◆ ようこそラマダーン

ラマダーンとは、イスラーム暦9月の断食月のこと。今年は7月21日~8月18日の29日間にあたります。約1ヵ月間、ムスリムは日の出前から日没まで断食を行います。「断食」という言葉から、飲食を断つことだけと思われがちですが、アラビア語では「サウム」といい「斎戒」の意味があります。その時間、飲食・性行為・喧嘩・悪口などを慎み、コーラン(聖典)を読んだり施しをしたりすることが薦められます。
 断食には辛く苦しいイメージをもたれるかもしれません。けれども実は、ラマダーンはコーランの最初の啓示が下った聖なる月で、一年でもっとも祝福に満ちた月として多くのムスリムが待ち焦がれる月でもあります。「マルハバン・ラマダーン(ようこそラマダーン)」「ラマダーン・ムバーラク(ラマダーンおめでとう)」というあいさつがかわされます。

◆ すべてのムスリムが断食しないといけないの?

断食は成人ムスリムにとって義務ですが、重い病人・高齢者など、体力的に断食に耐えられない人には免除されます。その場合、代わりに貧困者への施しをします。また、旅行者・妊娠授乳中の女性・病人など、一時的に断食ができない場合は、時期をずらすことができ、翌年のラマダーンまでに、できなかった日数分の断食を補ってやります。
 子供の場合、第二次性徴があらわれるまでは義務とはなりません。けれども、小学生くらいになると、徐々に慣れるよう、一日数時間ずつから断食の練習を始めるようになります。子供にとって断食は苦しいことですが、やり遂げたときの達成感は、大人への第一歩となります。


断食をとく食事は集まって行われることが多い(神戸モスク)

◆ 食べ物や飲み物があることへの感謝

断食に限らず、礼拝・巡礼などイスラームの行は、心の中にある信仰を行動で表すもので、それ自体、意味のあるものとされています。加えて断食の場合は、一定時間欲望を我慢することで、自制心を強める働きがあると言われています。さらに、空腹や乾きを体験することで、恵まれない人々の気持ちを理解し、食べ物や飲み物があることへの感謝の気持ちが生まれます。
 普段、私たちは何気なく食べたり飲んだりしているので、一定時間それができないだけでも苦しいものです。ラマダーンの断食は、時間が来たら食べ物を食べることができますが、世界には時間が来ても、食べ物や飲み物を手に入れることができない人たちも大勢います。断食はそのことを思い出させます。また、民族・国・貧富の差などに関わらず一斉に断食をすることで、同胞意識が高まる時期だと言えるでしょう。


メディナ産の最高品種ナツメヤシ(アジュア)。一粒でご飯一杯分のカロリーに匹敵する

◆ 断食のやりかた

断食と言うとその期間、まったく飲食をしてはいけないのだと誤解される方もいるようですが、実はそうではありません。
 ある日の断食の流れを紹介しましょう。(8月1日の場合)
5:00頃  断食開始前の食事をとる。
5:45  日の出前の礼拝の呼びかけ(アザーン)が聞こえたら、断食を開始する。
7:06  日の出
(会社や学校で過ごす)
13:13以降 昼の礼拝
16:34以降 午後の礼拝
19:18  日没後の礼拝の呼びかけ(アザーン)が聞こえたら、断食をとく。
20:29  夜の礼拝、その後ラマダーン月の特別の礼拝

