プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
骨格形成、軟骨代謝に必須の新規遺伝子SLC35D1を発見
- 糖鎖科学、発生生物学が、骨・関節疾患研究の新たな接点に -
平成19年10月22日
◇ポイント◇
  • SLC35D1遺伝子のノックアウトマウスは骨格形成に異常を持つ
  • SLC35D1の機能欠損が、軟骨組織形成の不全を招く
  • ヒトの骨系統疾患「蝸牛様骨盤異形成症」の原因遺伝子がSLC35D1と判明
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、生体での働き・機能が謎であった糖ヌクレオチド輸送体※1の一つであるタンパク質「SLC35D1」が、身体の骨格形成に必須の役割を担っていることを突き止めました。理研遺伝子多型研究センター(中村祐輔センター長)変形性関節症関連遺伝子研究チームの池川志郎チームリーダー、古市達哉研究員と、免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫器官形成研究グループの古関明彦グループディレクター、平岡秀一研究員らを中心とする研究チーム※2による成果です。
 脊椎動物の骨格は、いったん軟骨により骨格の鋳型が形成され、これが後に骨に置換される過程を経て形成されていきます。この形成過程は、多くの遺伝子が関与する複雑なステップを踏んでいきますが、その全貌は未だ明らかとなっていません。このステップの異常は、骨系統疾患※3と称される先天的な骨格形成の異常をきたす疾患や、変形性関節症、椎間板ヘルニアなど一般人の罹患率の高い骨・関節疾患の原因となります。このため、この遺伝子が関与する複雑なステップを踏んで骨格が形成する機構の解明は、生物学だけでなく医学上の大きな課題となっています。  研究チームは、糖ヌクレオチドという分子の輸送に携わるSLC35D1の遺伝子を欠損するマウスを作製しました。このマウスは四肢や背骨の形成の異常を示し、出生直後に死亡しました。このマウスの軟骨組織を詳細に解析すると、軟骨の細胞外マトリックスの主要な構成成分であるアグリカン※4という分子に異常があることがわかりました。アグリカンには、1分子あたり100本以上のコンドロイチン硫酸鎖(CS鎖)※4という糖鎖が付加されます。SLC35D1遺伝子欠損マウスの軟骨組織では、CS鎖の含量が約1/4に低下し、鎖の長さが半分に減少していました。この結果は、SLC35D1によって輸送される糖ヌクレオチドが、CS鎖の合成に必要であること、および正常な長さのCS鎖が骨格形成に重要であることを意味しています。
 研究チームはさらに、SLC35D1遺伝子欠損マウスの病像が、ヒトの骨系統疾患である蝸牛様骨盤異形成症(Schneckenbecken dysplasia; SBD)※5と似ていることに気づきました。そこで、SBD症例のSLC35D1遺伝子の異常を調べた結果、2症例でSLC35D1の機能を完全に欠損させる変異遺伝子を見つけました。
 すなわち、これまで不明であったSBDの原因遺伝子を世界に先駆けて発見したこととなり、SBD及びその関連疾患の遺伝子診断を可能とする成果となりました。同時に、骨格の形成には糖鎖の代謝が重要な役割を果たしており、糖ヌクレオチド輸送体を中心とした糖鎖科学からの原因究明のアプローチが、骨・関節疾患の病態解明に不可欠であることが明らかとなりました。
 本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature Medicine』(11月号)掲載に先立ち、オンライン版(10月22日付け:日本時間10月22日)に掲載されます。


1. 背 景
 脊椎動物の骨格は、まず軟骨によって骨格の鋳型が作られ、その後、骨に置換される過程を経て形成されていきます。具体的には、まず将来の骨格の形に凝集した間葉系細胞※6が軟骨細胞へ分化します。軟骨は、この軟骨細胞の急速な増殖や細胞外マトリックス合成に伴って成長していきます。分化、増殖した軟骨は肥大化し、石灰化、血管侵入などのステップを経て、骨に置き換わっていきます。この間に軟骨細胞が機能異常をきたすと、骨系統疾患と総称される骨格の形成の異常を特徴とする一群の疾患を引き起こします。また、軟骨細胞の機能異常は、将来、変形性関節症、椎間板ヘルニアなど、一般の人々が非常に高い確率で発症する骨・関節疾患の原因になることも知られています。
 軟骨組織には、糖タンパク質の一種であるプロテオグリカンが豊富に存在し、軟骨が受ける圧力を吸収するなど重要な役割を担っています。このプロテオグリカンは、細胞外マトリックスの主要な構成成分で、タンパク質(コアタンパク質)にグルコサミノグリカンという糖鎖がたくさん結合した構造をもつ分子の総称です。プロテオグリカンを構成する糖鎖は、軟骨細胞の小胞体やゴルジ体などの細胞内小器官内の中で、糖ヌクレオチドという分子をもとに合成されます。その際、糖ヌクレオチドは、細胞質で作られるので、細胞質から細胞内小器官内へ運び込まれる必要があります。その役割を担っているのが、糖ヌクレオチド輸送体です。
 糖ヌクレオチド輸送体の一つであるタンパク質「SLC35D1」をコードするSLC35D1遺伝子は、プロテオグリカンの糖鎖の一種であるコンドロイチン硫酸鎖(CS鎖)の合成に用いられる糖ヌクレオチドを輸送することが知られていました。しかし、SLC35D1が運ぶ糖ヌクレオチドが、CS鎖の合成にどの程度必要であるのか、またどの組織で必要性が高いのかなど、その生体内の機能については、全くわかっていませんでした。


