スローネットオープン記念スペシャルインタビュー 常盤新平さん

作家。『遠いアメリカ』で直木賞受賞。
翻訳家として訳書も多数。
69歳。

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歳を重ねてわかる楽しい世界

名誉や権力よりも性愛、山の手よりも下町――
一貫して市井の人の視点から世界を描いてきた
直木賞作家が語る自らの人生とこれから。

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第3回

一人で遊ぶことを覚える


男と女でなくなるとき

 =老いということとセックスは、かなり重要なテーマだと思いますが、今70歳を目前にして、常盤さんはご自分でどんなふうに考えていらっしゃいますか。

 正直なところ、情けないなあという感じですね。歳をとるって言うことは、楽しみが減るっていうことじゃないかと思うんですね。
 それと、人にだんだん相手にされなくなる、ということ。自分がリストラされているような感じを受けますよ、自分では。
 だから私は、一人で楽しむことを覚えなくちゃいけないと思っています。

=川端康成が老人の性愛を描いたりしてますが、男性自身の問題は別にして、先ほどおっしゃったように、肌と肌を重ね合う喜びって、ずーっとなくならないのかな、と。いかがなものでしょうか。

 女の人が困るでしょうね。相手が老人じゃあねえ。
 歳をとるって言うことはね、身体の中にだんだんとゴミが溜まってくる感じなんです、いっぱい。
 例えば、物を食べてもなんか口の中に残っちゃうんですね。そういう自分の身体のことを考えると、イヤになってくるんですね。
 「少年老いやすく……」じゃないですけど、気がつかないうちに、まだまだ大丈夫だと思っているうちに、いつの間にか老いはやってくるんです。男ではなくなってしまうんですね。


夫婦の散歩


=でも、海外では80になっても90になっても仲良くセックスしてるご夫婦とか、まあいわゆるセックスまでに至らなくてもスキンシップを重ねてるご夫婦がいらっしゃって話題になったりしてますし、老夫婦が仲良く手をつないで散歩してる光景を見たりします。そうすると、いいなあとも思いますが。

 気持ち悪いじゃないですか(笑)。

=そうですか(笑)。それは常盤さんの世代の感覚なんでしょうか。

 家の前にもよくそうやって歩いてる老夫婦が通るんですがね、あんまり僕は好ききじゃないですね。自分たち夫婦が二人で歩いてるときは、そっぽ見て歩いているほうだからねえ。
 それから競馬場に夫婦で来るのをずいぶん見かけますけどね、ああいうのはすぐ別れちゃうんじゃないかなと思いますね(笑)。夫婦でジョギングしてるような、ね。だいたい別れちゃいますね(笑)。あんまりね、仲良くなっちゃだめなんですよ。

=それもわかるような気はしますが、歳を重ねてなおスキンシップを持ち続けると、気持ちの活性化につながるのでは……。

 そ、そぉんな、欲の深いことを(笑)。

=それは、常盤さんが若い女性を求めていらっしゃるからじゃないですか。


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 いや、若い女性は相手にしてくれないですよ、だって。それにこっちも気を遣わなくちゃいけなくなって、面倒くさくなりますね。まあ、向こうも気を遣ってるんでしょうしね。だから、なるべく一人の方がいい。

=ただ、共通の趣味なり世界を何か一つでも一緒にできることを持ちたいと、そういう思いでいらっしゃるご夫婦も多いのでは。

 うちはねえ、水と油だって言ってるんですよ(笑)。「どこどこへ行こうか」なんて言っても来ないし、僕が言われても行かないし、本当にいつ別れてもいいようなんですけれども、ずーっといますね。なんで1回結婚したあと、あんな苦労して再婚したのかなあと思いながら一緒にいるくらいで(笑)。

=再婚はご苦労された結婚だったんですか。

 ええ、ずいぶんしましたねえ。
 あの苦労のあとで、この様はなんなんだろうか、とねえ……。でもそう言いながら一緒にいる。だから、かえって何も共通点のないほうがいいんじゃないかな、と思うんですよ。

=別れるのもまたエネルギーがいるようですね。

 大変ですねえ。ほんとにねえ。あれを考えるともう……(笑)。

=でも、作品では今でも性愛の世界のことをずいぶんエネルギッシュに書いてらっしゃいますよね。

 そりゃもうほら、妄想とも言われます(笑)。はっはっは。もう一度、いろいろ思い出しながら。


=常盤さんの性愛表現はとってもいい世界ですよね。好きで読ませてもらってるんですが。

 お恥ずかしい。あれは税金を払うために書いてるんですから(笑)。


一人で遊ぶことを覚える


=前月のこのコーナーでは森毅さんにご登場願ったのですが、「いやあ、歳とることはいいことだよ。もともと僕は若い頃から元気がなかったし。このままゆったり歳をとることがいいことだなって、若い人に思わせるように生きたいもんだなあ」という言い方をされてましたけど。

 負け惜しみに聞こえますけどね(笑)。


=負け惜しみ、ですか。それもいい言葉ですねえ(笑)。ある意味では、そう言うのは常盤さんの潔さ(いさぎよさ)でもありますね。

 いやー、歳をとるってことは、敗北と言うことですよ。ひとつにはね。だから、無理してはいかん、とね。
 計画も立てないんです。だいたい1年くらい先までの計画しか立てない。来年はこれだけやろう、と。そうすれば気も楽になっていいんじゃないかな、と。

=日本には隠居という面白い言葉がありますが、常盤さんのは隠居というのをどうお考えですか。

 隠居って、かっこいいですね。
 隠居したいんですけども、いつもゆとりがなくて追いまくられて、仕事だけじゃなくお金に追いまくられたりね。


=日本では、もう隠居という概念がもしかすると成り立たなくなってくるのかもしれませんね。つまり、パブリックな場からドロップアウトする、それが隠居ってことだと思いますが、それじゃあ経済的にも成り立たないという気がしますね。これから団塊の世代がみんな隠居しちゃったら大変なことになるし、そんなことそもそもできないんじゃないか、と。


 隠居してるっていう人、今はあんまりいないんじゃないですかね。
 僕は町田に住んでいますが、近所にやたら年輩の方が多いんですよ。昔、元気な頃に家を建てて今、それこそ隠居生活に入ってるんでしょうが、どの家も階段のある家で、昇り降りにも苦労していて、まあ建て替えるなんてできないわけでしょう。大変だろうなと同情します。でも、階段を別にすれば、羨ましい生活ですね。

 ただ、銀行へ行っても、郵便局に行っても、キオスクに行っても、そういう所で、話し相手もいないのか、長々と話しかけて、他の人に迷惑がられてる老人がいます。ああいうふうにはなりたくないと思いますがね。
 だからこそ、一人で遊ぶってことなんですよ。一人で楽しむことを覚えなくちゃいけないと思っています。
 60歳を過ぎてから一人で歩くようになったんですね。その頃は西葛西(江戸川区)に住んでいましたが、銀座まで馬券を買いに行って、そのあと浅草に行って、向島のほうまで遊びに行ったりね。とにかく一人で楽しむ。
 競馬も一人で遊べるでしょ。馬券なんか、何を買ってもいいわけですよ。むしろそうやって一人で遊ぶことを覚えていった方がいい。


(つづく)


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