カマツカ類の見分け方

 カマツカ(Pseudogobio esocinus)、ナガレカマツカ(Pseudogobio agathonectris)、スナゴカマツカ(Pseudogobio polystictus)の見分け方を解説します。図には特徴のわかりやすい個体を使っています。特にカマツカは形態変異の幅が大きいので注意が必要です。また、この1点だけ見れば必ず区別ができるという特徴はないので、複数個所の特徴を組み合わせて総合的に判断する必要があります。さらに、スナゴカマツカの分布域では移植されたカマツカとの交雑が頻繁に確認されていること、局所的で個体数は多くはありませんが、共存域でカマツカとナガレカマツカの交雑も確認されていることに注意する必要があります。(2019年4月30日公開、2021年9月28日 口唇の形態について追記、2021年11月8日 自然分布域の地図を掲載、種間交雑についての情報を追記)

※スナゴカマツカの種小名は、記載論文では「polysticta」としていますが、ラテン語文法上の誤りがあり、正しくは「polystictus」となります。属名「Pseudogobio」の性が男性であるため、形容詞の種小名はこれに合わせた語尾にしなければなりません(国際動物命名規約 条31.2、34.2)。なお、ナガレカマツカの種小名「agathonectris」は名詞であるため変更はありません。(2019年6月20日追記)

1. 胸鰭の形態

  カマツカ類の胸鰭は、1本の棘状軟条(最も外側にあり、やや硬く、太めで、先端が分枝していない軟条。図では「i」で示す)と、十数本の分枝軟条(軟らかく、先端が分枝している軟条。図では外側から順に数字で示す)からなります。カマツカは棘状軟条が長く、その先端は第6軟条の先端に達しますが(越えることも多い)、ナガレカマツカとスナゴカマツカでは棘状軟条が短く、その先端は第6軟条の先端に達しません。このような特徴があるため、胸鰭前縁の先端はカマツカでは棘状軟条に沿って緩やかに後方へ湾曲しますが、ナガレカマツカとスナゴカマツカでは棘状軟条から最も長い第3軟条にかけて段差が生じるために強く後方へ湾曲して見えます。また、分枝軟条数はカマツカで12~16本(最頻値14本、稀に12、16本)、ナガレカマツカで10~14本(最頻値13本、稀に10~11本)、スナゴカマツカで12~14本(最頻値13本、稀に14本)と、重複はあるものの異なります。

2. 口髭の長さ

  カマツカ類は上顎の後端部に1対の口髭をもちます。口髭を後方に倒した時、カマツカではその先端が眼の前縁に接する垂線に達しないか、かろうじて達しますが、ナガレカマツカとスナゴカマツカでは眼の前縁に接する垂線を越えます。これは、カマツカは口髭が短い傾向があることに加え、吻が長く、口唇が短い傾向があること、ナガレカマツカとスナゴカマツカでは口髭が長い傾向があることに加え、吻が短く、口唇が長い傾向にあることに起因します。ぱっと見て最も分かりやすい特徴で、体長3~4cmの幼魚からも使えるのが利点ですが、変異が大きく、例外もしばしばあることが欠点です。

3. 口唇の長さと乳頭突起の発達具合

 カマツカ類の口唇は分厚くて長く、多くの乳頭突起が密生しているのが特徴です。カマツカでは口唇は短く、乳頭突起の発達は弱い傾向がありますが、ナガレカマツカでは口唇は長く、乳頭突起が顕著に発達、スナゴカマツカでは口唇はやや長く、乳頭突起はナガレカマツカほどではありませんがよく発達する傾向があります。ナガレカマツカではこの特徴はかなり安定していますが、カマツカとスナゴカマツカ、特にカマツカでは変異の幅が非常に大きいです。一般的に、河川の上流域の流れの速い場所に生息するカマツカほど口唇が長く乳頭突起が発達しており、下流域や湖など流れの緩い場所に生息するカマツカほど口唇が短く乳頭突起の発達が弱い傾向があります。例えば写真のように、琵琶湖産のカマツカは同じ琵琶湖淀川水系の河川(大阪府産)のカマツカと比べると顕著に口唇が短く、乳頭突起の発達が弱いことが分かります。三重県産のカマツカのように,かなり口唇が長く乳頭突起が発達する個体もいます。口唇の発達具合は見た目に分かりやすい形質ですが、単独での同定形質にはなりませんので注意してください。

4. 背面から見た頭部形状

 この形質は変異が大きく定量化が難しいので記載論文では触れていませんが、特にカマツカとナガレカマツカが同所的に生息する場所で分かりやすい見分けポイントになることがありますので紹介します。背面から頭部を見ると、カマツカでは頭の先端が尖り気味の矢尻型をしていますが、ナガレカマツカとスナゴカマツカでは緩やかに丸みを帯びた形状をしています。特にナガレカマツカで顕著です。この特徴もカマツカでは「口唇の長さと乳頭突起の発達具合」と同じ方向性の変異を示し、流れの速い場所の個体は丸くなる傾向があります。図のカマツカは特に頭の先が尖る琵琶湖産です。

