千石正一 十二支動物を食べる 世界の生態文化誌

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2008年02月15日 千石正一(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)

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~「寅」を食べる~
食う虎 食わぬ虎

 ジャコウネコ科はエキゾチックなために、その構成員の名称もなじみが少ない。ムーサン、シーベット、ジェネット、ビントロング、フサ、ファナルカといった種類の名で、その姿形を想い浮かべられる日本人はかなり少なかろう。

雷獣ハクビシン

ハクビシン
ハクビシン

 なじみのうすいジャコウネコ科の中ではハクビシンという種類名は有名である。「白鼻芯」と表記され、鼻筋に白い線のある印象的な顔をした動物だ。ただしこの白い条線のない個体もいるのでややこしい。あるいは分類学的にやや違うものなのかもしれないが。

 ハクビシンを知る人が多いのは、1つには日本にいる動物だからだ。先述と矛盾するが、日本のハクビシンはいくつかの根拠から外来種と考えられている。つまり、漢字文化が輸入され始めた頃にはいなかったのだ。近年は(外来動物にありがちなこととして)急激に生息地を拡げ、各地に生息発見情報がある。柿などの果樹に食害を与えたり、押し入れを巣にされ汚されたりだとかの被害も出ている。

 日本にハクビシンが定着するまでには何回もの侵入があったと考えられるが、最初はいつ頃であったろうか。多くの外来種は物流の急激に増した明治期以降に海外から侵入したのだが、ハクビシンは意外に古いようだ。

 江戸期の江戸に雷獣という見世物があった。その図や説明がハクビシンに合う。そもそも普通の動物ならわざわざ金を取る見世物には仕立てないであろうから、珍しい獣ではあった筈だ。雷と共に木に降りてくる、という但し書きもハクビシンにあてはめられうる。外灯も懐中電灯もない時代に、樹上でひっそり活動しているハクビシンなど、見かけられる機会はかなり少なかったろう。雷光があれば人は上を見ることが多かろうから、そこに浮かびあがるハクビシンを見ることになったのではなかろうか。

 年代のあるものでは、1801年に会津で古井戸に落ちた雷獣の記録がある。体は1尺6寸ほど(50cm弱)だったそうな。かなりハクビシンを匂わせる記載だ。相州(神奈川県)で捕らえた記録もある。

菓子狸

 動物に興味のない人も、サーズ騒ぎのときにニュースでハクビシンの名に接したかもしれない。発生原因を特定の野生動物種に決めつけるのはいかがかと思うが、ヤリ玉にあがること自体、人との接触が多いことを示す。野味(イェメイ)と呼ばれる野生動物の料理の食材として、けっこう普通に大量にマーケットで見かけられるのだ。現在はたぶん、野生動物保護の観点から売買は違法だと思うが、中国人がそう簡単に美味なるものをあきらめるわけはない。それを取締まるためにスケープゴートにしたのだろうか。

 広東や香港の人は、秋が野味の季節だとする。菓子狸(フオチーレイ)と呼ばれるハクビシンが、木の実と果実だけを食べるようになり、秋には脂が乗って芳香を発するという。

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執筆者プロフィル

写真:千石正一

千石正一
(動物学者/財団法人自然環境研究センター 研究主幹)

1949年生まれ。動物の世界を研究・紹介することに尽力し、自然環境保全の大切さを訴える。TBS系の人気番組『どうぶつ奇想天外!』の千石先生としておなじみ。同番組の総合監修を務める。また、図鑑や学術論文などの幅広い執筆活動のかたわら、講演会やイベントの講師なども多数務めている。著書多数。

この連載について

動物学者・千石正一が、食を通じた人類と動物の歴史について、自身の世界各地での実体験を交えながら生態学的・動物学的観点で分析。干支に絡めた12の動物を紹介する。