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[2005年 12月 24日]
第21回 日中韓副教材への疑問(その4)
<写真1>独島(日本名・竹島)観光客(朝鮮日報)

 東アジアの歴史対話自体については、僕は肯定的に評価している。「東アジアで共通の歴史認識ができるわけがない」「国家間の歴史対話は無意味だ」などというシニカルな態度を、僕は取らない=写真1。

 相互の歴史対話を通じてお互いの歴史認識の違いを明確にし、そのうえでいかにして「共生」(それは「共苦」である場合も少なくない)を考えるのが、知恵の出しどころだと思っている。

 「事実に基づき、礼儀を尽くして、是々非々で論語すれば、日韓『歴史問題』は必ず解決できる。それが私の信念だ」

 西岡力・東京基督教大学教授は新刊の著書「日韓『歴史問題』の真実」(PHP・刊)のまえがきで、このように書いている。僕もまったく同感である。

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 では、鳴り物入りで出版された「未来をひらく歴史」3カ国版が、どうして前述(18〜20回参照)のようなお粗末な記述になってしまったのか?

 その理由を推測するには、ほかならぬ日本側執筆の中心メンバーのひとりである大日方純夫・早稲田大学教授が、ハンギョレ新聞(5月15日)の共同インタビューで答えた内容が参考になるだろう。

 「日本ではかなり前から東アジアの歴史教育について研究と討論を重ねている研究グループがあります。特に研究者・教師集団の中で、多様なグループが日韓間の経験や研究を交流しています。この中で一部は、これまでの成果を整理する作業を進めています」

 「したがって、そのような(専門的な)試みの観点から見れば、今回の共同教材の出版については、いろいろ未熟な点や問題点を指摘できるでしょう。拙速だという批判もあるかもしれません」

 「しかし、2005年春に、どのようにしても(共同教材を)出版するということ、このために全力を尽くすこと、これが私たちの合意事項でした。ここには3カ国の歴史教育をめぐるきわめて高い実践的な課題があります(後略)」

 ここで大日方教授が認めているのは、とにかく「2005年春に出版することが実践的な課題だった」ということである。分かりやすくいえば、2005年の歴史教育界で焦点になっていた「新しい歴史教科書・改訂版」の検定・採択に対抗することが先決だったということだ。だから「拙速」との批判もいとわず、3カ国共同の「産物」として、出版を急いだということなのである。

<写真2>独島(日本名・竹島)Tシャツ(朝鮮日報)

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 「歴史記述」に「政治的運動」を介入させるなら、その歴史記述の質が、無残なまでに低下するのは明らかだ。歴史研究者としては自殺行為に近い。だから、まともな歴史研究者の中では「未来をつくる歴史」に対する評価は、きわめて低い=写真2。

 日本でも知られている韓国人教授は、怒気をあらわにしながら、僕に「この副教材は、歴史記述の水準を20年ほど後退させた」と語った。

 「この副読本では日本のアジア侵略と中国の戦いを中心軸に書かれている。韓国の近代は埋没している。韓国史の書き方にしても、山辺健太郎(1980年代に「日本統治下の朝鮮」「日本の韓国併合」を出版した歴史学者)のレベルに、引き戻してしまった」というのだ。

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<写真3>森前首相と韓国議員団(朝鮮日報)

 日韓の歴史共同研究としては、このほど、第1次研究の論文が公開された「日韓歴史共同研究委員会」の報告書に、質の高い論文がそろっている=写真3。

 これは日韓政府間の合意に基づき、2002年5月に活動を開始したものだ。日韓間で見解の異なる論点については、双方から論文を提出し、相互に批評を加える形がとられた。第2次研究では、日韓相互の教科書も共同研究の対象にすることになった。結構なことだと思う。

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 日韓の相互理解に役立つ歴史教材作りを目指して、1990年代からシンポジウムを重ねているソウル市立大学と東京学芸大学を中心とする研究団体の取り組みもある。

 その成果は、すでに「日本と韓国の歴史教科書を読む視点」(2000年6月、梨の木舎)や「日本と韓国の歴史共通教材をつくる視点」(2003年11月、同)として公開されている。前者では、韓国人学者が自国の教科書を批判的に検討したことで注目を集めた。

 後者の本では、共通教材の試案としての歴史記述が公開されている。拙稿で論点にしてきた朝鮮戦争については、以下のように書かれている。

 「1950年6月25日、ソ連の軍事指導を受けた北朝鮮軍は北緯38度線を急進撃し、戦端が開かれた」(323ページ)

 北朝鮮の南進の背景にはソ連の軍事指導があったと、当時の国際情勢まで書き込んでいるのが特徴だ。数々の疑問に満ちた「未来をひらく歴史」の記述は、この水準よりも、さらに劣っているというしかない。(7月20日)

 2005年8月2日

下川正晴(しもかわ・まさはる)

1949年鹿児島県生まれ。大阪大学法学部卒。毎日新聞ソウル、バンコク支局長、論説委員などを歴任。立教大学大学院博士課程前期(比較文明論)修了。05年3月から韓国外国語大学言論情報学部客員教授(国際コミュニケーション論、日韓マスメディア論)、ソウル市民大学講師(日本理解講座)。日韓フォーラム日本側委員(01〜03年)、NPO「韓日社会文化フォーラム」運営委員(04年〜現在)。

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