◆ 断食後の食事と喜捨

いよいよ断食をとく時間が近づくと、食卓には家族が集まってきます。断食をとく際は、まず水とナツメヤシを最初にとることがすすめられます。ナツメヤシは栄養的にも大変優れた保存食で、かつて砂漠を旅する人たちは、水とナツメヤシだけで旅を続けられたとも言われています。
またラマダーン中は食事の招待を受ける機会も増えます。断食している人に食事を提供することは、断食をしたのと同じ報奨があるとされているからです。各地のモスクには断食をとく時間になると、食事が用意され、誰でも無料で食事の提供を受けることができます。
 ラマダーン中、日中は断食をして過ごしますが、夜になると家族そろって食卓を囲んだり、モスクに出かけたり、ナイトマーケットに買い物に繰り出したり、賑やかに過ごすことになります。日中、頑張って断食に挑戦した子供たちにとっても、日没後は普段と違った楽しみが多い月といえるでしょう。
 この時期は喜捨もよく行われます。イスラームには2種類の喜捨があり、1つはザカートルマール(財産の喜捨)で、1年間の余剰金(収入-必要経費)の5%を支払う法定喜捨。もう1つはザカートルフィトリ(断食明けの喜捨)でラマダーン明けまでに支払います。ザカートルフィトリの金額は毎年変わりますが、シンガポールの場合一人7ドル程度。両方とも集められたお金は、貧困者・孤児・寡婦など助けを必要とする人たちに分配されます。


ハリラヤ・プアサ(断食明けの祝日)を祝い合う人たち

◆ ハリラヤ・プアサ

1カ月のラマダーンが終わると、ハリラヤ・プアサ(マレー・インドネシア語で「断食明けの祝日」の意味、アラビア語の「イードル・フィトリ」という言葉もよくつかわれる)を迎えます。
 早朝から各地のモスクや広場で断食明けの礼拝が行われ、そのあと家族や親戚や友人宅を訪問して、無事に断食を終えたことを祝い合います。シンガポールでは祝日は1日だけですが、このハリラヤの訪問は1カ月間くらい続くこともあります。「Selamat Hari Raya. スラマット・ハリラヤ」(断食明けおめでとう!)

(豆知識)イスラーム暦と新月観測
 イスラーム暦は預言者ムハンマドがメッカからメディナに聖遷した西暦622年を元年としています。太陰暦に基づいており、日没から一日が始まり、太陽暦にくらべて毎年10日~12日間早まります。
 計算上のカレンダーはあるものの、毎年ラマダーンの開始は新月を観測して最終決定します。ラマダーン開始となるはずの日没を迎えると、各国で新月観測が行われ、新月が見えるとラマダーン開始の発表が宗教指導者によって行われます。新月が観測できなかった場合は、ラマダーンの開始は一日先延ばしになることもあります。日本では日本ムスリム協会のメンバーが東京タワーにのぼって新月を観測し決定します。

(豆知識)ライラトルカドル(みいつの夜)
 ラマダーンはコーランの最初の啓示が下った聖なる月でもあります。西暦610年ラマダーンのある夜、ムハンマドが40歳の時啓示を受けます。最初の啓示が下った夜は、ライラトルカドル(みいつの夜)と呼ばれ、ラマダーンの最後の10日間の奇数日であったと言われています。その夜は、千の月(約83年)より優ると言われ、多くのムスリムはモスクにこもったり、コーランを読んだり、礼拝に立ったりして行に励みます。

はじめての断食体験
 ぼくはK1(年小)の時、初めて断食をしました。初めは、完全な断食ではなくて、半日だけ、朝からお昼ぐらいまで断食をしました。そのあと、完全な断食にちょう戦しました。はじめて完全な断食をした時、午前中はまだ力があったけれど、午後からはどんどん力がなくなっていき、断食明けの時間が待ち遠しくてたまりませんでした。断食明けの時間が近づくと、お母さんが作るごちそうのにおいがただよってきて、すごく楽しみになりました。
  断食明けには、まず大好きなマンゴジュースをたくさん飲んで、用意されてあった食べ物を食べました。今まで食べた中で、一番おいしいごはんだと思いました。つかれたけれど、初めて完全な断食ができたので、すごくうれしかったです。

 今年の目標は、15日ぐらい完全な断食をしたいと思います。学校のお弁当の時間は、図書室で待っていていいと先生がいってくれたので、そこで弟といっしょに待とうと思います。
薮内ムハンマド・アルハーリツ
(シンガポール日本人学校小学部チャンギ校3年)

 

*ハリラヤ・ライトアップ 場所:ゲイラン・セライ周辺(2kmにわたってライトアップと特設スツール有り)
          日時:〜8月24日(金)まで <2012年>

(文・ 薮内 美奈子)

トップページへ