第222号 平成20年 1月11日(金)

学習指導要領に沖縄戦特例記述を求めた「教科書改善の会」の
要望事項についての「つくる会」の見解を発表
―文科大臣に不採用を求める意見書を提出―

 
 新しい歴史教科書をつくる会は、1月11日午後、「学習指導要領に沖縄戦特例記述を求めた『教科書改善の会』の文科省あて要望事項についての見解」をまとめ、「教科書改善の会」の要望書の不採用を求める意見書を文科大臣あてに提出、その後、文科省クラブの記者会見で発表しました。申し入れ及び記者会見には、藤岡信勝会長、杉原誠四郎副会長、鈴木尚之事務局長が出席しました。
今回、当会が文科大臣に対しこの申し入れを行ったのは、「教科書改善の会」の要望事項が、現在作業が進められている学習指導要領の策定作業に悪影響を及ぼしかねないと判断したからです。
「つくる会」が発表した見解の全文は次のとおりです。

学習指導要領に沖縄戦特例記述を求めた「教科書改善の会」の文科省あて要望事項に
ついての見解

                                          平成20年1月11日
                                         新しい歴史教科書をつくる会

はじめに
 昨年(平成19年)11月30日、教科書改善の会(代表世話人・屋山太郎氏。以下、「改善の会」と記す)は、文部科学大臣あての3項目の要望書を提出したが、そのうちの第3の要望事項として、「中学校の歴史、高等学校の日本史の学習指導要領改訂にあたっては、沖縄戦の犠牲に対する感謝と共感の念をはぐくむよう記述すること」を求めた。
これは、以下に述べるように、@教育内容の大綱的基準を示すという学習指導要領の性格に対する無理解に基づき、A「近隣諸国条項」にならって「沖縄条項」を制定せよというに等しく、B「沖縄特別論」という逆差別のイデオロギーを学習指導要領に持ち込み、C沖縄戦集団自決に関する高校日本史教科書の再検定後の反軍的記述をすら容認する、大きな誤りである。
 改善の会のこの要望事項は、つくる会の運動目標と真っ向から対立し、今後の私たちの教科書づくりにも深く関わる問題であり、無関心でいるわけにはいかない。つくる会は、そのような要望事項には明確に反対の意思をここに表明するものである。

(1)学習指導要領の性格に対する無理解
 第一に指摘しなければならないことは、改善の会の要望が学習指導要領の性格に対する無理解に根ざしているということである。例えば、現行の中学校学習指導要領(平成10年12月告示、平成15年12月一部改正)では、[歴史的分野]の「内容」の「(5)近現代の日本と世界」の中で、沖縄戦を含む昭和の時代の歴史について次のように書かれている。
  《 カ 昭和初期から第二次世界大戦の終結までの我が国の政治・外交の動き、
     中国などアジア諸国との関係、欧米諸国の動きに着目させて、経済の混
     乱と社会問題の発生、軍部の台頭から戦争までの経過を理解させるとと
     もに、戦時下の国民の生活に着目させる。また、大戦が人類全体に惨禍
     を及ぼしたことを理解させる。 》
昭和初年から昭和20年までの歴史について、ご覧のとおりたったこれだけ、わずか5行で記述されているに過ぎない。歴史用語としては、「第二次世界大戦」はあるが、「真珠湾攻撃」も出てこなければ、「満州事変」も「日華事変」も出てこない。「原爆投下」や「東京大空襲」もない。
 また、学習指導要領の「内容の取扱い」の(6)には、次の記述がある。
  《 カ カについては、世界の動きと我が国との関連を重点的にとらえさせる
     とともに、国際協調と国際平和の実現に努めることが大切であることに
     気付かせるようにすること。 》
 これも、わずか3行で記されているに過ぎない。学習指導要領は教育内容の大綱を示すものであるから、このように簡略な書き方をしているのである。この簡略な学習指導要領の中に、改善の会の要望通り、「沖縄戦の犠牲に対する感謝と共感の念をはぐくむ」といった個別のテーマについての記述が入るとすれば、それが「内容」の一部であろうと、「内容の取扱い」の一部であろうと、「原爆」や「東京大空襲」の扱いに比しても明らかに不釣り合いであり、学習指導要領の性格を逸脱したものにならざるを得ない。
 このような要望事項は、学習指導要領の全体を読むことなく書かれたに違いないと思われる。ことの是非以前の問題である。改善の会は、教育内容の大綱を示すという学習指導要領の基本的な性格について把握していないと言わざるを得ない。

