘラクレス』だったかな?
──『SF超人ヘラクレス』は、深夜枠で放送されました。屋良さんが声をアテていらっしゃいました。
あ、僕がアテたんですか? その音声はいまどこ行っちゃったんですかねえ。シュワルツェネッガーの映画がテレビ朝日さんの「日曜洋画劇場」に行ってからは、玄田さんに変わっていくんで、それまでは僕がパラパラとやらせていただいていたんでしょうかね。
──『レッドソニア』(日本テレビ「金曜ロードショー」放送)でも担当されていました。
そういえば、やりましたね! 覚えてますよ、『レッドソニア』ってタイトルだけは(笑)。
──でもシュワルツェネッガーの映画は結構な本数で声を担当されていますよね?
うーん。やってましたけど、ほとんど玄田(哲章)さんに変わって行きましたからね。僕の中ではずっと、僕の声で録音された『コマンドー』は、もうなくなってしまったという認識でした。僕自身、シュワルツェネッガーは玄田さんだと思って来ましたんで、(自分は)昔確かに演じたことがあるな、というくらいだったんですよ。それが今回、TBSさんの『コマンドー』の音源が残っていてリリースされるだなんて、自分自信が一番驚きました。
──役作りについて教えてください。
まったく覚えてないんです(笑)。でも、自分のを聞き直した限りでは、おそらく演出家の意図が大きかったんじゃないですかね。最初の娘とのシーンと、その後の戦いのシーンでは声のトーンがまったく変わっているんです。きっと、親子のふれあいの部分と、彼が娘を救出する、ある一点を見つめて救出に向かうっていう違いを出してくれと、言われたんじゃないかという気もします。
──今聞くと、ご自身ではトーンの統一が取れてない?
全然取れてないですよ! ずいぶんキャラが変わってるなって。冒頭のシーンとその後では。でも演出だと思いますけど(笑)。
──シュワルツェネッガーは、当時演技ができない大根役者だと言われていましたが、演じるのは難しくなかったですか?
そうそう。言われてましたよね(笑)。セリフも少ないしね。シンディにバババって車の中でまくし立てられるシーンも含めて、(小山)茉美ちゃんとか青野(武)さん、(冨永)みーなちゃんとかほかの人たちが周りを固めてくれてたんですよね。
──でも実際演じるときには、どんなに芝居が下手でも、吹替えを下手にするわけにはいきませんよね?
僕は英語をまったく理解できないので、彼の声はあくまでもガイドだと思って演じたんでしょう。ちゃんと英語が聞き取りできる人だったら、恐らくやり辛かったと思います。確かにまだまだ新人で下手だっていう話は聞いてましたけどね、でも、下手だからなんとかしないとみたいなことを思ってやったわけじゃないです。ただ、シュワルツェネッガーの表情とかキャラクターに近づきたいと思って演じたと思います。
──屋良さんの吹替えだと、シュワルツェネッガー本人の印象より「知性」を感じるというか、ずっとクレバーな人物に思えるんです。
大変褒めていただいて光栄です(笑)。でもそれは、演出家のおかげでしょうね。あとは、相手役の方とのキャッチボールで、少しずつ変わっていったんでしょう。新人ばっかりだとそうはいかないですが、茉美ちゃんとか青野さんとか、腕のある人たちばかりで助けられましたね。
──この時の小山茉美さんや青野武さんの印象はいかがでしたか?
その後に仕事したことがたくさんあり過ぎて、あんまり覚えてないんです。その当時はおそらく、自分が緊張で舞い上がってたんじゃないですかね。茉美ちゃんも青野さんも憧れのすごい人たちでしたからね。みーなちゃんだって「大草原の小さな家」をもうやってましたからね。僕はやられ役やひと言しかない役とかで始まった男で、青野さんたちの達者さはずっと見てましたから。だから僕が主演だなんてって緊張してばかりでした。
──『コマンドー』では宿敵同士を演じていた屋良さんと青野さんが、この後に「ちびまる子ちゃん」のヒロシと友蔵になっていくのも面白いですよね。
面白いめぐり合わせでしたねえ。全然芝居は違いますけど(笑)。
──シュワルツェネッガーに対しては、「この人は伸びるな」という予感はしましたか?
うーん。セリフが少ないんでね、演技派じゃないけれど、肉体アクション系ではイケるだろうとは思いましたよ。けど、まさかカリフォルニア州の知事になるとは思わなかった! まあ、あの肉体ですからね。恋愛みたいなものも全然出てこない。観直してみたら、ある意味爽やかでしたよ(笑)。あんなに女の人と一緒にいるのに、なんにもないんですもんね。表情変えずにほとんど一点だけを見つめている感じが、改めて新鮮でした。でもそれだけに、娘を助けるためだけに一心に向かっていく感じは、吹替えでもちゃんと出ていたと思いました。だから、シュワルツェネッガーは下手だって言われてはいましたけど、なかなかいいじゃないかって僕は思ったなあ(笑)。
──筋肉がすごい人の演技をするときには、普段以上に力が入るものですか?
映像を見ると、自然にそのトーンが出てくるんです。それこそちびまる子ちゃんのヒロシも、絵を見ている間にああいったトーンに変わっていくわけです。自分では、はじめからああいう(シュワの)体型に対して、どういった声を出そうかとか、あまり考えていなかったですね。でも、僕は新人の頃は黒人の役をよくいただいたんです。そのときは向こうの原音が太い低い声ですから、低音で合わせてやっていましたね。今ではあんな低い声は、出そうと思っても出ません。シュワルツェネッガーに関しては、逆に声は細いですよね。大きい身体だから野太い声をしてるわけではない。あと吹替えって、脇役にはいろんなタッチを付けるために注文が多いんですが、主役はわりと自由にやらせてくれる。『コマンドー』も結構、好きにやらせてもらったんじゃないかな。
──ほぼ四半世紀ぶりに、『コマンドー』の追加部分をアテレコされていかがでしたか?
はじめは声が低くなっていたんですよ。茉美ちゃんも「もう少し高めに」って演出家に言われてましたし、われわれも歳を取ったんですかね(笑)。でも観るのが楽しみなんです。昔とどこまで違っているのか違っていないのか。追加録音したのは、空港からショッピングモールに行く間の車のシーンの一部と、あと、ショッピングモールで電話ボックスを持ち上げたあとに、再び車に乗る2ヵ所です。90秒ほどしかないんですけどね。
──じゃあ、基本は小山茉美さんとの掛け合いですか?
そうです。ふたりで会話をして「あなたはどういう仕事をやってたの?」て訊かれたり、主人公の奥さんについて話をするシーンです。確かにストーリーの流れとしてはいらないシーンだった気もしましたけど、でもあのシーンがあることで子どもに対する想いが出てくる。追加されて良かったですね。やっぱり、シンディがメイトリックスを手助けする気持ちになる上でも、重要なところかも知れないですね。厚みが出ますよ、作品にね。
2012年12月25日/於 東北新社/聞き手・文:村山 章/協力:東北新社、フィールドワークス