「有馬記念・G1」(23日・中山)、馬単、3連複、3連単でレース史上最高配当となった有馬記念。波乱を呼んだのは、蛯名正義騎手(38)の思い切りのいい騎乗だった。9番人気マツリダゴッホで4角先頭の積極策。本人も認める“KY(空気が読めない)”の勝利だったが、自身にとっては過去の同馬での忌まわしき落馬事故を振り払う会心のレースとなった。
11万を超える観衆がどよめいた。年度代表馬の座もかかる大一番の最後の直線。後方にいる1番人気メイショウサムソンに、有馬男ペリエのポップロック、ファン投票1位のダービープリンセス・ウオッカの上位人気馬はすでに圏外だ。
声援があきらめムードの悲鳴に変わる中、9番人気マツリダゴッホが先頭でゴールを駆け抜けた。右手人さし指を天に向け突き上げた蛯名。オーナーも生産者も不在という異例の状況での勝利。殊勲のヒーロー自身が場違いの空気を感じ取っていた。「ゴールに入った瞬間“勝っちゃったよ”って感じ。KYいやCKYって言われちゃった」。今年の流行語KYの、そのさらに上を行くC(=超)KY状態に、思わず苦笑いを浮かべた。
気配はあった。前日にJRA年間100勝を決めていた蛯名は、この日も手綱さばきがさえまくる。4Rの新馬戦を勝つと、本番と同じ中山芝二千五百メートルで行われた7Rを7番人気馬で勝利。そして迎えた有馬記念。好スタートから3番手の絶好位を奪い、勝敗を分けるポイントとなる4コーナーを迎えた。
早め先頭の必勝パターンに持ち込むべく、ダイワスカーレットが馬場のいい外めに進路を取る。その瞬間を見逃さなかった。ためらわず内を突き、コーナーワークで前に出たことが最後まで効いた。「あそこで安藤(勝)さんの内に突っ込んだのが良かった。それでも何かに差されるんじゃないかって思ったけどね」。蛯名の持ち味でもある“思い切りの良さ”が勝利を呼び込んだ。
コンビを組んだ06年秋のセントライト記念では落馬のアクシデントもあった。「いろいろあったけど、これで少しは返すことができたかな」。その落馬地点でもあった中山の4コーナーでの好プレー。それは忌まわしき過去をすべて消し去るに十分のものだった。
結果的に実績馬の人気は“偽”だった。前記の“KY”とあわせて、暗い世相を象徴するような有馬記念となった。「レース前、トレーナーは(1月末の)AJC杯に使うって言ってたけど、そんな使い方をしたら(ファンに)怒られちゃうよ」。思わぬ金星で今後の予定は白紙になった。大種牡馬サンデーサイレンスの最後の世代となる明け5歳馬。眼前に明るい未来の広がったマツリダゴッホの活躍が、08年日本の世相にも光をともす。