音楽朗読劇「ジキル VS ハイド」

 

「ジキルvsハイド」、このタイトルを聞くと演劇ファンの間では、ブロードウェイ版のミュージカル「ジキルとハイド」を思い出すであろう。脚本・詞をレスリー・ブリカッス、音楽はフランク・ワイルドホーンが手掛けており、日本でも大ヒットした作品だ。

しかし、今回上演されるのは、あくまでも朗読劇で、しかも“音楽朗読劇”、音楽は高田雅史、「ダンガンロンパ(ゲーム・アニメ・舞台、全シリーズ)」、「夢王国と眠れる100人の王子様(ソーシャルゲーム)」など、ゲーム音楽家として知られている。演出は田尾下哲、「金閣寺 (オペラ)」、「三銃士(ミュージカル)」、「ダンガンロンパ THE STAGE 2016(2.5次元)」等を手掛け、また「セビリアの理髪師の結婚」等、新作オペラにも意欲的だ。

さて、この原作、原題は「ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件(The Strange Case of Dr.Jekyll and Mr.Hyde)」、1885年に執筆され、翌年出版された。二重人格を題材にした代表的な小説で、解離性同一性障害の代名詞として「ジキルとハイド」が使われることがある。

出版から一年後の1887年にはトーマス・ラッセル・サリヴァンとリチャード・マンスフィールドの翻案による戯曲が上演されており、マンスフィールド自身がジキルとハイドを演じている。

公演初日、配役はジキルとハイドには江口拓也、アタソン役に中島トシキ、マリー役に久保田未夢。3人とも声優として多くのアニメ作品に出演、江口は2012年、第6回声優アワードにて新人男優賞を受賞している。中島トシキは「あんさんぶるスターズ!」等の人気作に出演、久保田未夢は「i☆Ris」のメンバーだが、最近は舞台にも多く出演、今年はミュージカル『新☆雪のプリンセス』に出演、重要な役どころを演じていた。

 

舞台上に3つの台、背景は黒、台は赤、この物語の世界観の色は「赤と黒」、あとは椅子と水が置いてあるテーブルのみである。客席通路からイギリス紳士・アタソン(中島ヨシキ)がゆっくりと、ステッキをつきながら登場、言葉ひとつひとつを噛みしめるようにして。「あなたはご自分の人生に満足していますか?」と問いかける。これは難しい命題だ。満足のいく人生とは?それは「富」なのか「名声」なのか「自由」なのか。そしてアタソンは続けてある事件に関わってしまったことを述べる。言ってみれば「事件巻き込まれ型」だ。アタソンの独白は続く、淡々と、通り過ぎてしまったことなのであくまでもクールな語り口。背筋の凍るような出来事に遭遇、その内容はおぞましく、感情を抑えた語りがより一層、これから起こる物語を観客に予感させる。そして、19世紀っぽいデザインのコートを着た、タイトルロールを演じる江口拓也とイギリスの女中姿の久保田未夢も舞台袖から登場し、席に着く。

アトソンのこの語りの最中は足音と音楽が会場に響く。そういった“効果音”で、このジキルとハイド(江口拓也)の顛末を彩る。そして家政婦・マリー(久保田未夢)の独白とジキル博士との会話、これはこの物語の単なる序章にすぎない。

アタソンとマリーの語りの場面が交互になっている構造。2人は立場が違うので、そこからジキルとハイド、この【2人】がどういう関係性なのか、どういう立ち位置なのかが立体的にわかる仕組み。

途中でマリーの過去が明らかになる。アタソンは少しずつジキル博士、そしてハイド氏の真相に近づいていく。マリーとアタソンの独白の語りは、あくまでも客観性が伴い、真逆的なその時々の会話が挟み込まれる。そのコントラストが、より緊迫感を助長する。音楽は、ノンジャンル、その場面に応じて激しいRock調になったり、あるいはコンテポラリーなサウンドを奏でる。また無音の瞬間もある。視覚的には衣裳はもちろんのこと、照明が、【もう1人の登場人物】の役割を果たす。ハイドが“登場”すると背景に演者のシルエットが不気味に浮かび上がる。そしてクライマックスに従って、そのシルエットは大きくなっていく。ハイドがジキルを凌駕する瞬間だ。常識的で名声もあるジキル博士、そして猟奇的かつ狂気をはらんだ人物であるが、ある種“自由”なハイド氏、そして全ての台詞と演技と音楽と照明がやがて大きなうねりとなってクライマックスへと突進していく。その顛末は?ジキルは、ハイドは、アトソンは、マリーは……。

タイトルロールを演じる江口拓也、その圧倒的な声の存在感でジキルとハイドを演じるが、後半は狂気をむきだしにしたハイドを演じる場面は迫力に満ちており、物語の緊迫感を増幅させる。中島ヨシキのアトソンは基本はクールなキャラクター、最初にたった1人で客席通路から登場する瞬間、その場を「ジキルvsハイド」の物語の世界観に観客を誘う。久保田未夢のマリーは純真無垢で可憐なイメージでストーリーのアクセントに。

ところで、この作品のタイトルは「ジキルとハイド」ではなく「ジキルvsハイド」、つまり、ジキルとハイドの戦い、どっちがどっちを制するのか、勝敗、というよりも、そこに至る心理的な葛藤、原作は怪奇小説に分類されているが、この朗読劇は、怪奇、というよりも人間誰しもが持っている善と悪を象徴的に描いている。理性と欲望、好き勝手に生きること、誰もがちょっとはそんなことを願う瞬間があるだろう。しかし、それを理性が制御する。それが人間というものだ。人間の根源的なものを問いかける作品、オリジナルな部分が多く、原作の朗読劇化ではない。ジキルの実験はいわば、神の領域を侵す行為だ。その結果を言うのは野暮というもの。人として一番大事なことは何かを問いかける。だから、様々な形で、解釈で上演されているコンテンツ、原作が発表になってからゆうに100年以上経過している。

 

この公演は回によって役者が変わる。それぞれの声質や持ち味で変化していくのが、こういった“役変わり”の面白さ。公演期間は短いが、なんとも贅沢な朗読音楽劇だ。

 

【公演データ】

音楽朗読劇「ジキル VS ハイド」

期間:2018年3月20日(火)~24日(土)
会場:東京・ TOKYO FMホール

原作:ロバート・ルイス・スティーヴンソン
演出・脚本:田尾下哲
音楽:高田雅史

 

出演:

3月20日(火)  18:30:江口拓也、中島ヨシキ、久保田未夢

3月21日(水・祝)13:00 :岸尾だいすけ、柏木佑介、高森奈津美

           17:00 :柏木佑介、上田 堪大、石田晴香

3月22日(木)  19:00:諏訪部順一、岸尾だいすけ、福圓美里

3月23日(金)  19:00:石川界人、西山宏太朗、茜屋日海夏

3月24日(土)  13:00:谷佳樹、鈴木勝吾、緒月遠麻

17:00:谷佳樹、宮原将護(大人の麦茶)、緒月遠麻

 

公式サイト:http://musica-reading.jp/

 

文:Hiromi Koh