5. 肛門と臀鰭起点の間の距離と鱗の数

 カマツカ類はコイ科の魚としては肛門が前の方にあり、腹鰭の間に位置しています。カマツカでは肛門と臀鰭起点の間の距離が長いため鱗の数が多く(12~16枚、最頻値13枚。14枚の個体も多い)、ナガレカマツカとスナゴカマツカでは肛門と臀鰭起点の間の短いため鱗の数が少なく、ナガレカマツカでは11~14枚(最頻値12枚)、スナゴカマツカでは11~16枚(最頻値12枚、稀に11、16枚)です。図のスナゴカマツカでは、肛門直後の鱗がイレギュラーに小さくなっているため14枚と多めの数となっていますが、もし標準的な状態なら12~13枚になると思います。また、図ではカマツカを意図的に上に引き伸ばしているように見えるかもしれませんが、腹鰭の起点が上端になるように写真をカットしているので全個体同じ範囲を示しています。ただ、腹鰭の起点はカマツカの方がやや前方にあるようです。鱗の輪郭を見やすくするために、ホルマリン固定後にエタノール置換した標本を、70%エタノールに溶解した0.5%スミノール・サイアニンで染色しています。

6. 斑紋パターンと体色、体形

 カマツカ類は体側中央に眼径と同程度かやや大きい数個の暗色斑、背中線に沿って数個の鞍型の暗色斑、これら暗色斑の間に多数の小黒点をもつのが基本的な斑紋パターンです。カマツカでは暗色斑や小黒斑はやや不明瞭(輪郭がぼんやりした感じ)、ナガレカマツカでは暗色斑は大きく明瞭ですが小黒点は不明瞭、スナゴカマツカでは暗色斑は小さく不明瞭ですが小黒点は数が多く明瞭、という傾向があります。体側に沿って暗色斑に上書きされるように入る1本の金色の縦条は、カマツカでは色が薄くやや不明瞭ですが、ナガレカマツカとスナゴカマツカ(特にナガレカマツカ)では黄色が強くかなりはっきりとしています。また、体の地色はカマツカが茶褐色や灰褐色なのに対し、ナガレカマツカとスナゴカマツカは黄褐色であることが多いです。しかし、斑紋や体色も例によってカマツカの中での変異幅が大きく、川の上流域の流れの速い場所にいるものはナガレカマツカに似てきます。

 体形は、カマツカは頭寄りに重心があり体後半部が細長く見えますが、ナガレカマツカとスナゴカマツカは体の中心付近に重心があってがっちりしており、いかにも泳げそうな体形をしています(特にナガレカマツカ)。

7. 最大体サイズ

 カマツカは標準体長20cmを超える個体もおり、最大の全長は30cm近くに達しますが、ナガレカマツカとスナゴカマツカは小型で、私は標準体長15cmを越える個体を見たことがなく、全長20cmに達する個体はまずいません。また、カマツカ類の臀鰭は基本的に無色で模様はありませんが、老成個体ではわずかに黒線が入ることが多いです。黒線が入る体サイズは、カマツカではおおむね標準体長15cm以上ですが、ナガレカマツカとスナゴカマツカでは9cmほどです。

8. 分布域

 分布域も情報として参考になります。カマツカの自然分布域は九州、天草下島、四国、および本州西部です。壱岐島と五島列島からも記録がありますが標本が残っておらず、近年の信頼できる記録もありません。九州では、薩摩半島側は鹿児島県万之瀬川水系以北、大隅半島側は鹿児島県神之川以北に広く分布します。四国では現在、ほぼ全域に分布しますが、文献や遺伝解析の結果から、自然分布域は愛媛県重信川水系から高知・徳島両県の吉野川水系に至る瀬戸内海側の地域と推定されます。本州では、日本海側は富山県神通川水系以西に広く分布します。太平洋側は静岡県以西に広く分布し、板井(1982)によると御前崎の新野川水系以西と推定されていますが、遺伝解析では伊豆半島までの静岡県東部も自然分布と考えて矛盾しない結果が出ています。琵琶湖産アユ放流に伴う移殖で、現在は東日本の各地や四国南部、紀伊半島南部など自然分布域以外でも確認されています。

 ナガレカマツカの自然分布域は山口県錦川水系から静岡県天竜川水系に至る本州太平洋側です。紀伊半島南部には分布しないようで、奈良・和歌山両県の紀ノ川水系、三重県宮川水系が南限です。現在のところ本州日本海側や四国からは得られていませんが、分布の可能性は残っています。また、カマツカは分布域内で小さな独立河川を除く多くの水系に分布しますが、ナガレカマツカは分布域内の大きな水系でも分布しない場合があるようです。

