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姫路駅、渋谷交差点、温泉猿が外国人の人気スポットに 「ニッポン観光立国化」で私たちはどうなる? 第3回

幻冬舎plus 5月30日(金)6時0分配信

 歴代政権が何度となく掲げながら果たせなかった「ニッポン観光立国化」が今度ばかりは実現しそうだ。
 日本政府観光局がこの5月21日に発表した4月の訪日外国人旅行者数は前年同月比33.4%増の123万2000人となり、3月の105万1000人を抜いて単月としては過去最高となった。1月から4月までの累計も410万7000人と、初めて1000万人を超えた2013年度(1098万人)を大きく上回るペースで推移している。
 ──と聞いて「旅行業や宿泊業の関係者ではないので外国人旅行者が増えても関係ないな」そう思われた人は少なくないかもしれない。
 決してそんなことはない。外国人旅行者の増加は町おこしを担う全国の自治体や地元企業の関係者にとっては大きなチャンスだし、それ以外のあらゆる人たちにも恩恵をもたらしてくれる。外国人旅行者は私たちには気づかなかった日本の魅力を掘り起こし、新たなビジネスのヒントを提供してくれる一方で、私たちが想像するよりもずっと多額のお金を地元に落とし、日本経済を潤してくれるからだ。

 なぜ訪日外国人旅行者が増えているのか。日本政府観光局によれば、背景には円安やLCC(格安航空会社)の新規就航・増便で日本への旅行が割安になった経済的メリットと、タイ、マレーシアからの観光客への短期滞在査証(ビザ)免除による手続きの簡素化とがあるという。
 全体を俯瞰すれば確かにそうかもしれない。しかし訪日外国人旅行者一人ひとりの行動に目を凝らすと、見落としてはならないもう一つの理由が浮かび上がってくる。
 外国人旅行者が訪れる観光スポットの多様化である。

 「ずっとここに来て、見てみたかったんだ。想像以上にすごかった。友達に自慢できるよ」
 こう興奮気味に語るのは台湾から観光に来た20代の男性だ。連れの仲間たちも「言えてる」とばかりに何度もうなずいてみせる。
 彼が来てみたかったと言う場所は山陽新幹線の姫路駅ホーム、見てみたかった光景は姫路駅ホームを猛スピードで通過する新幹線のぞみである。
 姫路駅はのぞみの通過駅で、新幹線の最速ポイントでもある。のぞみの最高時速は東京・大阪間は270kmだが、姫路・博多間は300kmに達する。目がくらむような猛スピードで列車が通り過ぎていくプラットホームは世界でも稀で、外国人にとっては異次元の空間にほかならない。いまや毎日のようにアジアや欧米、オーストラリアから観光客が訪れ、のぞみが通り過ぎるたびに歓声を上げている。

 「信じられないよ!  こんなたくさんの人たちがいろんな方向に横断しているというのに、誰一人ぶつからないなんて」
 東京・渋谷駅前のスクランブル交差点でカメラを構えるカナダ人の旅行者は驚きを隠さない。そのすぐ隣でも欧米からの観光客が横断する人たちの姿を興味深げにビデオで撮影している。
 ここShibuya Crossing(渋谷交差点)もまた外国人旅行者の人気観光スポットである。横断する人の数は、世界で最も有名な交差点と言われるニューヨーク・タイムズスクエア前の交差点をもしのぐ。にもかかわらず正面へ斜めへと横断する日本人はぶつかりもせず涼しげな顔で整然と渡りきる。外国人にはマジックにも映る「非日常的な光景」が人気の理由だ。

 非日常と言えば、人里に出没するニホンザルたちも野生の猿がいない欧米の旅行者にとっては人気の的だ。とりわけ気持ちよさそうに温泉につかり、毛づくろいしたり湯を飲んだりするニホンザルの姿はまさにファンタジーに映る。そんなSnow Monkyを一目見ようと、志賀高原に近い長野県・地獄谷野猿公苑には毎年、欧米を中心に数万人もの外国人旅行者が訪れる。

