エジPOPトピックスVol.3
ポケモン陰謀説の謎

や、日本国内のみならず、全世界のアイドルとなった「ピカチュー」。ここエジプトでも当然大人気です。しかし、子供たちの友達ポケモンに対し、サウジ・アラビアのさる宗教的権威が「ポケモンはハラームである」とのファトワー(宗教的見解、とでも訳せましょうか)を出したとかで、湾岸を始めアラブ諸国では大変な騒ぎになっている、という情報が報じられました。さらに反ポケモン運動が、ぼちぼちエジにも上陸しだしたというので、今回、僕が見た新聞二紙の記事を紹介しましょう。ひとつは芸能新聞『ヌグームAkhbar al-Nugum』、もう一つは英字新聞『アハラーム・ウィークリーAl-Ahram Weekly』です。本来ならエジを代表するクオリティー・ペーパーである、『アハバール』や『アハラーム』のアラビア語版を参照すべきなのですが、ちょっと日和ってそれぞれの芸能版と英語版しか参照しませんでした(汗)。まあご容赦を。(2001/04/30)


Al-Ahram Weekly 26April2001
ポケモン陰謀説とは?

 まず、『ヌグーム』からの引用をちょっとご覧ください。

この子供のオモチャに対する論争(くだんのファトワーのこと)は、アラブ諸国の世論に影響を及ぼす重大な決定となった。学校の教師やモスクの長老たちが一昼夜のうちに、「ポケモン」という名の新たなシオニストの侵略と、「ピカチュー」「チャルマンド」「ガルウィース」という子供向けオモチャのキャラクターのお面を被った異教徒の計略に対し、武装して立ち向かう兵士へと変身したのである。それら(ポケモンのキャラクター)がシオニストの工作員であり、ダビデの六角星がそれらの力の源であること、そしてそれらマンガのキャラクターたちの名前が、偉大な神を汚しユダヤ教への改宗を呼びかける意味を持つヘブライ語の単語に他ならないことは、疑う余地がないというのだ。
 いやはや、大変なことになってるみたいです、アラブ諸国では。もちろん『ヌグーム』は芸能誌とは言えクオリティー・ペーパーの一セクションですから、これを書いてる記者もこの内容も真に受けて書いてるんじゃなくて、批判的に紹介しているんです、念のため。ところで、ピカチューは日本語でも英語でもアラビア語でも「ピカチュー」と呼ぶみたいですが(ただしアラビア語ではカチュー)、チャルマンド、ガルウィースって何でしょうね?英語の記事をみると、尻尾に火のついたトカゲのキャラの下にCharmanderと書いてあったので、多分それのことでしょうね。日本版では「ヒトカゲ」とかいうかわいい名前が付いてたように記憶してます。

 くだんのファトワーが具体的にどんな根拠でどんな内容だったのかは、正確にはわからないのですが、『アハラーム・ウィークリー』によれば、ポケモンに関してなされている主張は以下の通り。
ある者は、ポケモンのゲームが子供に賭博の原理を教えることになる、と主張し、またある者は、これらの小さな生き物(ポケモンのこと)は子供を洗脳するイスラエルの工作員である、と唱えている。さらに深刻なことに、次のように明言するサウジのファトワーが出されている。「ポケモンは、ダーウィンの進化論を採用した賭博ゲームであり、ゆえに反イスラームである。」さらにそのファトワーはこうも主張している。「ポケモンカードには、ダビデの星やキリスト教の十字架など、様々な宗教、カルトのシンボルが用いられている。」
 むむ、どうしてダーウィンの進化論が出てくるの?はい、確かにポケモンでは、ピカチューたちは経験を積むとさらに強力なモンスターへと「進化」するんですよね。そのことを、ダーウィンの進化論の採用、と呼んでいるのでしょう。で、ダーウィンの進化論というのは、唯一の神が六日間で世界を創造した、という一神教のドグマと矛盾するというので、発表された当時はダーウィン氏も、教会から総すかんを食らったんでした。これは昔の話だけでなくて、最近もアメリカのどこかの州では、学校の生物の授業で進化論を教えてはならない、という決定を下したところがあるそうですし、キリスト教、イスラームを問わず厳格に一神教の教えに忠実であろうという人たちの中には今でも、進化論は神への冒涜!と主張する人がいっぱいいるのです。