2. 研究手法と成果
(1) SLC35D1遺伝子欠損マウスの作製
 研究チームは、ES細胞を用いた相同組換え法によって、SLC35D1遺伝子を欠損したマウスを作製しました。このマウスは著しい骨格形成の異常を示し、出生直後に死亡しました(図1)。このマウスの軟骨の組織学的変化を調べた結果、軟骨細胞の形態異常、細胞外マトリックスの著しい減少、およびプロテオグリカン分子の凝集体の減少を観察できました。この結果から糖ヌクレオチド輸送体SLC35D1が、マウスの骨格形成、軟骨マトリックスの代謝に不可欠な分子であることがわかりました。
(2) SLC35D1遺伝子欠損のCS鎖合成への影響
 軟骨組織を生み出しているプロテオグリカン凝集体の主成分は、アグリカンという分子です。アグリカンのコアタンパク質には100本以上のCS鎖が結合しています。酵母細胞を使った試験管内の実験で、SLC35D1はCS鎖の合成に用いられる糖ヌクレオチドを輸送することが知られているので、この糖タンパク質をコードするSLC35D1遺伝子を欠損したマウスの軟骨組織中のCS鎖の含量、糖鎖長を測定しました。その結果、含量は約1/4に、糖鎖長は半分に低下しており、短いCS鎖が付加された異常なアグリカンを作っていることが判明しました。この結果から、SLC35D1によって輸送される糖ヌクレオチドは、軟骨組織中のCS鎖の合成に用いられており、正常な含量と正常な糖鎖長のCS鎖がマウスの骨格形成に必須であることがわかりました。
(3) 蝸牛様骨盤異形成症症例におけるSLC35D1遺伝子変異の同定
 研究チームは、SLC35D1遺伝子欠損マウスの骨格異常、軟骨の病理組織像が、ヒトの致死性の骨系統疾患である蝸牛様骨盤異形成症(Schneckenbecken dysplasia; SBD)の病像と非常によく似ていることに着目しました(図2)。SBDと診断されたヒトの症例についてSLC35D1遺伝子の変異を調べた結果、2例でSLC35D1の短縮を引き起こす変異を見つけました。酵母を使った実験系で、この変異タンパク質の糖ヌクレオチド輸送機能を調べると、輸送機能を完全に欠損していることがわかりました。これは、マウスと同様にヒトでも、SLC35D1の機能の欠損が重度の骨格の形成異常を引き起こすことを、世界で初めて証明したことになりました(図3)。


3. 今後の期待
 特に、妊娠後期から新生児早期までの周産期に死亡するような重症の骨系統疾患の多くでは、原因遺伝子が見つかっていないため、予後の推定、治療方針の決定、再発リスクの評価、遺伝カウンセリングなど、周産期医療、産科・小児科診療の様々な局面に大きな問題を与えています。今回、SBDの原因遺伝子がSLC35D1遺伝子であることを世界に先駆けて発見したことは、SBDの遺伝子診断を可能とし、この分野の医療を一歩前進させる成果となりました。また、骨系統疾患の原因遺伝子の同定により、今後、SBDの病態、発症のメカニズムが急速に解明でき、将来的には治療に繋がることが期待できます、さらに、SLC35D1以外の糖ヌクレオチド輸送体、またはCS鎖の合成に関わる遺伝子の変異を調べることによって、新たな骨系統疾患の原因遺伝子を見つけることが期待できます。
 近年、変形性関節症とグルコサミンやコンドロイチンの関係性など、骨・関節疾患と糖鎖との関係が注目を浴びていますが、あまり科学的に探求されてはていませんでした。今回の研究成果は、SLC35D1遺伝子を中心としたヌクレオチド輸送体やCS鎖合成に携わる分子の機能異常が、骨・関節疾患の病因・病態に密接に関与していることを示しています。骨格形成、軟骨代謝における糖鎖の機能の解明など糖鎖生物学的観点からのアプローチが、今後、変形性関節症や椎間板ヘルニアなどの骨・関節疾患の画期的な治療薬・治療法の開発に繋がることが期待できます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 遺伝子多型研究センター
 変形性関節症関連遺伝子研究チーム
  チームリーダー  池川 志郎(いけがわ しろう)