(2)「沖縄条項」制定の要求と同義
 第二に、改善の会の要望は、教科書検定基準に「近隣諸国条項」ならぬ「沖縄条項」を制定せよと言うに等しいものである。
 昭和57年に「近隣諸国条項」が制定された当時、文部省は、その適用のための具体的ガイドラインとして、11の項目について検定意見を付けないという方針を定めた。11項目の内訳は、中国関係では、@「侵略」、A南京事件、の2項目であり、韓国関係では、B「侵略」、C土地調査事業、D三・一独立運動、E神社参拝、F日本語使用、G創氏改名、H「強制連行」の7項目であった。それ以来、歴史教科書は偏向した歴史観の持ち主である執筆者の書き放題となり、歴史教科書が自虐史観のオンパレードとなったことは周知の通りである。
しかし、忘れてならないのは、「近隣諸国条項」のガイドライン11項目の中には、上記の中韓関連のほかに、I東南アジアへの進出、J沖縄戦、の2項目が含まれていたことである。そして、J沖縄戦には、「日本軍の沖縄戦住民の殺害については、沖縄戦の記述の一環として、その原因、背景を正確に表現している記述については、検定意見を付さない」という説明が付されていた(世界日報、昭和57年11月10日付け。朝日新聞、11月16日付け)。その結果、沖縄戦についても偏向執筆者の書き放題となり、例えば「日本軍により、戦闘のさまたげになるとして集団自決を強要されたり、スパイ容疑などの理由で殺害されたりした県民も少なくなかった」といった、戦争の厳しい現実を無視して日本軍を悪逆非道に描き出す、反軍イデオロギーに基づく記述が定着してきたのである。
 このように、教科書検定基準には明示的な「沖縄条項」がないにもかかわらず、「近隣諸国条項」の一部であるかのように、沖縄戦について類推適用されてきた。今回の文科省の検定意見は、軍による集団自決の「命令・強制」説の根拠が学問的に崩壊したことを受けたものであったが、同時に近隣諸国条項の中の沖縄項目を聖域から外すことによって、近隣諸国条項の一角を解体するという潜在的意義を有していた。
 これに対し、改善の会の要望事項は、沖縄戦に関する教科書記述を再び鞏固に聖域化するものであり、それによって「近隣諸国条項」をもさらに鞏固なものにしていくという役割を果たすものである。
 

(3)「沖縄特別論」という逆差別思想を学習指導要領に導入
 第3に、改善の会の要望事項は、教科書検定基準における「沖縄条項」の制定にとどまらず、それ以上の深刻な意味を持っていることを指摘しなければならない。それは左翼勢力すら要求したことのない、「沖縄特別論」というイデオロギーを学習指導要領に書かせようとするものだからである。
 大局的に見て、この10年で歴史教科書はかなり改善されてきたといえる。「南京大虐殺」という表現や虐殺人数を記載する教科書は減少したし、満州事変や日華事変を「侵略」とする教科書も少なくなった。これら歴史教科書の改善は、「南京学会」を中心とした歴史研究の進展と、つくる会を中心とした教科書改善運動によって勝ち取られたものである。
では、近隣諸国条項が撤廃されていないにもかかわらず、なぜこのような歴史教科書の改善が可能だったのだろうか。それは、近隣諸国条項が教科書検定基準の一部にすぎず、自虐史観の執筆者が書いてきた教科書に文科省が検定意見をつけることを制約するという、いわば消極的な作用にとどまっているからである。例えば、つくる会の『新しい歴史教科書』が、「南京大虐殺」や「朝鮮人強制連行」という言葉を使わずとも検定に合格してきたのは、もともと教科書検定基準にすぎない「近隣諸国条項」には、執筆者が書いてこない自虐的記述を、文科省側が強制して書かせる機能はないからである。
 ところが、改善の会の要望事項は、教科書検定基準ではなく、学習指導要領に「沖縄戦の犠牲に対する感謝と共感の念をはぐくむ」と書き込ませるものであるから、「沖縄戦の犠牲に対する感謝と共感の念をはぐくむ」ように書かれていない教科書は、検定不合格とすることができる。さらに、教科書会社と執筆者は、「感謝と共感の念をはぐくむ」記述とは日本軍を悪逆非道に描く記述だと解釈して、沖縄戦に対する反軍的な記述をさらに拡大していくだろう。
沖縄の悲劇というべき痛ましい出来事があったのは事実である。しかし、だからといって沖縄だけを特別扱いすることは、他の戦争犠牲者や戦死者をないがしろに、歴史教育に一種の逆差別を持ち込むことになる。沖縄はかわいそうだというが、それなら広島・長崎の原爆で亡くなった人々はないがしろにしてよいのか、東京大空襲や全国各都市の空襲の犠牲者はどうか、満州でソ連軍の手によって残虐に殺された人々や、長期にわたるシベリア抑留で亡くなった人々はどうか、等々、挙げれば際限のない戦争の尊い犠牲者を列挙することができる。改善の会の要望事項はこれらの犠牲者への非礼を意味する。
 「沖縄特別論」とは、実際には、左翼勢力が失地回復のために沖縄を最後の策動の拠点に仕立てあげたイデオロギーにほかならず、その本質は日本国家解体運動である。改善の会はこのようなイデオロギーに染まって、あらぬ方向に走り出したのである。

(4)沖縄戦集団自決再検定結果の反軍記述を容認
 改善の会の要望がどのような教科書をもたらすかは、この度の沖縄戦集団自決に関する高校日本史教科書の再検定結果に対する改善の会の評価に現れている。沖縄戦の実態から離れ、旧日本軍を悪者に仕立て上げたおびただしい反軍的記述を文科省が再検定で認めたことについて、改善の会の代表世話人である屋山太郎氏は、「最終的な記述内容に特に異論はない」(産経新聞、12月27日付け)というコメントを出した。これが「沖縄戦の犠牲に対する感謝と共感の念をはぐくむ」ことの実体であれば驚くべきことである。
 同日、改善の会が発表したコメントでも、「中学校の歴史、高等学校の日本史の学習指導要領改定にあたっては、これまで沖縄戦における沖縄県民の犠牲に対して感謝と尊敬の念を欠き、沖縄と本土の感情が離間していたことを率直に反省し、沖縄戦の尊い犠牲に対する感謝と共感の念をはぐくむよう記述すること」と述べて、11月30日付けの要望事項をさらに敷衍して強調している。これでは、「教科書改善の会」ではなく、「教科書改悪の会」といわなければならない。同会の関係者の深刻な反省を求めるとともに、文科省への要望事項を撤回することを期待する。
                                              (以上)


 

 

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