 もう一つ、ダビデの星や十字架が用いられているという主張についてですが、以前アメリカにポケモンが上陸したばかりの時に、報じられたニュースを皆さん、覚えていらっしゃいますでしょうか。あの時は、ポケモンカードの中の一つに、卍(まんじ)マークがデザインされていて、それがナチスの鍵十字を思い起こさせるというので、カードが回収された、という事件でした。ダビデの星のデザインが、本当になされているかどうかは未確認ですが、まあ、ポケモンカードにはそんな前科がありますから、あながちでたらめとも言えません。かたや反ユダヤ主義、かたやシオニズムと、丸きり正反対の主張のようですが、笑い事ではありません。これから世界進出をしようとする日本のアニメ制作者たちは、民族・宗教の問題にはかなり気を遣っていかなければならないでしょう。

さらに『ヌグーム』によると、

このゲーム(ポケモンカードのこと)には、性的不能やガンを引き起こす成分が含まれているという噂さえ広がっている!
 ...たいしたヒステリーです。アラブ民族を根絶やしにしてしまおうというシオニストの陰謀、恐るべし!触っただけで不能やガンになるカードって、一体どんなんでしょうか。放射性物質でも含まれているのか。

『ヌグーム』447号

エジプト人の反応

 さて、エジは民主国家ですし、成熟した消費社会を形成するエジプト人が、こんな電波の飛びまくった噂にもそうそう引っかかることはない、と思われるのですが、なかなかどうして、やはりデマというのは恐ろしいものです。エジの新聞『ミーダーン』に掲載された記事によると、

「ポケモン」とは「私はユダヤ人である」の意味である
「ピカチュー」とは「ユダヤ人になれ」の意
とのこと(Al-Ahram Weeklyより)。おいおい、ミーダーンって新聞、大丈夫か?といいたくなります。テレビの中でピカチューは、あんなかわいい顔をしてサトルくんたちに「ユダヤ人になれ」と連呼していることになるのでしょうか。さらに市井のカイロっ子たちの反応として、アハラーム・ウィークリーにいくつか興味深いエピソードが紹介されていました。
「空からポケモンカードが降ってきたんだ。」ショブラ(カイロの街区)に住む12歳のサイイド・ムスタファ君は言った。ポケモンを誹謗する記事を読んだとある地元のお父さんが、息子の持つポケモンカードをバルコニーから投げ捨てたのである。通りの子供たちは、宝物を集めるためにバルコニーの下に集まり、当のカードの所有者はヒステリックに泣き叫んでいた。その父親は、記者に対して全くのノーコメントであった。
肉屋のおかみさん、ゼイナブ・アブドルカリームさんは、レジの上に『ミーダーン』紙の記事を掲げ、ポケモンは「悪魔のもの」と公言する。その証拠は?「私は(ポケモンカードを)燃やそうとしたけど燃えなかった。トイレに流そうとしたけど流れなかったのよ。だから、あいつらは絶対に悪魔だよ
 あの〜、汚い話で恐縮ですが、たまたまでっかいう○ちをして、水を流しても流れていかないことがあったら、そのう○ちは悪魔なんでしょうか...

 さて、『ヌグーム』では、『ニューズウィーク』(アラブ版?)に掲載された一こまマンガを紹介して、読者にいい加減なデマは信じないようにと警告しています。そのマンガというのは、クーフィーヤを被ったアラブ人が、アラブ風の刀を振りかざして、逃げまどうピカチューを追いかけているというもの。その様子を見て傍らではシャロン・イスラエル首相が笑い転げています。そして、この風刺マンガに掲げられた表題はこう。

おお、ウンマよ!その無知ゆえに諸ウンマが笑っている。(ya umma dahikat min jahli-ha al-umam)
これは有名なアラブ古典詩の一節だそうです。「ウンマ」とは民族とか国家とか宗教共同体とか、かなり広い意味で用いられる単語。ここでは「アラブ民族」とか、「イスラム世界」を指しているのでしょう。デマに踊らされていたら、良い笑いものだぞ、と言いたいのでしょう。

で、『ヌグーム』の記事を書いた記者は、こんな感じの愛国的なメッセージでこの記事を締めくくっています。

われわれエジプト人の判断が、子供のオモチャや空想のキャラクターに対する根拠のない批判、さらには本や音楽、映画に対して破門やハラームを言い渡すファトワーにはつながらないよう、切に祈る。また、この子供のオモチャへの判断とマンガ・ポケモンとのうち続く戦争によって、アラブの栄光が失われることにならないよう、切に願うものである。
エジプト人って「言論の自由」とかそんなお題目が好きなんですよね。「アラブの栄光」なんて言う台詞は、額面通り受け取るよりは、ちょっと皮肉が混じっていると取った方がいいのかな。ともあれ、エジのメディアは結構冷静に事実を把握しているようで、ちょっと安心しました。

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