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「千代の富士さんの筋肉は鉄板…痛くて痛くて」「『ウォーッ!』肩を脱臼した直後に腕立て300回」“最高の横綱”と対戦した元大関の告白 

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佐藤祥子

佐藤祥子Shoko Sato

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photograph byGetty Images

posted2023/01/21 17:01

「千代の富士さんの筋肉は鉄板…痛くて痛くて」「『ウォーッ!』肩を脱臼した直後に腕立て300回」“最高の横綱”と対戦した元大関の告白<Number Web> photograph by Getty Images

昨年ツイッターで突然拡散された千代の富士。写真は1983年の九州場所(11月場所)で

「あの頃から3年くらいはずっと出稽古に来てたよ。ある時は初日の前日まで『稽古やろう、やろう!』って。彼の胸をめがけて、顎を引いて歯を食いしばって頭からぶつかると、鉄板で押し返されるような圧力なんだ。稽古後にリンパ腺が腫れ、痛くて痛くて。毎日湿布してたね」

 隆の里、若乃花(二代目)、朝潮、若嶋津、北天佑という横綱大関らが鎬を削った時代。「他の力士と稽古しても、そんなことは一回もなかった」という尾車親方だが、さらに驚くことがあった。

 それは千代の富士が横綱に上がる頃のことだ。

「稽古していて彼の肩が脱臼したことがあってね。癖になっていたから簡単に入るのか、若い衆に腕をキュッと引っ張らせていた。『今日はもう稽古やめる?』と聞いたらね――」

 千代の富士は、「ちょっと待って」と一言発し、土俵の外の砂を足で均すと、おもむろに腕立て伏せを始めた。尾車親方は思わず目を見張ったという。

「『ウォーッ!』と声にならない声を出しながら、とにかく速いテンポで300回はやったんじゃないかな。それで『よし!』と、そこから10番くらい稽古したんだよ。脱臼したら普通は安静にするものだと思ってたけど、どこか常識を突き抜けているというか……。それだけ勝負への、白星への貪欲さがあった。そうじゃないと横綱にはなれなかったのでは? と思うんだよね」

 北の大地で育まれた天性の、そして稀有でもあった素質。脱臼癖を克服すべく専心した日々の稽古とトレーニング。それが唯一無二の鋼の肉体を培い、相手の頭を抑えつけての豪快な左上手投げ「ウルフスペシャル」を生み出すことになった。

 翻って令和の時代の土俵を見渡してみる。哀しくもおそらく千代の富士のような存在は今後現れることはないだろう。

 筋肉の鎧をまとった不世出の大横綱の写真を、今ひとたび脳裏に焼き付ける。その精悍な顔つきから“ウルフ”と呼ばれた横綱は、まさに未来永劫「孤高の一匹狼」なのだった。

<前編から続く>

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「カッコイイ…なんて名前の力士ですかね?」“伝説の横綱”千代の富士…関係者たちが証言する「筋肉が硬すぎて、手術のメスが入らなかった」

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