TV DVD-BOXプロジェクト発進! 監修:西崎義展 発売:バンダイビジュアル 2008年2月22日発売予定

INTERVIEWS

part 1

沖田十三は最初、
70代ぐらいのキャラクターだと思いました(笑)

──納谷さんが沖田十三を演じていらっしゃったのは、1974年から75年にかけてでしたね。

納谷 もう30年以上前ですよ。

──当時、納谷さんは40代半ばで、役者としていちばん脂の乗った時期だったと思われますが。

納谷 1日7本ぐらい録ってたのを覚えてますよ。吹替やアニメだけじゃなくて、CMや予告編のナレーションも含めてね。

──『宇宙戦艦ヤマト』の放映は、ちょうど『ルパン三世』(※1)の第1シリーズと第2シリーズの間の時期でした。まさに納谷さんの全盛期で、ものすごく多忙だったと思います。その中で、『ヤマト』という作品が、ほかの作品と比べて強く印象に残っているところはどのあたりでしょうか。

納谷 『ヤマト』って途中で終わったのかな。

──当初の予定より短くなったと聞いています。39話の予定が26話(※2)になったようです。

納谷 そうだよね。スタジオで「26話で終わり」と聞いたことを覚えています。ああそうなんだ、と思っていたら、そのあと急に評判になってね。

──再放送で人気に火がつきましたから。

納谷 続編ができたりして、こんなに評判になるなんて全然思ってなかったですよ。ファンの方はそれぞれの作品に想い入れがあるけれども、僕らは与えられた仕事をその場その場で一所懸命こなしているだけだからね。

──沖田十三という役について、お聞きしたいのですが。

納谷 沖田の印象はね、当時、僕40代でしょ。なんでこんな老け役をやんなきゃいけないんだと思ってました。

──ヒゲも真っ白だし、老人に見えますからね。

納谷 そうそう。あのヒゲの印象が強いから、アフレコの最初の頃は、70代ぐらいのキャラクターだと思って喋ってましたよ。でもよく考えると、いちおう艦長ということは70代なんてことはあり得ない。現役の艦長だったら50代ぐらいだから、もっと若くやれば良かったと思いました。

──音入れのときには画はちゃんと間に合っていたのでしょうか?

納谷 ないときもあったけど、意外と画は入っていたような記憶がありますね。

──アニメの場合、洋画の吹替とは違って、キャラクターを一から作り上げるわけですが。

納谷 そうですね。『ヤマト』は『ルパン三世』と時期が同じ頃だったんですけど、銭形の喋りと沖田の喋りはまったく違うでしょ。それがずいぶん面白かった。

──確かに銭形は派手で、いわば「動」のキャラクターですが、それに比べて沖田は「静」という感じがします。

納谷 今でも言われますよ、「まさか同じ人がやってるとは思わなかった」ってね。

──『ルパン』も『ヤマト』も音響監督は田代敦巳(※3)さんですね。

納谷 田代さんは、テアトル・エコー(※4)の舞台の音響もやってくださっていたのでツーカーの仲でしたよ。役作りにもずいぶん相談に乗ってもらいました。

──ツーカーと言えば、『ルパン』のキャストは山田康雄(※5)さんを始めとして、納谷さんとほぼ同じ世代の方々が多かったように見受けられますが。

納谷 そうですね。山田康雄とは、一緒に海の家を借りてましたから。

──海の家?

納谷 千葉の上総湊というところにある海の家をね、夏のあいだじゅう借りてましたよ。海の家からスタジオに通ってたんです。アフレコが終わるとすっ飛んで帰ったのを覚えています。それから酒を飲んだりね、いろいろと遊んでました。

──『ルパン』はまさにお仲間とツーカーな感じだったんですね。いっぽう『ヤマト』では納谷さんはキャストの中でも先輩格だったと思いますが。

納谷 なんかわいわいやりながら録った覚えがありますよ。伊武雅之(※6)君と冗談を言い合ったりしてね。

──伊武さんは、デスラーが最初の当たり役だと思いますが、当時はどんな感じだったのでしょう。

納谷 彼はまだ新人だったんですが、お互いに頭が薄くなってきたな、という話をしてましたよ(笑)。お前のほうが先に禿げるぞ、と言ったりとかね。

──お亡くなりになってしまいましたが、古代進役の富山敬(※7)さんの印象はどうでしたか。

納谷 ああ、敬ちゃんはね、いい奴でしたよ。あいつも僕と同じでお酒が好きでね。お互いによく飲みましたよ。あいつはちょっと飲み過ぎだったような気がしますけどね。『ヤマト』のイベントで東京湾の船上で上映会をやったとき、僕と敬ちゃんと、あと麻上洋子(※8)の3人で出演したことがあったんです。そのとき、敬ちゃんは朝から飲んでたんですよ。「お前、朝から飲むのかよ」と言ったら、「朝がいちばんうまいんですよ」って(笑)。

