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高所平気症

30階のベランダが
        子供の遊び場に


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 高い所が怖い高所恐怖症は珍しくない。超高層ビルの40階、50階など職場が高いために怖く、しかも密室なので閉所恐怖症のダブルパンチを受け、職場不適応のらく印を押される。そんな人の話はこれまで述べてきた。

 ところが逆に高い所はへっちゃら。30階、40階の超高層マンションのベランダを遊び場にしている子供たちがいる。東京・江戸川区の超高層マンションに住む加藤みどりさん(仮名=35)は「今、思い出すだけでも心臓が飛び出しそう」と言って、振り返る。

 「当時、子供は5歳。幼稚園から帰り、私はベランダで洗濯物を干していたのですが、“いいよ、○○ちゃん、球、落として”とか言っているので、手すりを見ると、子供が手すりにまたがり、上の階の友達とキャッチボールをしているの。無我夢中で子供にしがみつき、部屋に入れました。顔から血の気がひくのが分かり、1時間も全身の震えが止まりませんでした」。加藤さん宅ではベランダ側の窓には子供の手の届かない所にすべて施錠した。

 加藤さんが幼稚園でこのことを話すと、「うちの子も」「うちの子も」というお母さんたちの声が聞かれた。例えば「滑り台の頂上から飛び降りて足の骨を折った」「子供が30階のベランダの手すりに乗ってマンガを読んでいた」。40階に住むあるお母さんは「出産のときに飯田市から来てくれた母親は“こんな揺れる所には寝てられない”と言って、2日で帰ってしまった」と話した。

 この問題に早くから取り組んできた東京・江東区の未来工学研究所資料情報室長の佐久川日菜子さん(現朝日コミュニケーションズ副代表)は、高い所でもへっちゃらという意味で「高所平気症」と名付けた。今では学術用語になっている。佐久川さんは「生まれたときから高い所に住んでいると、高さに対する恐怖感覚がないのでは……どういうメカニズムによるものか分かりませんが……」と言う。

 英国では公共住宅は3階までに制限されており、親も子供も安心して外で遊べる環境にあるという。平衡感覚は子供のころの遊びの中で発達するのに、超高層マンションで生まれ育った子供は発達が遅れていると指摘する学者もいる。東大医学部でも「高層高密度居住時の健康影響」をまとめ、超高層住宅の弊害を指摘している。

医事ジャーナリスト 甲斐良一
高層住宅と子供

 東大ではかつて東京・江戸川区の高層住宅に住む3〜5歳児を対象に、幼児の母親と幼稚園の教諭にアンケートしたことがある。その結果、「高層住宅に住む幼児は日常のあいさつ、衣服の着脱、後片付け、整理整とんといった生活習慣の面で低層住宅の幼児より発達・自立が遅れる」という研究をまとめている。「自然を取り入れた遊び場がないため、内耳の三半規管が未発達で高さに対する恐怖感覚が鈍化している」という関係者もいる。