 スナゴカマツカの自然分布域は日本海側は新潟県関川水系から山形県日向川水系まで、太平洋側は山梨・静岡両県の富士川水系から岩手県北上川水系までです。ただし、福島県浜通りの独立河川は、阿武隈川との河川争奪が知られている夏井川水系を除いて分布しません。また、秋田県雄物川水系と青森県岩木川水系からも得られていますが、文献や遺伝解析の結果から、これらの水系は移殖による分布と推定されます。山梨県内の富士川水系から得られたカマツカ類は、この水系独自のスナゴカマツカのミトコンドリアDNAを持つ一方、3つの核遺伝子の塩基配列を調べた限りではカマツカの遺伝子型を持っていました(Tominaga et al. 2016。ただし、核DNAについてはまだ十分な個体数を調べられていません)。形態的にも両者の特徴をモザイクにもっており(富永、未発表)、両種の分布の境界にあたることから、カマツカとスナゴカマツカの自然交雑集団ではないかと考えています。

 

日本産カマツカ属魚類3種の自然分布域。カマツカは現在、移植により四国南部、紀伊半島南部、富山県東部、東日本等にも分布します。現在、青森県と秋田県で見られるスナゴカマツカは、文献や遺伝解析の結果から移殖による分布と推定されます。

9. 種間交雑について

 カマツカは琵琶湖内にも多数生息しており、伝統漁法である でもよく漁獲されています。そのため、琵琶湖からのアユ種苗に混入して各地に移植されてしまっています。事実、自然分布域外で採集されるカマツカはほとんどの場合、琵琶湖を含む周瀬戸内海地域のカマツカが持つミトコンドリア遺伝子型を持っています(Tominaga et al. 2016)

 本来カマツカが分布せず、スナゴカマツカの自然分布域となっている東日本では影響が特に深刻です。核DNAの詳細な分析までは行っていないので不確かな部分はありますが、両種の中間的な形態をもつ個体がいたり、東京都多摩川のある支流では、形態的にカマツカと同定される集団の中にスナゴカマツカのミトコンドリアDNAを持つ個体が散見されたりすることから、カマツカが侵入することによる交雑や置換が起こっていると考えています。特に、アユ種苗の放流を大々的に行っている本流域で交雑や置換がよく見られる感触です。逆に、本流と堰などで隔離され、アユ種苗の影響がない小支流では純粋なスナゴカマツカが残っている場合が多いです。スナゴカマツカの保全は急務です。

 カマツカとナガレカマツカは自然分布域内で共存していて、その形態差もかなりはっきりとしており、基本的には交雑しません。しかし、交雑個体が高頻度で見られる地点もあり、なぜそのようなことが起こるのか、興味をもって研究を進めているところです。

カマツカとスナゴカマツカの交雑個体。両種の中間的な特徴を持っており、ミトコンドリア遺伝子型はカマツカのものを持っていました。この地点の集団の多くの個体はカマツカのミトコンドリア遺伝子型をもっており、スナゴカマツカのものは少なかったです。形態的にもカマツカ寄りのものからスナゴカマツカ寄りのものまで見られました。宮城県産。

カマツカとナガレカマツカの交雑個体。両種の中間的な特徴を持っており、ミトコンドリア遺伝子型はナガレカマツカ、核DNAは両種の遺伝子型をヘテロで持っていました。和歌山県産。

上のカマツカとナガレカマツカの交雑個体の採集時の写真。(和歌山県にて、2007.9.5)

10. 同所的な2種の比較

カマツカとナガレカマツカ

左がカマツカ、右がナガレカマツカ。(広島県にて、2008.6.17)

カマツカとナガレカマツカ

上がカマツカ、下がナガレカマツカ。(広島県にて、2008.6.17)

カマツカとナガレカマツカ

幼魚。左がカマツカ、右がナガレカマツカ。(広島県にて、2008.6.17)

カマツカとナガレカマツカ

幼魚。左がカマツカ、右がナガレカマツカ。(広島県にて、2008.6.17)

カマツカとナガレカマツカ

カマツカとナガレカマツカがたくさん。ここのカマツカはかなり口髭が長いです。(和歌山県にて、2009.5.23)

カマツカとナガレカマツカ

上がカマツカ、下がナガレカマツカ。(奈良県にて、2015.9.23)

カマツカとナガレカマツカ

上がナガレカマツカ、下がカマツカ。(兵庫県にて、2018.1.13)

カマツカとスナゴカマツカ

上からスナゴカマツカ2個体、カマツカ。ここのカマツカは人為移植。(福島県にて、2008.11.4)

カマツカとスナゴカマツカ

上からスナゴカマツカ2個体、カマツカ。ここのカマツカは人為移植。(福島県にて、2008.11.4)