たとえば立ち食いそばに関心はなくても、立ち食いそばに人生を賭けている人がいれば興味をそそられるだろう。この鼎談本の面白さはそこに通じる、と思う。実際、本書に登場する映画のほとんどを私は見ていないが、3人の映画に対する常軌を逸した偏愛ぶりからは目が離せなかった。
話題作・問題作を世に問うてきた映画監督の黒沢清と青山真治は、映画狂の御大・蓮実重彦が立教大学で映画論を講義していたときの教え子だ。だから取り上げる最近の映画、とりわけアメリカ映画に対する評価に対立はない。というよりむしろここでの3人は、映画に関する“反時代的な神話”をつくるために集まった共犯者に近い。
たとえば「今、映画の両極にゴダールとイーストウッドがいる。それについて真剣に考え込んでいるのがスピルバーグである」という神話。自らほとんどフィクションと認めるこの図式を3人は所与の事実として共有し、超マイノリティーの幸福と不幸をかみしめる。蓮実御大はゴダールの新作の上映時間が「12分長すぎる」と断言し、それをゴダールに伝えようとする。それぞれ何げないショットに「慟哭」したり「号泣」したり「滂沱の涙」を流したり…。
共犯者たちの集いは実に楽しそう。そばにいたら相当うっとうしいような気がするが、でも立ち食いそばのダシ加減に号泣している人がいたら、試しに自分も食べてみたくなるでしょ(ならないか)。3人推奨の「傑作」、試しに見てみますか。
(リトル・モア 1900円+税)=片岡義博