 ほんの数年前までは日本の観光資源と言えば神社仏閣、和食などの伝統や、アニメ、ファッションに代表されるクールジャパンがお決まりだった。実際、外国人旅行者の多くは東京を拠点に京都で寺社めぐりをして富士山や箱根に立ち寄る通称ゴールデンルートを辿った。
 しかし最近では私たち日本人には思いもよらない意外な場所に光が当たり、とりわけ訪日2、3度目のリピーターたちを引きつけている。それは数字にも表れており、外国人の宿泊地に占める東京の割合は2009年の34.8%から2013年には30.3%に下がっている。これが訪日外国人旅行者増加の大きな原動力になっているのだ。

 なぜほんの1、2年で人気観光スポットが多様化したのか。
 きっかけはインターネットの動画投稿サイトである。検索サイトに「新幹線姫路駅」「渋谷スクランブル交差点」の文字を入力すると、のぞみが姫路駅を通り過ぎていく映像や、たくさんの人たちが渋谷駅前のスクランブル交差点を横断する映像がすぐ見つかる。多くは外国人の撮影によるそれらの動画が世界中に配信され、新たな観光スポットとして世界から注目されるようになった。
 そして、その人気に目をつけたのが国内の中小の旅行会社だった。後発の彼らには大手が取り仕切るゴールデンルートでは勝ち目がない。そこでネットでの人気のスポットに注目し、ユニークな企画を打ち出して外国人旅行者を呼び寄せたのだ。

 観光スポットの多様化は、日本には私たちが考える以上に豊かな観光資源が眠っている可能性の表れでもある。どんな自治体にも外国人旅行者を呼び寄せる魅力があると言ってもいい。一方、ネットの普及によって財政に余裕がない小さな村や町でも自らの魅力を直接、世界に向けて発信できるようになった。
 いまやすべての自治体が直接、外国人旅行者を誘致できる時代なのだ。そして、それがうまくいけば、観光収入によって自治体の財政は潤い、地元企業の売り上げは伸びる。国土交通省によると、外国人旅行者が地元に落とす金額は11人で日本人1人分の年間消費額(123万円)に達するというから、経済効果は想像以上である。
 さらに自治体や地元企業が潤えば、国と地方の税収が増えたり景気を刺激してくれたりと、巡り巡って私たちの生活や経済活動にも恩恵をもたらしてくれる。

 そんな実例を最後に一つ紹介しよう。
 北海道・壮瞥町(そうべつちょう)、人口約3000人の小さな町はYUKIGASSEN(雪合戦)のイベントで世界に名が知られている。毎年2月下旬に開催する雪合戦大会にはアメリカやカナダ、フィンランド、オーストラリア、中国など約40カ国から3万人近い参加者が集まり、壮瞥町が独自に作り出したルールに基づいて雪の球をぶつけあうのだ。大会を目玉にしたツアーも外国人旅行者の人気を集めている。
 「寒い、暗い」というマイナスイメージを払拭し、観光を盛り上げるため雪合戦のイベントが企画されたのは1987年のことだった。壮瞥町の若手が中心になってアイデアを練り、実行委員会を結成、紆余曲折を経ながらも1989年に第1回大会の開催に漕ぎ着けた。
 以来、大会を開催するごとに着実に参加者を増やし、今ではフィンランドやノルウェーでも壮瞥町のルールに基づいた大会が開かれるほどYUKIGASSENは国際的になった。
 さらに最近では多くの旅行会社が雪合戦を組み込んだ長野や新潟、東北への雪めぐりツアーを企画し、東南アジアやオーストラリアからの旅行者の人気を集めている。雪が降らない国の人たちにとって日本の雪景色は憧れの対象だが、いきなりスキーやスノーボードに挑戦するのはハードルが高い。ならばいまや国際的になった雪合戦というわけだ。

 雪合戦を国際的なイベントにした着眼点と地道に情報を発信し続けた継続性──壮瞥町の取り組みは世界に向けて自治体が何をすべきかを教えてくれる。
 2020年の東京五輪開催が決定し、日本に関心を寄せる海外の人たちはこれまで以上に増えている。今こそ日本の観光資源、自治体の魅力をネットで発信する千載一遇のチャンスではないだろうか。

渋谷 和宏

最終更新:5月30日(金)20時35分

幻冬舎plus

 

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