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ロシアの核先制使用
敵から核兵器で攻撃されていない段階で、核を使うのが先制使用。ただ、ロシアの軍事ドクトリンは、核兵器を反撃の手段と規定しており、あくまでロシアや同盟国が攻撃を受ける事態が先制使用の前提となる。限定的使用とは、敵の軍を全滅させるような大規模な核使用でなく、地域や数を限って使うことを意味する。米国は2010年に核拡散防止条約(NPT)を守る非核国への核攻撃はしないと表明したが、先制使用しないとの宣言はしていない。
(2015年4月2日掲載)
ロシア 核先制使用演習 欧米けん制 千島も仮想戦場
【モスクワ共同】ロシア軍が3月中旬に実施した大規模演習の際、北大西洋条約機構(NATO)軍や米軍とみられる仮想敵が、北極圏の島や北方領土を含む千島列島を攻撃し戦闘が起きた事態を仮定、核兵器の限定的先制使用の可能性を想定していたことが1日、分かった。
複数の軍事外交筋が共同通信に明らかにした。プーチン政権は今回、演習に関して核使用準備を示唆する情報を部分的に公開。ウクライナ情勢をめぐり欧米との関係が極度に悪化すれば核使用も辞さない姿勢を示してけん制、攻撃を思いとどまらせる抑止効果を高める狙いとみられる。
プーチン大統領は最近、ウクライナで親ロシア派政権が倒れた昨年2月に核使用の「準備ができていた」と発言していた。
仮想戦場となった千島列島は、ロシア太平洋艦隊の戦略原潜が活動するオホーツク海を守る位置にあり、軍事的価値が増している。米ロの緊張は極東情勢にも波及、年内に予定されるプーチン氏訪日で焦点となる領土交渉にも影響を与えそうだ。
演習はウクライナ南部でのクリミア編入から1年の3月18日を挟み16日~21日に行われた。大統領府公式サイトによると、プーチン氏への報告でショイグ国防相は、核ミサイルを搭載した複数の原潜が北極圏に展開したと説明。ゲラシモフ参謀総長は、最新の指揮系統を通じ「海洋配備の核戦力に戦闘をコントロールする信号を直接送った」と述べた。
軍事外交筋は「これは核の発射準備を意味する」と指摘している。
ロシア国防省によると演習には8万人と水上艦艇65隻、220機の航空機・ヘリ、潜水艦15隻が参加。北方艦隊がバレンツ海などに出動、空挺(くうてい)部隊が北極圏のフランツヨシフ諸島などに展開した。
戦線は黒海やバルト海などにも拡大。極東では千島列島に上陸した約100人の「破壊工作部隊」を撃退したと想定した。核兵器搭載可能な戦略爆撃機も日本海に派遣した。
●NPT体制に悪影響
▼浅田正彦京都大公共政策大学院教授(国際法)の話 実戦での核兵器使用を念頭に置き演習を行ったのは、核使用の「準備ができていた」とのプーチン大統領の発言が単なるはったりではなかったことを意味する。核保有国に対する安全保障上の信頼性が崩れ、非保有国の一部では核保有の必要性が高まり、核拡散防止条約(NPT)の体制にも悪影響を及ぼす。ロシアには領土拡張の傾向もうかがえる。こうした演習を通じ意志の強さを示すことで、制裁を科す欧米をけん制する狙いがあるのだろう。
●能力誇示し侵略防止
▼ロシアの軍事評論家パーベル・フェリゲンガウエル氏の話 プーチン政権は、米国との対立が極限に達すれば、米軍が北極圏や極東など比較的防備が薄い地域を段階的に占拠する可能性があるとみている。演習は東西でこのような脅威に対処する能力を誇示したものだ。また、核保有国同士の局地戦が限定的な核戦争に容易に転化するシナリオを描き、侵略を防ぐ効果を狙った。
●ウクライナの緊張背景か
【解説】ロシアは国防の基本文書「軍事ドクトリン」を2000年に改訂した際、通常兵器による侵略にも核兵器で対処できると定め、先制使用も可能とした。今回の演習は事実上、米国と北大西洋条約機構(NATO)を仮想敵に設定。限定的な核先制使用を、理論的可能性ではなく現実的な選択肢として明示する意図があった。
背景にはウクライナ情勢をめぐる米国との緊張関係が長期に及ぶとの状況認識がある。精密誘導兵器などの通常戦力で劣るロシアは「核兵器使用のハードルを下げることで、核の抑止力を相対的に高める決定を下した」(関係筋)とみられる。
演習は資源をめぐり各国の利害がぶつかり合う北極圏に始まり、黒海から極東まで戦火が拡大するシナリオを描いた。プーチン政権は昨年もソ連時代を通じて最大の演習「ボストーク2014」を極東で実施。ウクライナ情勢や資源争奪で対立が先鋭化すれば、海軍力や航空戦力で優勢な米国は、欧州とアジアの2正面でロシアを圧迫するとの読みがある。
このためロシアは今年、多弾頭の新型核ミサイル「ブラバ」16基を搭載する最新鋭ボレイ級戦略原潜3隻のうち2隻を太平洋艦隊に配備する。軍事筋は「ロシア核戦力に占める極東の比重は格段に高まる」と分析する。有事の際には国後、択捉両島間の国後水道などを機雷で封鎖、日米艦艇のオホーツク海進入を防ぐ必要が生じるため、この2島が重要な役割を担うとみられる。