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映画監督・宮崎駿さんの新作「風立ちぬ」の劇場公開が、20日から始まる。太平洋戦争を戦った日本の戦闘機・零戦の設計者として知られる堀越二郎を主人公とする作品だ。宮崎さんは映画づくりの傍ら、戦争や兵器のリアルな漫画を数多く描き続けてきた。なぜ、兵器に魅了され、その設計者を描こうとしたのか。複雑な胸中を聞いた。
――かつて、米国にある本物の零戦を買おうとしたそうですね。
「飛行機は空中にある時が一番美しい。飛んでいるのを見たい、と思ったんです。それもアメリカ人ではなく、日本人が操縦しているのを。スタジオジブリの横の高圧線の下を飛んで欲しいとか夢見ていたんですが、女房に『バカもいい加減にしなさい』と一喝されて終わりました」
――そこまで思い入れる零戦の魅力とは何でしょうか。
「僕自身を含め、日本のある時期に育った少年たちが、先の戦争に対して持つ複雑なコンプレックスの集合体。そのシンボルが零戦です。日本は愚かな思い上がりで戦争を起こし、東アジア全域に迷惑をかけ、焦土となった。実際の戦いでも、ミッドウェー海戦など作戦能力が低かったとしか思えないような歴史しか持っていない。そんな中で『負けただけじゃなかった』と言える数少ない存在が零戦です。開戦時に322機あった零戦と、歴戦のパイロットたちは、すさまじい力を持っていた」
「零戦を一流機にしたのは、設計した堀越二郎のただならぬセンスです。零戦と同時期、別の設計者が手がけた『隼(はやぶさ)』という戦闘機があった。ほぼ同じ大きさで同じエンジンを積み、徹底的に軽量化した点も同じ。ただし武装は零戦の方が重い。なのに、並んで飛ぶと零戦の方が速く、はるかに遠くまで飛べた。不思議です。言葉では説明できない空気力学の謎を彼はつかんだんです」
「零戦、零戦と騒ぐマニアの大半は、コンプレックスで凝り固まり、何かに誇りを持たないとやっていけない人間です。思考力や技術力を超えた堀越二郎の天才的なひらめきの成果を、愛国心やコンプレックスのはけ口にして欲しくはない。僕は今度の映画で、そういう人々から堀越二郎を取り戻したつもりです」
――戦争を批判する一方で、零戦という兵器に愛着を持つ。矛盾していませんか?
「矛盾の塊です。兵器が好きというのは、幼児性の発露であることが多い。だが、大学の財…