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ケガに泣かされ続けてきた多村だが、王監督との誓いを果たすために強い気持ちでプレーを続ける【 AFLO SPORT 】 |
新天地での開幕直後にアクシデントが……
「スペランカー」というテレビゲームがあるらしい。主人公は非常に弱々しく、なんでもない高さから落ちたり、少しの障害物に当たったりするだけでやられてしまうという。 多村仁は、一部のファンにそんな愛称で呼ばれている。2004年には40本塁打をマークし、昨年のWBC日本代表では5番打者を務めた強打者も、プロ入りして以来毎年のようにケガに泣かされて1度もフル出場できずにいるからだ。 昨年も4月と6月に故障し、39試合しか出場することができなかった。そしてついに、地元出身の生え抜きスターでありながら、横浜ベイスターズを放出されることになってしまったのだった。
ホークスにやってきた多村は、キャンプ、オープン戦と順調に過ごしてきた。開幕戦は「3番・レフト」で先発出場し、いきなり2本塁打をマーク。福岡のファンは、あらためてニューヒーローに心酔した。
だが、4月4日の西武戦(グッドウィル)でアクシデントが起こった。7回、一塁ベースを駆け抜ける際に一塁手のカブレラを避けようとして体勢を崩すと、そのまま立ち上がれなくなった。コーチに担がれてベンチに戻る。翌日、「左大腿(だいたい)二頭筋の筋膜炎」と診断された。左太ももの裏側が硬直した症状に見舞われたという。
当初、白髪邦雄チーフトレーナーは「大村のよりもちょっときつい程度」と説明した。大村が3月31日の対千葉ロッテ戦(千葉マリン)から欠場していることを考えれば、多村も同様かそれ以上の欠場が考えられた。チームが福岡から急きょ右打ちの外野手である井手正太郎を呼び寄せたことがそれを証明している。
王監督との約束のために
しかし、多村は「試合に出る」と言った。全試合に出場する、それが今季絶対に果たしたい目標だからだ。 「王監督と約束しましたから」
横浜からのトレードが決まった際、「あまりに驚いて頭の中の整理がつかなかった」という。その多村を救ったのが王監督からの電話だった。 「翌日に電話をいただきました。『縁』という言葉を使っていただきました。一緒にやることになった縁を大切にして頑張っていこう、と」 そして、多村は王監督に自身初のフル出場を誓ったという。
それを達成するため、これまでのトレーニング方法の一切を見直した。すると、下半身のトレーニングが極端に不足していたことが分かった。横浜時代にはほとんど走ったことがなく、上半身のウエートトレーニングばかりに励んでいたという。 1月の自主トレから、とにかく走った。特に瞬発系のトレーニングを大事にして、1キロにも及ぶ下り坂をダッシュするトレーニングなどを取り入れた。キャンプでもランニングは必須メニュー。キツイと言われるホークスの練習をこなして、かつ走る。「走りたくないよー」と弱音を吐いたこともあったし、「痛いところがある」とつぶやいたこともあった。それでも、絶対に休まなかった。 「練習を1日でも休んでしまったら、『またか』と言われてしまう。それは絶対にイヤだから」 シーズンフル出場するために、すべてに耐えてきた。
王貞治監督も、気持ちは同じだ。 故障した試合のあと、記者から「福岡に戻るのか」と質問されると「何言ってるんだ。明日も出ますよ。144試合出るって約束したんだから」と語気を強めたという。
ファンに120パーセントのプレーを
そして5日の西武戦、8回2死三塁のチャンスで代打として打席に立った。 「信頼して起用してもらったことに感謝しながら打席に向かいました」 気持ちの入った一振りで、打球はセンター前へ落ちるタイムリーヒットとなった。 「何も仕事をしないまま引っ込むわけにはいきませんでしたから」 記録のためだけにやるのではない。もちろん、最大の目標はチームの優勝だ。個人のためにチームの足を引っ張ることだけは絶対にイヤだった。
7日からの北海道日本ハム戦(ヤフードーム)も、もちろん出場するつもりだ。本拠地のファンが大歓声で出迎えてくれる。 「この球場はスゴイ。360度すべてホークスのファンですから。あのサウンドは鳥肌が立ちます」 ホークスに来てよかった――最近は心からそう思えるようになった。
残りは133試合と、クライマックスシリーズ以降を含めたプラスアルファ。目標へは険しい山がたくさんあるだろう。それでも、多村は誓う。 「けがを恐れて全力プレーできなくなるのはダメ。100パーセントではなく、120パーセントのプレーをお見せします」
<了>
■田尻耕太郎/Kotaro Tajiri
1978年8月18日生まれ、熊本県出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。2002年卒業と同時に、オフィシャル球団誌『月刊ホークス』の編集記者として活動。04年8月より独立。現在もホークスを中心に九州のスポーツを取材。『月刊ホークス』(ソフトバンククリエイティブ)、『スポルティーバ』(集英社)、『九州ウォーカー』(角川クロスメディア)、『別冊宝島』(宝島社)、『プロ野球アイ』(日刊スポーツ出版)などの雑誌媒体をはじめ、福岡ソフトバンクホークス公式メディアのスタッフとして球団公式サイトにも寄稿している
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