──酒飲みの人はそう言いますね。

納谷 ほんとに酒が好きな奴だったなあ。僕も好きだったけど、さすがに朝は飲まなかった。『ヤマト』のアフレコのときも、休憩時間に食事に行ったりしたんですけど、そのときも敬ちゃんは、まあビールぐらいでしたけど、飲んでましたね。僕は仕事が終わってから飲むのが大好きだったから、途中で飲むことはなかったんですけどね。でも、敬ちゃんはほんとにいい奴でした。いい奴が先に死ぬっていうのは本当ですなあ。

──森雪役の麻上洋子さんはいかがでしたか? 

納谷 当時はさすがに駆け出しの頃だったのでヘタクソだなあ、と(笑)。でも可愛かったですよ、森雪は。古代といいコンビだなと思ってました。

──麻上さんは『ヤマト』がきっかけで大人気になりましたし、麻上さんも新人時代にベテランの方々と一緒に仕事ができて幸運だったのではないでしょうか。

納谷 楽しかったですよ。熱気がありましたから。

 

※1 『ルパン三世』
第1シリーズは、1971年10月から72年3月までの全23回、第2シリーズは77年10月から80年10月の全155回にわたって日本テレビ系列で放映された。納谷さんは71年の第1シリーズ以降、07年に放映されたTVスペシャル版最新作『ルパン三世 霧のエリューシヴ』まで40年近く銭形警部を演じ続けている。

※2 39話の予定が26話
『宇宙戦艦ヤマト』は当初、39回の放映を予定していたが、裏番組の『アルプスの少女ハイジ』『猿の軍団』などに視聴率が及ばず、全26話のシリーズとして再構成された。『ヤマト』の人気が爆発するのは、放映終了後の再放送が高視聴率を獲得し、全国にファンクラブが結成されてからである。

※3 田代敦巳
1941年生まれ。日本大学芸術学部卒業後、虫プロダクションに入社し、音響スタッフとして活躍する。アニメの音響監督の草分け的存在。68年にグループ・タックを設立し、『ルパン三世』(第1シリーズ)、『まんが日本昔ばなし』『ふしぎの海のナディア』などの制作に関わる。

※4 テアトル・エコー
納谷さんが所属する劇団。井上ひさしやニール・サイモンなど、おもに喜劇の上演をおこなっている。大ベテランの熊倉一雄をはじめ声優としても活躍した俳優を多く輩出した劇団としても有名で、『リボンの騎士』のサファイア役の太田淑子や、『ヤマト』のヒス役で知られる山下啓介が所属している。

※5 山田康雄
1932年生まれ。納谷さんと同じテアトル・エコーに所属。ルパン三世役で一世を風靡し、バラエティの司会などでも活躍。クリント・イーストウッドやジャン=ポール・ベルモンドの吹替でも有名だった。93年没。

※6 伊武雅之
1949年生まれ。のち「伊武雅刀」と改名。声優として『ヤマト』のデスラー役を始め、『科学忍者隊ガッチャマン』や『未来少年コナン』などで活躍し、小林克也とのユニット「スネークマンショー」で人気を博す。現在は俳優として数多くのドラマや映画に出演している。

※7 富山敬
1938年生まれ。『ヤマト』の古代進役のほかに、『タイガーマスク』の伊達直人/タイガーマスク役や、『タイムボカン』シリーズのナレーター、『ちびまる子ちゃん』の友蔵役などで人気を博した。95年没。遺作は、『銀河英雄伝説』のヤン・ウェンリー役。

※8 麻上洋子
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イラスト:とり・みき

PROFILE
納谷悟朗 (なや・ごろう)
1929年北海道生まれ。59年、劇団テアトル・エコーに所属し、『二番街の囚人』『サンシャイン・ボーイズ』など、多くの舞台に出演するかたわら、ジョン・ウェインやチャールトン・ヘストンといった男性的な俳優の吹替を担当する。アニメでも『宇宙戦艦ヤマト』の沖田十三を始め、『ルパン三世』の銭形警部、『風の谷のナウシカ』のユパなどの個性的なキャラクターを演じている。現在も舞台を中心に幅広いフィールドで活躍中。

 

INTERVIEWER
とり・みき
1958年熊本県生まれ。79年、少年チャンピオンでデビュー。『るんるんカンパニー』『クルクルくりん』などのポップでシュールなギャグ漫画や、『愛のさかあがり』などのレポート風エッセイ漫画、『山の音』などのシリアスSF系漫画、シュールな9コマ漫画集『遠くへいきたい』(河出書房新社)など多彩な作品を発表している。外画(洋画)の吹替にも造詣が深く、『とり・みきの映画吹替王』(洋泉社)などの著作がある。

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