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私の少女漫画史 辻本吉昭
私の少女漫画史 辻本吉昭

辻本吉昭(つじもとよしあき)
●1950年1月31日生まれ。1972年、小学館入社。「少年サンデー」編集部を経て「少女コミック」編集部に異動。以後、少女漫画編集者として多くの漫画家のデビューに立ち会う。「少女コミック」編集長、「ちゃお」編集長、「別冊少女コミック」編集長の後、少女マンガ部門の統括、小学館のコミック部門全体の統括である執行役員などを歴任し、2011年1月に同社を定年退職。
 イベントは、日取りと開催場所が決まっているので、全読者を集め参加してもらうわけにはいかない。しかし、誌面では、様子を伝えることができるし、オリジナルグッズなどは、懸賞の賞品にできるので、楽しく活気のある誌面づくりが可能である。おそるおそる再開した小さなギャラリーを借りてのイベントだったが、数をこなすうちに、部数の伸びもあり、大きな会場へ移り、日取りも増えていった。部員の数も毎年1名ずつ増えていき、宣伝部の力を借りるようになっていった。

 こうした流れの中で、隔週刊誌の少女漫画雑誌の力関係は、大きく変化していった。まず「少女コミック」に敗れた「少女フレンド」が、1991年に月刊誌に移行した(その後、1996年休刊)。「少女コミック」の躍進は止まらず、ついに集英社の「マーガレット」も抜き去った。後は、白泉社の「花とゆめ」を目標に戦っていくことになるのだが、このころには、ようやく作品の質も中身も、納得できるようになってきた。スポーツ物も、ベテランの<藤田和子>が、バレーボールというむずかしい題材に挑戦し、『真コール!』で、第37回小学館漫画賞を受賞した。

 こうして、「花とゆめ」を目標に、トップとの差を縮めていったが、どうしても手が届かなかった。新しい読者をつけるということは、現在の年齢層や上の年齢層からの流れでは無理なので、「少女コミック」の下の年齢層が、「少女コミック」の年齢層に達した時に選ばれる雑誌である必要があった。小学館には、「ちゃお」という下の年齢層を対象とした月刊誌があったので、「ちゃお」の力を借りたいと思い、イベントの一部に「ちゃお」を加えることを提案した。もちろん誌面でも、広告を入れてもらい、「ちゃお」を卒業したら、「少女コミック」へという流れを作ろうとした。だが、「ちゃお」自体の力は弱く、10万部も売れていなかったため、その効果は、目に見えるほどではなかった。

   振り返ってみると、「少女コミック」の編集長に就任した時の執筆陣は、私が編集時代に担当してデビューしたり、担当したことのある漫画家が多かった。そういう経緯もあって、漫画家への注文も出しやすかった。漫画家との関係を、当時きちんと作っていたために、後になって、再び出会った時に、無理を聞いてもらいやすかったのだ。漫画家ばかりでなく、デザイナーや印刷関係者などにも、(たぶん)嫌われることなくやってきたので、何かの時には声をかけてもらえた。

 <篠原千絵>の『海の闇、月の影』は、実に面白い作品だったので、なんとかアピールできないかと考えていた矢先、オリジナルアニメーション(OVA)にしましょうかという話が持ち上がった。まだ隔週刊誌としては、廃刊寸前、部数も伸び悩んでいた時代で、このお誘いはありがたかった。とにかくなんでも、目立つことはやらなければと思っていたので、早速、OVA化に取り掛かった。実は、この誘いも、長年つきあってきた会社とのつながりで、実現したものだった。編集長が何をするか、部員が見ている中でのOVA化は、ひとつの励みになったと思う。

 『海の闇、月の影』に関しては、面白いということもあったのだが、ちょうど校了で読む時に、「シン」という犬が死ぬと聞かされていたので、原稿で先に読ませてもらったことがある。私は、涙腺が弱く、ちょっと感動するだけでも涙が出る。校了時に部員の前で号泣するのを避けるために、先に読んでおいたのだが、案の定、何度も席をはずして、涙をぬぐったものだった。この作品の中では、残酷なシーンもあり、小学校の校長先生から、お叱りの電話をいただいたこともある。しかし、そのシーンだけを取り上げるのでなく、全体を通して見てくださいとお願いし、単に残酷なシーンを売り物にしているのでなく、愛というものをテーマにしているのだと説得し、納得してもらったこともあった。

 編集長は、どんな時でも、最終的に責任を負わなければならない。本に載せられないものは、校了時でも、そのページを差し替えなければならないのだ。載せてしまったものは、きちんと自分の考えを説明しなければならない。ある漫画家の原稿の一コマに、主人公が歩いている背景に、男女が入るようなホテルが描いてあった時も、主婦の方から電話があり、そのコマはいかがなものかと問い合わせがあった。その時は、「町を歩いていれば、いやがおうでも、そういうものは目に入るし、消すわけにはいかない。むしろ、必要悪とは言わないまでも、そういうものが、どういうものか、いつか知ることになるわけで、それに気づいて質問されたら、きちんと答えてあげることが大事なのではないか。」という答え方をした。主婦のみなさんが集まって、こういうことで説明が必要なら、私が出向いて説明しますと話したところ、納得していただけたようだった。とにかく誠意を持って、相手の気持ちを考慮して、きちんと対応することが大事なのだ。

 「少女コミック」の編集長時代は、初めての編集長ということもあり、あっという間に時が過ぎた。単行本も年を追うごとに倍々の売れ行きで、そろそろ左うちわとまではいかなくても、一息つけるなと思ったのも束の間、部長から呼ばれ、次は「ちゃお」の編集長をやってくれと命令された。

→第37回 「ちゃお」と「ぴょんぴょん」の合併へ

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