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足利事件:菅家さん無罪 裁判長が謝罪 宇都宮地裁

足利事件の再審判決公判で弁護団とともに入廷する菅家利和さん=宇都宮市の宇都宮地裁で2010年3月26日午前9時50分、小林努撮影
足利事件の再審判決公判で弁護団とともに入廷する菅家利和さん=宇都宮市の宇都宮地裁で2010年3月26日午前9時50分、小林努撮影

 栃木県足利市で90年に4歳女児が殺害された「足利事件」で無期懲役が確定し、09年6月に釈放された菅家利和さん(63)の再審で、宇都宮地裁は26日、無罪判決を言い渡した。佐藤正信裁判長は「DNA鑑定に証拠能力はなく自白は虚偽で、犯人でないことは誰の目にも明らかになった」と述べた。佐藤裁判長は判決言い渡し後、2人の陪席裁判官とともに立ち上がり、「菅家さんの真実の声に十分に耳を傾けられず、17年半の長きにわたり自由を奪うことになりました。誠に申し訳なく思います」と菅家さんに謝罪した。

 論告で無罪を求めた宇都宮地検は即日、上訴権放棄の手続きを行い地裁に受理された。逮捕から18年余を経て菅家さんの無罪が確定した。死刑か無期懲役が確定した事件で、再審無罪判決は89年の「島田事件」の静岡地裁判決以来21年ぶり。

 有罪確定の根拠となったDNA鑑定と菅家さんの自白について判決がどのような判断を示すかが焦点だった。

 判決は、検察側推薦の鑑定人によるDNA再鑑定の結果を基に「菅家さんが犯人でないことを如実に示している」と判断。最高裁が初めて証拠能力を認めた捜査段階のDNA鑑定について、再審公判で専門家3人がいずれも分析対象の写真が不鮮明だと指摘したことを挙げ、「判定過程に疑問が残る」として証拠能力を否定した。

 自白については「捜査官に、結果的に誤っていたDNA鑑定を告げられたことが最大の要因。想像をまじえて供述しており、信頼性は皆無」と指摘した。そのうえで、1審公判中の92年12月、検事が別事件の取り調べ中に足利事件について追及したことを検討。公判維持に必要ではないうえ、黙秘権の告知や弁護士への事前連絡をしていないとして違法な取り調べと断定した。ただし、1審公判での自白の証拠能力には影響しないとした。

 再審は09年10月から始まった。弁護側は▽DNA型を再鑑定した鑑定人の証人尋問▽菅家さんの取り調べを録音したテープの再生▽担当検事(当時)の証人尋問--を求めた。佐藤裁判長は「確定判決の手続きに違法があるかを検討するためなら可能」として、いずれも採用した。【安高晋、戸上文恵、北村和巳】

 ◇「冤罪、これで最後に」

 判決後、菅家さんは「うれしい限りです。(裁判長の謝罪は)予想もしていなかった。(冤罪(えんざい)は)これで最後にしてもらいたい」と晴れやかな表情で話した。

 【ことば】足利事件

 90年5月、栃木県足利市のパチンコ店駐車場で4歳女児が行方不明になり、翌日約700メートル離れた渡良瀬川河川敷で遺体で発見された。県警は91年12月、川底から見つかった女児の着衣に付着した体液とDNA型が一致したうえ、殺害を自白したとして、菅家さんを逮捕。菅家さんは1審公判の途中から否認に転じたが、1、2審で無期懲役判決を受け、00年に最高裁で確定した。再審請求の即時抗告審で東京高裁はDNA型を再鑑定し、09年6月に「一致しない」として再審開始を決定。同10月に宇都宮地裁で再審が始まった。事件は05年、公訴時効が成立している。

 ◇解説 「自白」「DNA」 誤判原因

 足利事件の再審で宇都宮地裁は、菅家さん有罪の決め手とされた「DNA鑑定」の証拠能力と「自白」の信用性について、明確に否定した。検察側が無罪を争わない中、異例の訴訟指揮で改めて検証したうえでの指摘だ。誤判の原因解明に踏み込んだと言え、佐藤裁判長の謝罪もその延長にあると言える。

 強姦(ごうかん)罪などで服役後に別の真犯人が判明した「氷見事件」の再審(07年)では、裁判所は弁護側の取調官らの証人尋問請求を退けた。

 今回も検察側は「速やかな無罪こそが名誉回復になる」と主張した。しかし、佐藤裁判長は弁護側の主要な要求を受け入れ、DNA鑑定を巡る専門家3人の証人尋問と取り調べテープ再生、元検事の証人尋問が実現した。

 こうした訴訟指揮の背景には、17年半もいわれのない罪で社会から隔絶された菅家さんへの配慮に加え、裁判員制度が始まり国民の司法への関心が高まっていることがあるとみられる。国民の司法参加の基盤を揺るがさないため、司法の信頼回復を目指した側面は否定できないだろう。

 約半年にわたる7回の再審公判では、科学捜査や自白に頼りすぎる危険性が浮き彫りになった。捜査当局や裁判所、そして裁判員になるかもしれない国民全体が教訓として今後に生かしていかなければならない。【北村和巳、安高晋】

 ■足利事件再審無罪判決の骨子■

 ▽菅家さんは無罪

 ▽捜査段階のDNA鑑定に証拠能力はない

 ▽自白の証拠能力は否定されないが、信用性は皆無。起訴後の取り調べには違法性が認められる

毎日新聞 2010年3月26日 10時12分(最終更新 3月26日 13時52分)

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