女子学生が集まる農工大。要となるのは「キャリアパスを描ける教養」

2020/5/27

挑戦が大学のアイデンティティを作る

──玉城さんは外務省によるSTEM教育推進プロジェクトを通じて、理系キャリアを歩む女子学生の支援もされています。ご自身の学生時代には、進路のことで悩みはありましたか?
玉城 高校では理数科に所属していました。私自身は特に悩みませんでしたが、周りの友人たちを見ていると、大学進学の時点でキャリアパスを真剣に考えているのは女子が多かった印象です。
 理系大学の男子比率の高さから「大学や研究室が受け入れてくれるか?」と心配だったり、将来のキャリアの選択肢が見えづらく「理工系に進んでグローバルに活躍できるのか?」などの疑問があったり、いろいろな不安を聞きました。
三沢 農工大の学生も、女子は男子に比べてキャリアに対する意識が高いですね。女性は比較的若いときから様々なライフイベントでキャリアが中断される可能性が大きく、男性に比べて進路選択に覚悟が必要です。
 キャリアに真剣だからこそ、優秀な女子学生は特に社会に貢献できる仕事に就きたいという思いや、身につけた専門性を社会で活かしたいというビジョンを強く持っています。
 それに対して大学側がどうサポートできるか。これまでの理系大学は、その点をあまり示せていなかったと思います。
玉城 農工大は女性研究者の活躍推進プラットフォームを立ち上げていますよね。ダイバーシティの推進をしっかり意思決定して、明確に打ち出せている点が素晴らしいと思います。古い体質の大学だと、その合意を作るのがすごく大変なんです。
三沢 我々のような中規模の大学が個性を発揮するためには、ほかの総合大学と競争していてはダメです。とにかく新しいことにチャレンジする意識が強いのです。
 ほかにも、例えば海外の研究者を雇用するとか、女性研究者比率を上げるとか、文系と理系を超えて教育課程を設計しようとか、さまざまな挑戦をしてきました。
 研究室でも、チャレンジ精神のある学生が増えると活発になっていくし、新しいものが生まれてくることがわかってきた。
 そうやって大学全体でさまざまな挑戦を進めていくなかで、ひとつの結果として女子学生の比率が上がっているんだと考えています。