Tel: 03-5449-5393 / Fax: 03-5449-5393
 横浜研究所 研究推進部 企画課

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 糖ヌクレオチド輸送体
糖鎖は末端に単糖が付加され、伸長することによって形成される。このとき、そのままの単糖ではなく、ヌクレオチドの結合により活性化された糖供与体である糖ヌクレオチドが、この付加反応に利用される。糖ヌクレオチド輸送体は、小胞体やゴルジ体に存在する膜介在性タンパク質で、細胞質の糖ヌクレオチドを、糖合成の場であるこれらの細胞内小器官内へ運び込んでいる。SLC35D1は糖ヌクレオチド輸送体の一つで、コンドロイチン硫酸やヘパラン硫酸という糖鎖の合成に用いられる糖ヌクレオチド(UDP-GlcUA、UDP-GalNAc、UDP-ClcNAc)を小胞体内へ輸送する。
※2 今回の研究チーム
本研究は以下の研究者との共同研究による。
Cedars-Sinai Medical Center, UCLA (Drs. David L. Rimoin, Daniel H. Cohn)、 Centre for Pediatrics and Adolescent Medicine, Freiburg University Hospital(Dr. Andrea Superti-Furga)、Department of Pathology, University Medical Center Utrecht (Dr. Peter G. Nikkels)、東京医科歯科大学・医歯学総合研究科分野(柴田俊一先生、柳下正樹先生)、千葉大学薬学部・分子創薬科学研究部門(豊田英尚先生、豊田亜希子先生)、東京都臨床医学総合研究所・生命情報研究部門(佐内豊先生、石田信宏先生)、清瀬小児病院・放射線科(西村玄先生)。
※3 骨系統疾患
骨系統疾患(skeletal dysplasia)とは、骨、軟骨など骨格を形成する結合組織の成長・発達・分化の障害により骨格の異常をきたす疾患の総称で、そのほとんどが遺伝性をもつ。ISDS (International Skeletal Dysplasia Society:国際骨系統疾患学会) の定めた最新の分類では、372疾患がこのカテゴリーに属しており、そのうち146の原因遺伝子がすでに同定され、さらに、毎月のように新たな遺伝子が同定されている。しかし、依然として多くの疾患では原因遺伝子が見つかっていない。
※4 アグリカンとコンドロイチン硫酸鎖(CS鎖)
アグリカンは軟骨特有の巨大プロテオグリカンである。分子量約22万Daのコアタンパク質に100本以上のコンドロイチン硫酸鎖(CS鎖)が共有結合してできており、分子量は計220万Daにおよぶ。CS鎖はグルクロン酸(GlcUA)とN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)の二糖の繰り返し構造からなる。CS鎖は多量の水分を吸収し、軟骨に弾力性を与えている。マトリックス中のアグリカンの機能は、いまだ十分にわかっていない。
※5 蝸牛様骨盤異形成症(Schneckenbecken dysplasia)
妊娠後期から新生児早期までの周産期に死亡する骨系統疾患で、常染色体劣性の遺伝形式をとる。Schneckenbeckenとはドイツ語で、蝸牛(かたつむり)のような骨盤(Schneck=蝸牛、Becken=骨盤)という意味で、骨盤を形成する腸骨という骨が、蝸牛のような特徴的な形をしていることに由来する。蝸牛様骨盤異形成症が属する骨系統疾患(先天性の骨格の異常症)の多くは手足が短く、身長が極めて低くなる。
※6 間葉系細胞
骨、軟骨、靭帯などの結合組織のもとになる細胞。


図1 SLC35D1遺伝子欠損マウスの表現型
(A) 出生直後のマウス外観。
SLC35D1遺伝子欠損マウスは、著しい骨格形成異常を示す。特に手足が短い。
(B) 軟骨組織写真。
SLC35D1遺伝子欠損マウスでは、軟骨細胞の形態異常(球状化)、細胞外マトリックスの減少がみられる。
(C) 軟骨細胞外マトリックスの電子顕微鏡写真。
SLC35D1遺伝子欠損マウスでは、プロテオグリカン凝集体が著しく減少している。


図2 蝸牛様骨盤異形成症のX線写真
(A) 全身正面像(死産児)。
重度の骨形成の障害。四肢が短く、長管骨はダンベル型をしている。肋骨も短く、背骨は扁平である。
(B) 腸骨の拡大像。
蝸牛(かたつむり)に似ている。


図3 蝸牛様骨盤異形成症の発症メカニズム
SLC35D1は、コンドロイチン硫酸(CS)鎖の合成に用いられるUDP-GlcA、UDP-GalNAcを細胞質から小胞体内へ輸送する。SLC35D1の機能が欠損すると、小胞体内のUDP-GlcA、UDP-GalNAcが欠乏し、CS鎖合成が不十分となり、短いCS鎖が付加されたアグリカンが作られる。この短いCS鎖を持つ異常分子は、アグリカンの機能を十分に発揮することができないため、軟骨細胞の機能異常、骨格形成不全につながるものと考えられる。

<< 戻る [Go top]
copyright (c) RIKEN, Japan. All rights reserved.