「専門性×多様性」の威力

──キャリアパスの観点では、理系大学では長い間研究室に所属して「専門領域を極めて初めてプロになれる」というイメージが根強くあります。
三沢 特に工学系はその傾向が顕著ですね。昔から大学には「専門を極めれば自ずと道は開ける」という感覚があり、そういう人ほど尊敬される部分もありました。
 ただ、これだけ社会の多様化が進む中で、一つの専門領域に特化していることと、本当に役立つ価値を生み出せることは別の問題です。
 社会のニーズを敏感に受け止めて、目標となる未来を定めた上で、そこを起点に現在を振り返り、いま何を勉強するべきかを自ら考える。
 いまの学生たちは、この難題に向き合わざるを得なくなっています。大学としてはそれを支援するために、「キャリアを描ける教養」を身につけてほしいという思いがあります。
玉城 性別や専門を問わず、大学側がきちんとキャリアデザインを考えたカリキュラムを編成しているかどうかが一番重要ですね。
 今の理系学生は企業から即戦力性を求められるので、すごく焦っている感覚があります。
 情報収集に懸命になったり、研究者志望ではないけれど院に進んで専門分野を身につけようとしたり、なんとか大学にいるうちにアイデンティティを確立しようともがいている学生が増えています。
──農工大では、学部のうちから複数の専門領域を学べる分野横断的なカリキュラムを採用するなど、独特の取り組みをしています。
三沢 多くの大学では初年次で一般教養を強化し、勉強しながら専門分野を決めていく方法を取りますが、農工大では完全に逆転させています。
 入学段階で、将来やってみたい専門分野をイメージしてもらい、その専門を社会でどういうふうに使いたいと思うかを考えて、先に専門を決めてしまう
 最初に自分の強みとなる専門性を持ち、徐々にほかの領域についても学びを広げていくなかで自分のアイデンティティを確立していく、という流れです。
 工学府では、大学院修士1年生の間に自分の専攻以外の専門研究室に修業に出る学内インターンシップを全専攻でカリキュラム化しています。
 また、学部3年の後期からは卒業研究を始めるので、その頃から自分の専門分野を広い視点で活用できるように、意欲のある学生であれば、この学内インターンに加わることができます。
玉城 すごい。ダイバーシティがカリキュラムに組み込まれているんですね。
三沢 私の研究室は物理が専門ですが、今、まさに獣医学科の研究室でウイルスの感染の問題を物理学的に探究したりしているんですね。
 物理学の基本的な知見や原理を、もし獣医学や生命科学、農学に役立てたらどうなるのか。それを学生自身が考える機会を提供しています。
 ひとつの専門分野だけにフォーカスするのではなく、「専門性+多様性」を体験することが、これからの理系人材がキャリアパスを描く上で必須の教養になっていくはずです。
玉城 本当にそうですね。かつての研究者はワンマンプレーが多かったのですが、近年では産業界との連携や、大学発スタートアップも増加しています。
 それによって「他領域とのチームプレーによって大きな研究成果を出す」という体験をした教員たちが、ダイバーシティの本当の重要性に気づき始めました
 ビジネスパーソンでも研究者でも、社会をけん引するような人材には専門性と広い教養が必要ですが、それを確立するためには、多様な価値観を持つ人々と関わりながら、チームプレーを体験することが効果的です。
 交換留学生や、他学部との交流イベントなどの取り組みは昔からありますが、大学の仕組み自体を大きく変えない限り、長期的なダイバーシティの体験はできません。
 農工大は今、そこに取り組んでいるのがすごく先進的だと思います。
三沢 いろいろなバックグラウンドの人がチームに集まって、ひとつのより大きなものを生み出すことに、イノベーションの本質があるんですね。それを大学でも実現していかなくてはいけない。
 これは大学院の話になりますが、近隣地区の専門大学である東京外国語大、電気通信大との3大学共同で大学院を創設しました。これも専門性と多様性の掛け合わせを体現しています。
 最近は「文理融合」と言われていますが、私は「文理協働」という言葉の方がしっくりくると思っています。
 違う専門の人、違うアイデンティティの人がお互いを理解しながらも、お互いが違うことを意識した上でチームを組んで、全体として大きな問題にチャレンジする。
 融けるのではなく、協力して働く。それが一番持続するんじゃないかということですね。

大学が大学である意味を打ち出す

三沢 ダイバーシティは大学の力に直結しますから、様々な人材を呼び込むために、実は農工大では10年ほど前からAO入試の一環としてSAIL入試というものを採用しています。
 SAIL入試とは、自然科学に関する特別活動レポートとプレゼンテーションで合否を決めるもので、ペーパー試験の受験が必要のない入試形式です。
 ペーパー試験のためにコツコツやるのが苦手でも、「これをやりたい」という実行力がある若者であれば入学を許可するという制度に変えました。
玉城 国立大でペーパー試験をやめるって挑戦的ですね。私が思うに、大学が実行しにくく一番大きなダイバーシティは「成績」です。まさに、センター試験やペーパーテストだけの入試によってダイバーシティが区切られてしまう。
三沢 入試によって、良くも悪くも同一性が強まってしまいますね。
玉城 多様性を受け入れるときに、ペーパー試験では見切れない、いろんな種類の賢さをどう受け入れるかは大学の大きな挑戦ですよね。
 これだけ変化の激しい時代にあって、大学にも瞬発力のある変革が求められていると感じます。
三沢 そうですね。ただ、これから先に社会がどう変化するかは誰にも予測できません。一方で、大学教育とは数十年先を見通して取り組むべき事業です。
 その時代、その時点で社会が求める人材を育成するのでは意味がない。大学である意味がないのです。
 我々自身が、この先の社会をどうしていきたいのか、するべきだと思っているのか。どうしたらよりグローバルに人類が幸福を迎えるのかを考え、カリキュラムに落とし込み、社会に提案していく。
 これからの大学に求められるのは、そのビジョンと実行力だと考えています。
(編集:呉琢磨、安西ちまり 構成:柴山幸夫 撮影:東原昇平 デザイン:月森恭助)
※取材は3月に実施